木野下 章の日記

芦屋市の元市会議員です。

映画・演劇

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映画三題

 「さとにきたらええやん」、心があったかーく なりました。こんな場所が大阪にあるんや・・・!知りませんでした。
 だれでも「いつでもおいで」と言ってもらえる場所。心も身体もズタズタになっていても、さとのいえにいったらなんや癒されてしまう。
 母子家庭と言っても、夫の暴力から逃れてやむなく子供4人と暮らす家の子どもたちが毎日でも、学校でいじめられても行ける場所。仕事もあって、薬を飲んでも夜眠られない母親が子供を預けることができる場所。子どもの生活に使うお金も自分で使ってしまう母親から離れて、子どもが毎日の生活ができる場所。
 でめきんさんだけでなく若い人たちもしっかりとこの家に根付いているように見えました。なんか、ほんまもんの家族。
...
 この間、観たほかの映画。
 妻に誘われたのが神戸映画サークルの「いろいろ」(シンガポールの映画)。アジア経済危機のシンガポールの家族の映画ですが、夫が仕事を首になったり、妻は会社で首切りの手伝いをさせられていたり、子どもはたまごっちに夢中でフィリッピン人のメイドさんをいじめたり・・・。
 それでも家族は離れようとしないし、子どもはメイドさんが大好きになって。結局、家族はメイドさんを雇える経済状況ではなくなり、彼女はフィリッピンに帰っていきます。
 子どもは、ひとまわり成長していく・・・。そして母親は次の子を出産。最後は希望の光で終わります。
 なにげない、きっとそのころのシンガポールではよくあったことでしょう。終わって、「良かったね」と妻も。

 もう少し前に見たのが
 「帰ってきたヒットラー」。これはメジャーな映画ですが、この間観たヒットラー映画の中でもゾッとさせられました。こんな映画をつくる政治性の高さを感じました。
 なにやら映画三昧のように見えますが・・・いや、その通りかもしれません。映画はいいですね!
 「ヒトラー暗殺 13分間の誤算」を観てきました。

 ヒトラー時代のドイツが、自由が奪われ、窮屈になっていくさまがよくわかりました。自由を愛し、先を見越す力を持った人たちは、特に色々な想いを抱いて生きることになったのでしょう。それゆえの苦しさも強かったことが画面からよくわかりました。

 独裁の方向を許してはいけない、しっかりと芽のうちに摘んでおかなくてはならないのです。戦争法=安保法制が強行突破された日本では、選挙で政府を変えることができるのですから、その力を今発揮させていくことだと思います。..
.
 ドイツのように独裁が全面的な力を持ったら、世の中は死んでしまいます。
 今の、そしてこれからの日本を考えさせる映画でした。

 演技陣の力も十分に感じたいい映画でした。

 自民党の中山元代議士(大阪選出でたしか建設大臣じゃなかったですかね?)がご夫人と二人で来られていました。
 中山氏には、芦屋駅での共産党の宣伝の際にも声をかけていただくこともあります。映画も神戸に身に来ておられるし、芦屋に住んでおられるのかな?
 この映画を見に来られた思いを聞いてみたかったけど、ちょっと勇気がありませんでした。

女優加藤治子さん

加藤治子さんが亡くなられました。
92歳だったそうです。

20代、富山にいた時「いずみたくフォーリーズ」を観たくて六本木の
アトリエフォンティーヌに出かけました。
...
チケットを事前に手に入れておく必要があるなんてことを知らない田舎者だったので、窓口でチケットがないと言われガッカリした時に、そこにいたいずみたく氏が、富山から来たと聞いて一枚都合をつけてくれました。
席に着くとそこは前の方で「いい席」でしした。劇場の持ち主が誰か来るかもしれないと取っていた席なんでしょう。

幸運に思わず周りを見回したら、後ろでにっこりほほ笑んでくれたのが加藤治子さんでした。テレビではおなじみの顔だったのですぐにわかりました。
柔らかな表情に親しみを感じさせ、一気に好きになってしまいました。

あれからもテレビではよくお見受けしたのですが、最近はすっかりでした。
齢を取られ、体調を壊されていたのでしょうか。
あの笑顔・・・忘れられない女優さんの一人でした。
雨の月曜になりました。
家を出た時には「これなら大丈夫か」と思っていたのですが、
赤旗しんぶんを置いてある事務所につく頃にはしんぶんにビニールカバーが必要なほどになっていました。
雨の日はどうしても時間がかかります。
...
昨晩は、妻と元町映画館に出かけました。
「首相官邸前で」を観て、その後シールズの大野さんの話も聞きました。

映画では福島第一の原発事故を改めて考えさせられました。いまも福島の危機は続いているし、多くの人が日常と希望を奪われていることが私の頭の中から次第に消えようとしているなあと。

川内に続き伊方の再稼働も進められようとしています。
原発のシビアアクシデントの確率は1000年に一回なのだそうですね。
日本には50基ほどの原発があるので割ると20年に一回ということになる。映画で出た話ではないけれどもこれは大変なことでしょう。
私は、もう一回シビアアクシデントが起きたらもう日本は終わりになると思っています。

映画では、菅元首相が、当時250キロ範囲(東京もすっぽり入る)にまで汚染が広がったら5000万人が避難しなくてはならなくなるということを考えたと言っていましたが、そんなことは実際不可能でしょう。

川内も伊方も放射能が漏れだしたら、それは偏西風で瀬戸内、近畿と甚大な影響にならざるを得ないでしょう。もう終わってしまう・・・。
再稼働はダメですね。
原発動かさなくても電力は不足していないんだから。

「電力より人が大事」


シールズの大野君の話を聞いて思ったこと。
彼らの運動は原発のあの大きな運動があったからこそ。
彼らは、非常に良く考える力を持っていて、柔らかだということ。
自分たちの後に続いてくれる「もっと先鋭的に」運動をしてくれる若者たちが出てくることを信じていること、希望を持っていること。


運動の進め方について、首都圏反原連の人たちのやり方に民主主義の力を感じたし、そのことがシールズなどの安保での新しい運動の動きを生み出してきているのだとも感じました。
映画と大野君の話のセットでなにか、すっきりとしました。
 東住吉事件が起きたのは阪神淡路大震災の年でした。
 この事件が報道された時、ほんとにひどいことをするものだと強く思ったことを今でも覚えています。
 警察発表を報道するだけなので新聞やテレビを見ているだけでは、二人が無罪だなんてほとんどの人は想像すらできないでしょう。
 そのうえ「自白」までしたということになれば。自白の内容にまで読み込むということはしませんから。
...
 しかし、ガソリンをまいてライターで火をつけたらどうなるかというのは私でもわかることだったと。つけた本人が無傷でいることなど考えられません。山でのテント生活では、昔は白ガソリンを燃料とする火器を使っていました。先輩たちから口うるさく言われたのが白ガソリンの扱いでした。私が直接経験したのではありませんが、同じクラブでテントを燃やした事件もありました。

 今も事件の報道は警察発表の通りですから、被疑者はまるで犯人であることが決まっているかのように受け止められる報道ばかりです。
 冤罪が後を絶ちません。いつ犯人に仕立て上げられるかわからないとという恐怖があります。この事件も、マンションを買うためにお金が必要だった、そのために保険をかけていた娘を殺したなどと動機が創作されていました。
 犯人にしようと思えば、権力はでっち上げだってなんだってやってきます。予断のない冷静な視点を持ち続けること、なんでも鵜呑みにしないことが大切なんだと改めて感じさせられます。

 冤罪事件の救援活動を献身的に行っている国民救援会の活動で学ばされることはほんとうにたくさんあります。

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