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旅
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奈良や京都には古い神社仏閣が多く、 当時のままの面影を今に伝えている。 東大寺のように焼失して再建された物もあるが、 廃墟のまま残されている例は少ない。 ほぼ単一民族の日本では、 戦で時代が代わっても、 建造物を徹底的に破壊することはなく、 後世に引き継がれている場合が多い。 それは天皇の存在や日本人の宗教観などに拠るところもあるだろうが、 他民族に制服されたことがないのも大きな要因であるに違いない。 スコータイにピーマイ、そしてアユタヤ。 タイの遺跡はいずれも廃墟と化している。 先日カンチャナブリに行く途中アユタヤに一泊した。 夕方に到着したわしらは、 宿を決め遺跡を見に出掛けた。 アユタヤの遺跡は広く、 川に囲まれた中州を中心に多く残っている。 ライトアップされた遺跡に見を奪われる。 寺院は赤レンガが剥き出しになり崩れ、 瓦礫の山となっている。 頭のない仏像が鎮座しているが、 顔がないので表情が読み取れない。 「夏草やつわものどもの夢の跡」 ここでどんな戦いがあり、 どんな夢を見たのであろうか。 ガイドブックによると、 アユタヤ王朝は1351年から1767年。 日本で言うと室町時代から江戸時代。 滅んだのが242年前だから、 遺跡から感じる年代よりそんなに古いことではない。 アユタヤ王朝を滅ぼしたのはビルマ軍。 徹底的に破壊したのが分かる。 かあちゃんの話によると、 当時、王宮や寺院に施されていた金や、 仏頭はビルマに持ち去られたそうだ。 (その後、盗賊にあい欧米に売り飛ばされた遺跡も多いとか、 もしかしたらそれの被害の方が酷いかも) まあ、かあちゃんは多くのタイ人がそうであるように、 ビルマのことを憎んでいるので本当かどうか分からない。 アユタヤで最も有名な観光スポットの一つが、 長い年月により木の根っ子にスッポリと収まっているワット・マハータートの仏頭。 この仏頭もビルマ軍によって刎ねられたのだろうか。 こちらを向いて根に抱かれて眠っておられるようだ。 アユタヤの廃墟となった遺跡を見て思う。 他民族に征服されるとはどんなものなのだろう。 歴史が全く違う日本とでは、
価値観が違って当たり前。 今度は一週間ほどスケッチブックでも持って、 ゆっくりと何かを感じたいと思う。 |
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ここを発見したと言う日本人はどんな気持ちで、 |
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陸路でノービザで入国した場合、滞在できる期間が15日間になっているせいか、 |
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白い砂浜に椰子の木。 |




