イサーンで胃酸過多の日々

タイのコンケーンにて繰り広げられる不思議な出来事

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「貧乏生活自慢」「病気自慢」「貧乏旅行自慢」
これらが世界3大自虐自慢。

「勉強が出来た」「運動が出来た」「もてた」(「悪かった」が入ることも)
は男の3大昔自慢であるが、
今回の話題には関係ない。

わしもタイに住み着く前は、
東南アジアを中心に貧乏旅行をしていた。

色々と貧乏自慢したいような旅をしてきたが、
それでもタイ3泊5日で12000円は到底無理!!

今タイ国政府観光局がこんな企画をしている。
http://www.thailandtravel.or.jp/plan/reporter/index.html
時間のある人は応募してみたら。。。。。

ところで貧乏旅自慢。

安宿で日本人と話す機会があり、
自慢話を聞かされたことがあった。
それが知ったかぶりで偏見に満ちていて、
ツマランことツマランこと。
それからは人前で自慢しないよう自制しているが、
酔ったときは話しているかも。。。。。



注;
3大話しはわしの創作。大体3大○○なんて日本以外で言うところあるの?

廃墟

奈良や京都には古い神社仏閣が多く、
当時のままの面影を今に伝えている。

東大寺のように焼失して再建された物もあるが、
廃墟のまま残されている例は少ない。

ほぼ単一民族の日本では、
戦で時代が代わっても、
建造物を徹底的に破壊することはなく、
後世に引き継がれている場合が多い。

それは天皇の存在や日本人の宗教観などに拠るところもあるだろうが、
他民族に制服されたことがないのも大きな要因であるに違いない。

スコータイにピーマイ、そしてアユタヤ。
タイの遺跡はいずれも廃墟と化している。

先日カンチャナブリに行く途中アユタヤに一泊した。
夕方に到着したわしらは、
宿を決め遺跡を見に出掛けた。

アユタヤの遺跡は広く、
川に囲まれた中州を中心に多く残っている。

ライトアップされた遺跡に見を奪われる。
寺院は赤レンガが剥き出しになり崩れ、
瓦礫の山となっている。
頭のない仏像が鎮座しているが、
顔がないので表情が読み取れない。

「夏草やつわものどもの夢の跡」

ここでどんな戦いがあり、
どんな夢を見たのであろうか。

ガイドブックによると、
アユタヤ王朝は1351年から1767年。
日本で言うと室町時代から江戸時代。
滅んだのが242年前だから、
遺跡から感じる年代よりそんなに古いことではない。

アユタヤ王朝を滅ぼしたのはビルマ軍。
徹底的に破壊したのが分かる。

かあちゃんの話によると、
当時、王宮や寺院に施されていた金や、
仏頭はビルマに持ち去られたそうだ。
(その後、盗賊にあい欧米に売り飛ばされた遺跡も多いとか、
もしかしたらそれの被害の方が酷いかも)

まあ、かあちゃんは多くのタイ人がそうであるように、
ビルマのことを憎んでいるので本当かどうか分からない。

アユタヤで最も有名な観光スポットの一つが、
長い年月により木の根っ子にスッポリと収まっているワット・マハータートの仏頭。
この仏頭もビルマ軍によって刎ねられたのだろうか。
こちらを向いて根に抱かれて眠っておられるようだ。

アユタヤの廃墟となった遺跡を見て思う。
他民族に征服されるとはどんなものなのだろう。

歴史が全く違う日本とでは、
価値観が違って当たり前。
今度は一週間ほどスケッチブックでも持って、
ゆっくりと何かを感じたいと思う。

ここを発見したと言う日本人はどんな気持ちで、
この湯に浸かっていたのだろう。
そう思いながら、
山間の小さな川の流れを見ながら想像するが、
平和ボケの中でのほほんと育ったわしには、
彼らの気持ちが分かる訳がない。

映画「戦場にかける橋」の舞台になったことで有名なカンチャンブリ。
クワイ橋の架かるところから更に100キロ以上ビルマ寄りに行ったところに、
日本兵が発見したと言われる温泉がある。

戦時中の1942年、
日本軍は海上輸送の危険を避けるべく、
ビルマ戦線の物資輸送のためのルートを確保するため、
泰麺鉄道の建設が開始された。

建設は日本軍の他、
連合軍の捕虜に東南アジアの人々が従事し、
過酷な作業を強制したため、
多数の死者が出たらしい。

鉄道は温泉の近くを通っており、
恐らく鉄道建設に従事した日本兵が発見したのだろう。

六十数年後、
温泉は多くの人に親しまれているようだ。
わしらが行ったのは月曜日、
連休の真っ只中ということもあったのか、
川沿いに掘られた、
大きめの露天風呂は人で一杯。

ツアーもあるようで、
白人や日本人も団体で訪れていた。

湯は透明で匂いも余りない。
結構熱い湯で、
温泉で温まった体を川に入って冷やすと気持ちが良い。

何時間いただろうか、
温泉に浸かったり、
川に入ったり、
トドのように寝転がったり、
久し振りの温泉を楽しんだ。

その後は滝を見学し食事をして、
カンチャナブリの街まで車で2時間弱。

途中から今でも日に何本か走る汽車でも帰れるようだ。
(この汽車はバンコクまで走っているらしい)

タイ人も含め多数の死者を出した泰麺鉄道建設に、
歴史的大敗で無謀な戦いだったインパール作戦。
タイに住む日本人として、
それらに関して無知であることが恥かしい。

取りあえず、有名な映画音楽は知っているが、
観た記憶がない「戦場にかける橋」を観ることにするか〜。

ビザ申請

陸路でノービザで入国した場合、滞在できる期間が15日間になっているせいか、
観光ビザが無料になっている為か、
行ったのが木曜日だったせいか、
恐らく、いずれの理由も重なって、
ビエンチャンのタイ大使館は人、人、人。。。。

ビザの申請に2時間以上待たされた。

しかし、旧大使館の時とは違い、
今は整理券を取り、
番号表示板に番号が表示され呼ばれるので、
それまでは椅子に座って待つことが出来る。

炎天下の中並んで待っていた時とは雲泥の差だ。

翌日の受け取りも整理券を取って待つことになる。

ただ、少し不満がある。
受け取り開始時間は13時だが、
それ以前から門の前には長蛇の列。
門が開き整理券を取るのに人が殺到。
割り込む奴も多い。

整理券は150人目ぐらいだったが、
パスポートを受け取ったは14時10分ごろ。
コンケーン行きの国際バスの出発時刻が14時45分なので、
結構ギリギリ。

やっぱ月曜日と木曜日は避けた方が無難だな〜。

注:5月21日現在、観光ビザは無料。でもノンイミグラントビザは有料でした。

チャン島

イメージ 1

イメージ 2

白い砂浜に椰子の木。
透き通ったエメラルドグリーンの海。
碧く高い空。
白い入道雲。

絵に描いたような南の島。

ホテルのプライベートビーチに、
コテージ専用のプール。

いつもは数十バーツを惜しんで、
安宿を探す我が家族には、
信じられないようなリゾート。

子供たちは大興奮で、
大はしゃぎ。

到着当初は宿泊費を気にして顔色が冴えなかったかあちゃんも、
子供と一時のリゾート気分。

海の家で焼きそばを食べるぐらいしか知らないわしは、
高揚してついついビールを飲み過ぎて酔っ払い。

ここはカンボジア国境近くに浮かぶチャン島。
前々から行きたいとは思っていたところだ。

チャンタナブリから田舎道を西に走っているとチャン島が突然ドーンと現れる。
思ったより近くにあるように感じるのは、
海からすぐに山がそびえ、
結構な量感を持った島だからだろう。

フェリーで約30分。
車ごと島に上陸。
タイ人が大半だが欧米人も多い。

山道を走っていくと所々に繁華街やリゾートホテルが見られる。
もっと秘境な地を期待していたが、
結構開発されている。
でも、これぐらい色々な店があった方が、
実際に滞在するには便利で楽しい。

まあ、平地が少なく岩場も多いので、
無秩序に開発が進むこともないと思われる。

島のほとんどは鬱蒼としたジャングル。
チャン島の南側には大小様々な島々がある。

ここに長期滞在して、
トレッキングしたり、
ダイビングや釣りをしても楽しいに違いない。

今回はチャン島では一泊二日。
もっと滞在してゆっくりしたかったな〜。

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