都会のしがない勤務医の独り言

一般勤務医の現状・実情の感想と趣味・日々の出来事のにっきです

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]

おつかれぎみで幻想

なんかまた、いつの間にか時間が経ってしまった。

別に寝ていたわけでもなく、やること無いわけではないのだけれど、メールもろくに見ずパソコンも開かない日々が続いていた・・・

なんか最近疲れが抜けない・・久々の東京の夏にやられている感じ。朝7時から30度はやめて欲しい。

職場までは徒歩通勤なので、眠くて暑い中15分歩いただけでかなり汗が流れる。

いやーさわやかな汗!・・なわけない。テニスの後じゃないんだから。なんで運動した後のサワヤカ汗と、通勤後の汗の不快感の違いはどこにあるのか?

そして、クールビスだとかで院内は中途半端な冷房で、結構暑いし湿度も高め。細菌培養やってんじゃないんだから。MRSAも繁殖するんじゃないかなんて愚痴を言いたい。

個室の患者さんの部屋がやたら涼しかったりして、ちょっと気持ちよい時も。逆に病院で風邪をひいてしまうんじゃないかな?


さっきクルマでFM聞いてたら、ベルリオーズがどうのとやっていた。

そういえばこの前ベルリオーズ「幻想交響曲」を聞いてきたのを思い出して、ちょっと日記に書いておこうと思った次第。。

 ベルリオーズ「幻想」は僕には思い出深い曲で、「北オケ」で一週間缶詰になって練習した、辛く楽しい記憶を呼び起こす曲でもある。

この前都響の演奏会で・作曲家の肖像・というプログラムの一つにベルリオーズ特集があったので聞きに行ってきた。

オペラ ベンヴェヌート・チェッリーニ序曲 ぜんぜん知らなかったけど、きいているとベルリオーズっぽい、というか幻想の雰囲気をかいま見る、かなり熱い曲。。

歌曲集 夏の夜  これも初めて聞いたけど、きれいな曲だな〜くらい。いいかんじの睡魔におそわれました。

まあ、ベルリオーズは幻想以外知らないので、前半はなんとなく聞き流して、後半へ。


 指揮者はジョアン・ファレッタという女性指揮者の中ではもっとも優れた指揮者の1人と言われ今回の演奏会が日本デビューとのこと。

あんまり指揮者には詳しくないのだけれど、今回の演奏に関してはすんごく良かったと思います。

幻想交響曲はベルリオーズ自身の失恋体験を交響曲に転化したもので、革新的なロマン主義精神を端的に示した作品、、ということです。

標題内容は「病的な感情と激しい想像力を持つ若い芸術家が、恋に絶望し阿片自殺を図るが、致死量にいたらず、機会で幻想的な夢を見る。その中で恋人は一つの旋律として現れる」というもので、全体にわたってロマンティックな部分と奇怪的な部分が入り交じりめまぐるしく展開していく。

1楽章:「夢・情熱」 きれいな悲壮感漂うラルゴの序奏からはじまり、やや不規則な感じの不安定な感情から、華やかな景色をかいま見るような劇的な展開のうちに恋の情熱が表現されていく。主題は悲しい現実を感じながら、ねじれた幻想への橋渡しをしているようなメロディ。
2楽章:「舞踏会」  まさに華やかな舞踏会のワルツ。出だしは感情の闇を暗示するような印象でハープの響きが印象的。とてもきれいな流れのある2楽章。
3楽章:「野の風景」 夏の夕暮れののどかな景色を彷彿させるオーボエとイングリッシュホルンの対話で始まる。非常に安らかなメロディの中で醸し出す悲壮感とメランコリックな音程が後半への展開を暗示する感じ。ティンパニの雷鳴が不安をかき立てる。
4楽章:「断頭台への行進」夢の中で恋人を殺してしまった主人公が死刑を宣告され、断頭台へと引かれていく夢を見る。恐怖感をあおる冒頭から、派手な行進、騒乱のうちにギロチンの刃が落とされる。
5楽章:「ワルプルギスの夜の夢」 魔女の夜会の夢。死刑にあった自分の葬式に魔女が集まる夢を見る。妖怪達が叫び、恋人も醜く変身して現れ、グロテスクな狂瀾、狂暴なアレグロへと進み盛り上がっていく。バイオリンがコルレーニョで骸骨の踊りを表現。鐘の音とともにグレゴリオ聖歌の怒りの日の旋律が不気味に響き、狂乱の盛り上がりをみせる。

個人的には5楽章がとにかく弾いてて楽しい!しかし激ムズカシイ。しかし、パート間でも合ってくると、結構快感になってくる。
コルレーニョのやりすぎでちょっと弓が削れてしまったけど・・・

今回改めて、曲の背景を読んでから聞いてみたら、かなり楽しめました。自分で弾くのも良いけど、聞くだけで十分かなぁ。
今回のジョアン・ファレッタの指揮は、凄く熱くてテンポも良く、最高の演奏でした。

ちなみに、東京芸術劇場の3階席の右端で聞きましたが、とっても響きが良くて、オススメの席です。

開く トラックバック(3)

くるま

イメージ 1

今日は久しぶりの休日・・

しかし、ダラダラ過ごしているとあっという間に終わってしまうので、とりあえず部屋の掃除・・

そして久しぶりに洗車。。

さすがにオイル交換後まだ1000Km程度なので、オイル量は問題なし。んで、ちょっとくすんでしまっ

たAlfaV6のインマニをピカピカに磨き上げました。

マフラー変えてから5000キロくらいなると、だんだんなじんできて、雑味のない、スッキリしたクゥォ〜〜ンという快音が響くようになってきた。

3500回転くらいからいわゆるアルファサウンドが心地よくアドレナリン放出を促します。


でも、最近のガソリンの値段と言ったら、とにかく高い!お気楽に乗り回せません。

まあこんなエコの時代だから、車なんか乗らない方が良いんだろうけど。でもなんで、最近こそ大排気量ハイパワーなクルマが次々と出てくるのだろう?

トヨタもハイブリッドを売りにしているけど、今度のLSもV8だし。 もっとヨーロッパではメジャーになってきた最新型ディーゼルWを導入しても良いじゃないかと思う。

環境問題も大切だし、電機自動車もあるけど。ガソリンの速い車は今しか乗れない友思うし、このジレンマに悩まされます。

Fiddle

イメージ 1

先日のライブ

King of Fiddleこと功刀丈弘のライブに行ってきました。

以前に葉加瀬太郎のコンサートへ行った時、スペシャルゲストとして出演していたのだけど、アイリッシュバイオリン・Fiddleの演奏はとにかく最高でした。

で、先日葉加瀬太郎プロデュースの功刀丈弘ライブを聞いてきました!


アイリッシュパブなんかで、ほろ酔いながらセッションするような、Fiddleはめちゃかっこいいですね。

ライブということもあって、みんなノリノリで凄い盛り上がり。バイオリンはもちろん、ギターも超うまい!

そして、後半から葉加瀬太郎登場!!、半分くらいはトークでしたが、葉加瀬太郎はトークだけでも十分楽しめます。

あのひとホントにおもしろい人です。

そんでもんって、二人のデュオでの演奏は感激もの。自然にからだが動いてしまう、感激のライブでした。

僕もFiddleをちょっとかじってみたいけど、気楽に弾けそうな楽譜なんてあるのかな?

告知・・

現代の臨床現場では、「癌」の告知は以前よりかしこまったものではなく、当たり前のように行われている。

最近、僕の担当の患者さんも、病状の重い方が多い。

一昔前の癌告知と言えば、まず家族に病状を話し、本人に伝えるかどうかを話し合ったり、本人には言わないのが当たり前だったりと、「癌です」と医者が伝えるのは大変な重大事項と見なされていた。

しかし現在は「患者の知る権利」や「告知の義務」などから、癌告知はより日常的になってきている。

外来で、「検査の結果癌の診断となりました」 と伝えることは医師にとって当たり前のことであり、患者さんも癌の自覚に寛容になってきたようだ。

でも、いくら医学が進歩し、治癒できる疾患が増えてきたとはいえ、やっぱり癌は「ガン=不治の病=死」

その瞬間、自分の生命の危機、余命という問題を晴天の霹靂のように認識させられるのである。


 今日も、辛い出来事があった。 

既に、術後の進行がんで、骨、肺に転移が進行している患者さん。まだ50代。

いままで僕が初診で診てから、手術を行い、その時点で転移が疑われ、後々の予後、病状の進行度治療手段が限られていることなど、厳しい内容を出来るだけ柔らかく、しかし真実はしっかりと伝えるように試行錯誤をしながらやってきた。出来るだけ患者さんが絶望しないよう、かつ許容出来るように。

転移疑いに対しての診断・治療について、他科のDr.にもコンサルトしていたが、先日、他科に入院し転移疑い部位の生検が行われ、患者さんに病状の告知が行われていた。明日にでも当科に転科し、注射による治療をおこなう予定であった。

 今日は仕事が終わって帰ろうとしていたところに、その奥さんが病棟へ僕に薬の話を聞ききにいらしていると連絡があった。

病棟へ行き、僕の顔を見るなり、奥さんは涙を流していた。

話によると、その科で病状の告知を受けたが、

 「あなたは癌なんですよ。それもかなり悪い。その癌はもうかなり進行していて体中に広がっているから、追加手術しても半年、なにもしなければ3ヶ月かな。手術して1年生きた人もいるよ。」

  ・・・と、とにかく癌ガンガンと連呼されて完全に打ちのめされてしまったと。

奥さん:「まるで、癌の告知を楽しんでいるようでした・・・もうショックでなにも手に付きません。。。自分の親にもそんな言い方するのか聞いてみたいです・・。毎日、家へ1人で帰るのが怖くて、電車に乗っていても涙があふれてしまい、何回も途中下車して、、気づいたら山手線を何週もしてしまっていたり、夜もほとんど眠れず、いつの間にか布団をかかえて階段に座り込んでいたりします・・・もうとにかく辛くて・・・先生(僕)と話していた時は、病状は分かっていても、なんとか希望も持てたし、温泉に行ったり、外来の帰りにお寿司を食べにいったり、、転移がありそうだと言われても、そろそろ出てきちゃったなと割り切ってまた相談しながらやっていこうと、前向きにやれていたのに・・・今はもうなにも出来ません。主人も感情が高ぶって私に不安をぶつけてきます。。もうドウしたらよいか分かりません。(涙涙・・・約1時間)」

なんだか話を聞くと、担当医はまだ研修医上がりくらいの(ぼくもまだまだですが)若い医師らしく、癌告知や手術をただ楽しんでやっているようにしか見えないとのこと。教科書にありそうなデータや知識をひけらかすように延々と説明されたとのこと。

ホントせつないです。僕もただただ話を聞くことしか出来ず、なかなかうまい言葉が出ませんでした。

「つらいことは十分承知しておりますが、なんとかここで一段落と思って明日からはウチの病棟で診ますから、新しい治療も始めますし、また少しでも前向きにやって行きましょう・・・。」

幸い、僕が話を聞いてあげられたことで、今日は少し安心して無事に家に帰れそう。眠れそうだと言ってくれた。
 
 僕が思うに、ただ病状を伝えるだけなら、デジタルに説明するだけなら、医者がする必要なない。紙に書いて渡すか、ロボットにでも言わせておけばいい。
「あなたの病気は○○癌デス。予後は5年生存率20%、○○治療なら奏功率30%、副作用による死亡率は4%、無治療なら3ヶ月後に下半身麻痺、多臓器不全、疼痛悪化、死亡の可能性が90%デス・・・」

 その病状告知をした医師は、自分は医者で告知が義務なんてプライドだけは高いのかもしれないけど、そんなのナンセンスどころか、医者という職業はあってないと思う。

医者の、医者としての第一は人間をひとりの個人として見れること、そして知識と技術を持つことだと思う。

病気を持つ人の辛さ、心境を察することなく、本当の意味での治療は不可能だろう。

 複雑な現代社会だからこそ、精神面でのケアは重要度を増してきている。さもなくば、フツウにやってても訴えられるかもしれない。

 僕はもっと患者さんの気持ちを理解できる人間になりたい。
改めて初心を思い出す1日だった。

コンサート

東京オペラシティで東京交響楽団コンサートを聴いてきました。

今回はモーツァルトの曲目。

改めてモーツァルトいい!

そして僕のとても好きなピアノ協奏曲20番を、しかも中村紘子のピアノを聴けてすんごく良かった!

超大御所・中村紘子はやはり凄かった。なんだろう?あのピアニッシモの透き通ってかつ柔らかい音。。

中村紘子の生演奏は初めて聴いたけど、あんなにピアニッシモのきれいな音を出す人はなかなかいないと思う。

円熟の極なのかなぁ。

20番はもちろん良かったけど、アンコールのショパンは感激した。

今度はショパンのリサイタルなんかを聴きに行きたいです。


ますます、演奏会に参加したくなりました。

今年は10月くらいにモーツァルト25番をやる予定なので、早く楽譜欲しい・・・

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事