落語・演劇

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さて2丁目での仕事が終わると、外は夕闇、4丁目を通り8丁目まで早足で到着、ここも上には高速道路。腹減ったが、開演時間が近づいているので、向かいのマーケットでパンかってロビーでかじりながら腹ごしらえ。
ところで劇場の入った博品館は1899年操業だが、関東大震災や太平洋戦争の苦難を乗り越えて1978年に復活、1986年には日本最大のおもちゃ屋としてギネスにのったそうです。
骨董的エレベーター=普通は上から吊りあげるエレベーターをここではジャッキで持ち上げるという信じられないもので、乗ってみましたが何の違和感もありませんでしたが、4階までしか行かないので、乗り換えて8階の劇場に到着。
劇団NLT公演の「テーブルの十三人」はフランスコメディーでソヴァジョンの作品。
クリスマスの夕食会、招待客が十三人で、最後の晩餐と同じではパーティーが始められないと主人公のマドレーヌ=剣幸(元宝塚)、十四人にしようとするが、そうするとすでに来ている一人が急用で帰る羽目に・・・十三人のパーティーになるのか、ならないのか?
という筋立てです。剣幸はほとんど出ずっぱりで、初日なのにセリフ間違えないで、プロですね。知人の真継玉青さんは主人公の友達で、酔っ払いの演技ご苦労様でした。
昨日メールが来て、無事千秋楽を終えられたそうです。満員で良かったです。
ところで主人公の旦那が昔の行状で告発状が出てるのですが、観客のそれぞれの椅子に告発状が置かれていて、二度目の休憩に読むように指定されています。なかなかしゃれた構成ですね。でもすべて日本語のダジャレなのです。フランス語ではどうしたのでしょうか。気になっています。
ということで朝はアートで昼はワーク、夜はステージ・・・ビジーな一日でした。
 
そうそう銀座九丁目は水の上!名前を変えて「新橋」・・遅くにホテルへと向かいました。
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文楽

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初めて文楽を観ました。京都にとってはとっても縁遠い文楽、夏休み特別公演ということ、おまけにサマーレイトショーなんてしゃれた企画、演目も浄瑠璃三大傑作のひとつ「菅原伝授手習鑑」(ちなみにあと二つは「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」)とスペクタクル巨編「日本振袖始」。
さて会場は大阪日本橋といっても、落語の「高津の富」で有名な高津宮や生国魂神社近くの大阪!っていう感じの所にある「国立文楽劇場」、ほぼ満員の会場、座席はかぶりつき、義太夫を唸る太夫の汗が飛んできそう。
まず驚かされたのは舞台の大きさでした。人形劇と侮っていたのですが、普通の芝居と変わらぬ舞台で、道具立ても歌舞伎と遜色がありません。
人形とそれを扱う人形遣い3人、主役以外は黒子の二人、人形が増えると30人以上が舞台狭しと動くわけですから大変、最初は違和感を持ちますが、物語が進むうちに全く人形遣いが気にならなくなります。
圧巻は義太夫節、物語の筋から、役のセリフ、歌まで一人で演じます。一種の朗読なんでしょうが、迫力は尋常ではありません。今回は人間国宝・竹本綱大夫の素晴らしい義太夫節が聴けました。
「菅原伝授手習鑑」は菅原道真の流罪に絡んだ物語、京都郊外の芹生(せりょう)の里の寺子屋に潜んでいる道真の子・秀才・・・時は平安時代ですが寺子屋があります。が気にしない・・・そこによく似た子が入門、そのとき追手が来ると、秀才をかくまっている源蔵によって、来たての子が身代わりに殺されます。追手の中の首検分松王丸、実は味方で、殺された子は自分の子!(ややこしい)
主君を助けるために子がにっこり笑って死んだと聞いた松王丸の胸中いかんせん!
「はっは・はっは・はっは・はははっ・ははははっ・・・・・」綱大夫はこのことば一つつつ節を変えながら、主君のためによくやった!から、だんだん子のふびんさを思って変わる調子のすごさ・・・素晴らしいです。
忠孝のため我が子を殺すなんて言うことは現在のモラルから考えたら信じがたい話ですが、そういう時代が日本にはかってあったのですね。写真は子の供養のため白装束になった松王丸夫婦。
「日本振袖始」近松門左衛門作のヤマタノオロチ退治の話。まるでスーパー歌舞伎のようでした。いいサマータイムでした。

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来年、祇園祭がユネスコの「無形文化遺産」に登録されるそうです。この無形文化遺産の前身は 「人類の口承及び無形遺産に関する傑作の宣言」で、1998年には能楽、その後、文楽、歌舞伎と登録されました。
さて第一回に傑作とされた世界19件のなかに能楽とともにインドの「クーリヤッタム」があります。
「クーリヤッタム」とはインドの西南端アラビア海に面したケーララ州に1000年前から続くサンスクリット舞踏劇で、寺院の舞台で演じられ、かっては王侯貴族や僧侶しか見られなかったといわれています。
そのクーリヤッタムを昨日夜、京都三条室町の百年以上続く誉田屋源兵衛という帯問屋で観劇しました。私の生徒(画家)の一人が主催者の田中泯さんのグループということで、案内を受け寄せてもらったら、偶然にも別の生徒にも会いました。版画家の彼女もかって「ダンス白州」に関係してたとか。「たそがれ清兵衛」で迫真の演技をしたその田中さんもおられました。
舞台となった誉田屋は祇園祭の時には、知人木村英輝さんの巨大な鯉の幕を作って評判になったところですが、普段はお商売の板敷きの大広間に、うまく階段状に座席を作って臨時の会場とし、演じる場所は坪庭の手前です。
少し早めに行ったお陰で、結構前の方に座れ、目の玉の動きまで見られて良かったです。

サンスクリットとは紀元前1500年までさかのぼる古代語ですが、今日でも多くの国の言語に影響を及ぼしています。日本では梵字として、墓石に刻まれているので目にしますね。実は私の方でも梵字の入門書を発行しています。

さて今回の演目は「砕かれた腿〜ドゥルヨーダナの最後」(マハーバーラタより)です。「マハーバーラタ」は世界三大叙事詩のひとつで、二つの王家の戦いを18巻巨大叙事詩です。

まず二つの燭台に火がともされます。三つの火はシヴァ、ビィシュヌ、ブラフマーの三大神をあらわし、火がついた時からクーリヤッタムの世界に入り、ラストで観客全員起立して火が消されます。薪能のようですね。
ついで上半身裸のインドの演奏者が大きな壺の前に座ります。巨大な茶壷といったイメージです。これは銅製の壺に牛の皮を張った「ミラーヴ」とよばれ、大小二個並べられます。
両手でターン、タンタンタンというリズミカルな音を鳴らします。これは生きとし生けるもの 神、人、魑魅魍魎まで呼び寄せるという導入の音です。
この大きな太鼓の演奏者は威丈夫な方で2時間以上にわたって、やすみなく叩くわけですから、スタミナと手のひらには感心させられました。他に小太鼓と手提げ太鼓、シンバルが使われ、演奏者は途中で交代します。すべてパーカッションで、物語に合わせて奏でられる響きにうっとりです。またすべての演奏者が、片時も演じる演者から目を離さないのもすごいですね。
二人の人が大風呂敷くらいの幕を持って現れます。その幕をとると、そこには古代衣装に黄金の冠をかぶった演者が現れます。畳一畳くらいの空間の中で演技をします。一種の踊り=所作なのでしょうが、手と目で演じると言っていいでしょう。でも時にはセリフもあります。顔は歌舞伎の隈とよく似ています。
ストーリーはここでは述べませんが、腿を砕かれ、死期が迫った王が、座ったまま演技するところは圧巻、特殊な植物で真っ赤に染まった目で悲嘆にくれる姿は恐ろしげです。少しはストーリーがわかるのは端にあるスクリーンの字幕のお陰ですが、演技に没頭して観忘れるほどでした。

二時間はあっという間でしたが、ぎっしり詰まった観客席で、手足も伸ばされず最後はちょっとお疲れ様・・・

最後に開幕前に、隣に外人が流ちょうな日本語で「ここに座っていいですか」「どーぞ、どこのお国ですか」「コロンビア」「京都は暑いでしょ!あなたの国は冬ですか」「冬とか夏はありません、乾季か雨季だけです。私のいる首都ボコタは2000メートルなのでいつも18度くらいですよ。」「うらやましい、インド舞踏に興味があるのですか」「スペイン語で演芸の本を出す準備してます、明日は飯田市の「世界人形劇フェスティバル」に行きます」「知りませんでした。さっそくインターネットで調べてみます。ついでですが私のホームページ観てくださいね」「英語で書いてありますか。日本のホームページ素敵なのに英語が少ないのは残念です」「すいません私のホームページもイントロだけは英語あるんですがねー」「この席は足が痛いので後ろのいす席に移りますね。またメールします。ありがとう」
ということでまた一人国際親善ができたような気がします。

がばい!

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今日から8月、京都の祇園祭は昨日の八坂神社の夏越祭で一月間のながーいお祭りが終わりました。真夏の京都には大文字送り火と地蔵盆があります。

さて先月の東下りのお話。
長い年月、京―東京行ったり来たりの間に、いろいろな方と知り合いになりましたが、女優さんは一人だけです。これは貴重ですね。ということで女優(画家でもあります)玉青さんから手紙がきました。
六本木の俳優座での「がばいばあちゃん」という芝居のお知らせです。ここ数年お芝居のお知らせいただきながら都合がつかなかったのですが、なんと今回はバッチシ空いておりました。
ということで六本木俳優座にでかけました。

懐かしいですね。昔ここの裏にあったジャズライブハウスには何回か行ったことがありました。なのに俳優座の中に入るのは初めてです。おまけに商業演劇を見るのも久しぶりです。

大学時代は毎月俳優座や民芸、文学座などよくいったものです。でもこれはガールフレンドが演劇好きだったのでついていっただけで、あまり面白いとは思いませんでした。当時の新劇はものすごい量のセリフを早口でまくしたてるような演技でついていけなかったのです。
その後、鴨川の河原で行われた黒テントの西遊記の圧倒的な肉体演劇に衝撃を受けて、新劇とはおさらばしました。

それから幾年月、俳優座も普通の演劇をするようになったのですね。

ということで期待のお芝居でした。満員の客席の中、島田洋七の同名の本を脚色した2時間を超す芝居、久しぶりに楽しみました。
玉青さん、ほとんど出ずっぱりのおかあさん役メリハリがきいてよかったです。ばあちゃん役でなくって安心しました。

ところで当日渡された各種のチラシ、都内の演劇のチラシです。その多さにちょっと驚かされました。あっちこっちで毎日芝居がどっかで行われているのですね。
また行きたくなりました。

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三月ですね。というより無理やり三月が来たみたいです。29日30日31日の三日を端折ってしまいました。今月は確定申告や展覧会でたぶん修羅の三月になりそうです。

さてあずま下りの折、せんの火曜日の朝、ホテルのベッドで読んでいた本が「しゃべれどもしゃべれども」佐藤多佳子著(新潮文庫)、時計代わりのテレビからみのもんたのだみ声が聞こえてきます。
「しゃべれども・・」は落語を舞台にした小説です。ふっとテレビの声が聞こえてきました。見ると三遊亭円楽が出ていて、引退するという話です。落語の小説読んでいて、三遊亭円楽がでてくるなんざあ 面白い偶然です。
円楽は病から復帰して高座に上がっていましたが、「ろれつが回らなくなった」ということで引退するとか。
名人三遊亭志ん生だったらろれつが回らなくっても良かったのでしょうが、もうかたやの名人圓生の弟子の円楽にとってはろれつが回らないのは致命的だったのでしょうね。
若い時 私は圓生の落語が大好きでした。その落語は格調高く品があって、笑わせるというより聞かせる落語でした。その弟子の円楽もその流れをくんでいて、一度東京のイイノホールの独演会を聞いて、武士の語り口をやらしたら日本一だと思いました。
もう聞けないと思うととっても残念です。
年を経て志ん生が好きになり、今は、かってあまり興味のなかった関西落語の鬼才桂枝雀にぞっこんです。
さてこの正統派の落語家をめざす青年を主人公にした小説が「しゃべれどもしゃべれども」です。対人恐怖症、口べたな数人の男女や子供に落語を教えることで立ち直らせる物語が経糸で、落語の世界を割としっかり説明した横糸と絡んでとっても読み口の良い物語に仕上がっています。
「本の雑誌が選ぶ年間ベストテン」1位、国分太一主演で映画化もされるとか。

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