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真珠湾攻撃から今日で69年目、本当に負けてよかった。1%でも勝てるみ込みはなかったが、若し勝っていたら
軍人が威張り、自由のないとんでもない世の中だったろう。考えただけでもぞっとする。
当時も今と一緒で行き当たりばったりの政治だった。山本五十六も一年なら暴れて見せるなどどうして言えたの
かと思うととても国葬に値するとは思えない。山本は、アメリカにも武官として赴任している。アメリカの工業力や
国民性を理解していたはず。アメリカは殴られただけで引き下がるような国ではなかったのだ。
一度も対外戦争に負けたこともなく第一次世界大戦にしてもアメリカ参戦で連合国軍が勝利したと言える。
開戦当時見識があった海軍上層部では、米内光政、井上成美くらいだろう。
どちらにしても、日本よ負けてくれて有難うだ。 矢張り日清日露の驕りが軍部にあったのだろう。
その上、第一次世界大戦を殆ど経験してないため兵器の開発が遅れた事は否めない。
どうせやるなら負けない戦争をしなくてはならない。 一番良いのは戦争終結まじかに参戦する事。
当然勝つ方に。これが一番いい。
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“負けてよかった”では無く、“終わってよかった”でしょう。
戦争は何も生みませんから。
2010/12/8(水) 午後 7:24
ごえもんさん今晩は。勿論終わってよかったもありですが、勝っていたら自由のない帝国主義。神格天皇制など自由がないので負けてよかったのです。勝てば民主主義はないのですから。
2010/12/8(水) 午後 7:37 [ hirosi ]
負けて終わるのが絶対条件なのです。終わったときの状態が問題。
2010/12/8(水) 午後 7:42 [ hirosi ]
そうですね・・。
今となっては“負ける”が“勝ち”なのかも知れません。
が、ワタシの両親は戦争体験者でした。決して軍国主義で言うのではありませんが、“負ける”為に死んで行った人たちが居る事も忘れないで下さい。
どの戦争も多大な犠牲が生じるのです。
軽々しく“勝ち負け”を論じるのは如何なものでしょうか。
2010/12/8(水) 午後 7:54
ごえもんさんコメント有難う。私は極論を云ったまでで決して戦争を肯定してはいません。
戦争で亡くなった尊い命も忘れてはいませんよ。
勝っても負けても命は失われます。負けたからこそ今の自由があるといいたいのです。勝った場合の日本を考えるとぞっとします。
だから負けたほうがいいと主張するのです。
犠牲者が出たのは、私のせいではありません。その責任は軍部が多くを担うべきもの。私は自分の信じるものを信じごえもんさんは、自分の信じるものを信じればいいと思います。人は人の心までは支配できません。
2010/12/8(水) 午後 8:23 [ hirosi ]
当時も国民にも選挙権(25歳以上男子)があり
ました。当時も民主主義でした、戦争反対の政治家もいました。でもそんな戦争に反対した政治家を国民は支持しませんでした。
2010/12/9(木) 午後 0:39 [ 一郎 ]
言論の自由なくて民主主義と言えますか? 誤った民主主義です。
国民の多くが政府に騙されただけ。一部の人たちは現実を知っていましたが多数はではありませんでした。これも教育の恐ろしさでしょう。一郎さんそういうことです。コメント有難う。
2010/12/9(木) 午後 1:50 [ hirosi ]