都会のしがない勤務医の独り言

一般勤務医の現状・実情の感想と趣味・日々の出来事のにっきです

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特にトラブル無く

イメージ 1

本日夕方、学会から帰ってきて、クルマで買い出しに出た時、ついに20000Kmを突破しました。

Alfaのなかで、147は比較的新しく、壊れにくくなったとはいえ、10000Km超えるといろいろトラブルが起きるとよく言われてましたが、今のところno troubleで快調です。

特別まめにオイル交換しているわけではないし、ミッションオイルも5000Kmで一度換えただけ。

助手席がときどききしむ音がするけど、これはシートレールも換えてもらいましたが治りませんでした。椅子の構造自体にちょっと問題があるようです。

たま〜に助手席に誰かが乗っていると音が出ないので、とりあえず気にしないようにしてます。


知り合いにスパイダーに乗っている人がいるのですが、その人はトラブル続きでよく泣いているようです。
僕と同じく2年前に新車で購入した様ですが、
ほろがうまく閉まらない、ドアの締まりが悪い、空かなくなる、雨漏り・・・

確かに基本設計が147より古いからしょうがないのかなぁ

でも雨漏りはやっぱつらいよな〜 Alfa熱が冷めてしまうかも。


このまえ、その知人とAlfaブレラを見に行きました。
ジウジアーロデザインで写真ではどうかなと思ってましたが、実物見ると意外とかっこいいのです。見慣れてきたせいもあるかな?
で、ドアなんかもかなりがっちりしていて、閉めた感じなんかはドイツ車に近くなってました。

まだエンジン音は聞いてませんが、そのうち試乗に行こうと思います。

デザインで言うと、僕はピニンファリーナが好きですね。ジウジアーロも悪くは無いけど・・・
プジョー406クーペや、フェラーリを見ているとやっぱピニンファリーナはイイです。
日本人のデザイナーがいるというのも魅力です。
147の後継はピニンファリーナになればと思うのですが。。。

「品川」

やっとというか、ついにというか、
品川ナンバーをゲットしました。

今週は学会週間で、オペもなく病棟もガラガラのため交代で休みを取れました。

平日に外出できるチャンスはなかなかないので、ナンバー変更に挑戦。

今日に備えて書類をコツコツ集めていたので、比較的スムーズに手続き終了。

しかし、うっかりしたことに希望ナンバーは事前に申請していなければならず、フツウのナンバーになってしましました。
でもとりあえず「品川」に変更終了。

なんか、ナンバープレートだけやたらキレイで浮いてる感じです。早くクルマを洗わないと・・

陸運局は平日なのに、というか平日しかやってないけど、かなり混んでました。

で、かなり珍しいクルマもちらほら。

TVRやロータスエクシージ、そして白のムルシエラゴ! 凄すぎ・・

ナンバーの封印を外したりと、なかなかできない経験をして、勉強になりました。書類の書き方など、意外と面倒で分かりづらいものです。

希望ナンバーにできるのはいつになることやら・・・

えいご

昨日は休日の日当直・・ようするに朝から次の朝まで救急対応し、翌日は月曜だからそのままフツウに働く・・・
といっても今の職場は外科、内科当直がはっきり分かれているし、激しい救急はほとんど来ないので楽といえば楽ですが・・

でもこんなに天気いいのに、桜も散ってしまうというのにナンデ病院にこもってないといけないの?!と叫びたい。

地味に学会の準備でもします・・・・

先日、外来での出来事。

その日は予約外の患者さんが多く非常に混雑していた中、追い打ちをかけるように「ニホンゴワカリマセン」な外国人が来てしまった。

見たところインド系の方。一時的に日本に来ており、なんだか、以前に尿管結石で手術したとか、その後のフォローアップ検査希望で受診。お腹の写真と検尿など、何も所見無し。
でもなにやら過去の検査データや写真をたくさん抱えてきて英語でまくし立てるように解説された。
UKとインドでもらった薬を見せられ、今は飲んでないけど飲まなくていいのか、腎機能はドウなのか・などなど。

非常にちーぷな僕のえいごで冷や汗かきながら説明・・要するにalmost no problem、今はこれ以上の検査必要ないですよ。何かあったら来てください、と、帰そうとしたら、
前にED(Erectile dysfunction)の薬もらってたんだけど、そっちの薬はもらえないの?と言ってきた。
え、EDの相談がしたかったの?今EDなの?と聞くと、
いや、EDは良くなってるんだけど、その後が早くて困る・・・

そりゃあんた年のせいじゃないの?糖尿は無いみたいだけど、そういうのは精神科のくすりならあるかもしれないけど、今ここで出す薬じゃないし、だいいち日本まできてそんな相談しないでくれよ!、と、後がかなりつかえていたので、とりあえず病的じゃないから様子見てください!といって帰そうとした。

では腎臓はどこで見てもらったらいいの??
another departmentへ紹介しますからそっちへ行ってください....

いやー、英語が出来なくてとっても大変でした。高校から数学物理化学だけの頭だった僕にとって英語は苦手、、それでも海外に行くたびに勉強しなきゃと思うようになり、英会話は聞いたりしているけど、やっぱりnativeと話さないとダメですね。。

いまさら英会話習いに行こうかな,と思う今日この頃。

重い1日

今日は朝からオペだった。

患者さんは分けあって、他の病院から逃げる形でうちの病院へ来てたまたま僕が担当となった。

その患者さんは数年前、前の病院で直腸の手術を受けていて、ストーマ(人工肛門)があった。その後定期的にCTは撮っていたものの、今年になっていきなり別の大きな腫瘍が見つかったと言われた。
家族としては、いままで何年もフォローされていたはずなのに、なんで急にこんなことになったのか?と、当然納得いかず、その病院から逃げてきたのだ。
 
初診時、エコーであきらかな、大きな腫瘍が見えた。

当院のCT結果で、腫瘍の周りの一部のリンパ節が軽度腫大しているように見え、リンパ節転移が疑われた。

画像所見からは手術の適応となるかは微妙なところだった。患者さん本人、家族はは早急に手術を強く希望されていた。奥さんの様相は、わらにもすがる気持ちでいるようだった。

まだ50代・・

今日の朝は、緊張した様子だが笑顔だった。

手術が行われた。外からも腫瘍は触知できる状態だったが、いざ手術が始まると、腫瘍は周囲と強固に癒着しており、リンパ節も硬く、血管の走行もほとんど確認できない状態だった。

手術は非常に困難で、予想外の出血もやむを得ず、ほとんどインオペ(手術不可能)かと思われたが、部長の手さばきでなんとか腫瘍自体は摘出できた。

ただ、腫大したリンパ節は、大血管や周囲臓器の損傷を考え可及的に取れる範囲を摘出した。
リンパ節転移はほぼ確実と思われる・・。

 手術を終え、病棟へ戻ると、奥さんと息子さんが待っていた。術後の説明・・・無事終わったとはいえ、病状は思ったより進行しており、今後月単位の余命であることは予想され、非常に重苦しかった。

術前から、進行した状態で見つかっており以前の手術の影響もあるため厳しい状態かもしれないとは話していたものの、あらためて病状と、今後の予後を話すと、平静を保ち涙をこらえていた奥さんも立ち上がった瞬間、一瞬意識を失い倒れ込んでしまった。

テレビドラマのワンシーンの様・・・

「もっと早く来ようと言ってけんかしてたんです。なのに仕事が忙しいからと、どんどん遅くなって・・」
「ほんとうに、ほんとうにありがとうございました。どうかこれからもできる限りお願いします・・・」

僕の立場はすべてお話ししないといけないのです、、厳しい内容の話をたくさんしてしまいすみません、
今はゆっくり休んでください。。

あまり優しい言葉はかけられなかった。厳しいが、今はこれ以上期待を持たせることは言えないのである。

でも、心の中では、もしかしたら今後化学療法と放射線が著効して来年も元気に通院してるかも・・意外と病理結果は炎症性のリンパ節腫大だったとか、なんて期待してたりする。

本当に辛い、家族の涙ほど辛いものは無い。いままで何度も経験してきたが、今日は特に辛かった。
まだ亡くなった訳じゃないが、今後の展開を考えると、なおさらだ。

涙が出そうだったが、医者は患者の前で涙を見せてはいけない・・研修医のころ尊敬する上司からも言われたことだ。

僕は感情移入しやすいので、しょっちゅう涙があふれそうになることがある。もちろんうれし涙も。

1日が終え、ぐったりした。明日からも癌との戦いは続くのです・・・

北オケの思い出

学生のころは大学にオケが無かったので弦楽アンサンブルのみの合奏団で弾いていました。

医学部の学生が中心だったのですが、医学部って学年に1、2人くらいは楽器ができる人がいて、僕の先輩でもバイオリンちょうまな方がいました。ロンドカプリチオーソを初見ですらすら弾いちゃうくらい。
その他にもいきなり休学してピアノでウィーンへ留学してしまった人とか。

オーケストラで弾くことがあまりできなかったのですが、「北オケ」という年一回のイベント的な演奏会があり、それに参加してました。

僕はスキー部も掛け持ちしていたので、ちょうどスキーの大会が北オケに重なる時期でしたが、僕が3年生の時北オケ初参加しました。

でも冬はスキーばかりやっていたので当然練習できているわけもなく・・・1人スキー焼けしていきなり参加してしまいました。

しかも曲目はイーゴリー公序曲、くるみ割り組曲にベルリオーズ幻想とヘビーな内容で、夜行電車で北海道に向かいながら楽譜をよみ、青ざめる・・・これはマジでヤバイ!

北オケイベントは一週間缶詰状態で練習し、最後に演奏会を開くというもの。

初日の練習は当然ゼンゼン弾けず、あたふたもがくのみ。しかも指揮者がチョウ厳しく、来てはいけなかったのかもしれない・・と焦るのみ。
みんなは練習を重ねてから来ていて、練習も緊迫しているのでプレッシャーも半端じゃない。。。

また、すんごいうまい人達が多く自分の弾けなさに愕然としました。そのときコンマスだった方は今は歯医者さんですが、中学生でオケバックにチャイコを弾いたという伝説を持つスゴイ人。

その後は、これまで人生でこんなに楽器を弾き続けることは無いだろうと思うくらいバイオリン漬けの日々。
朝食・練習・昼食・練習・夕食・練習+自主練・飲み会、そして朝・・の繰り返し。
ここまで弾いていると、ついには自分の限界を超える時が来ます。

こんなの不可ノーでしょっていうパッセージもなぜか弾けるようになるのです!

そして弾けるようになると「幻想交響曲」がすごくいいことが分かってきて、最高にたのしい演奏会となりました。


仕事始めてからもその時知り合った人たちと今でも年に1〜2会演奏会を開いています。といっても僕はゲネプロ本番くらいで弾かせてもらっている立場ですが。。
音楽で出会った人間関係は本当に素敵です。

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