落語・演劇

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枝雀 くしゃみ講釈

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落語は緊張と緩和の繰り返しと定義した枝雀ですが、緊張は「おや?」、緩和は「なーんだ」なんですね。そして講談は心地よい緊張の連続だそうです。そういえばラジオ時代に育った私にとって、旭堂南陵の「太閤記」で中世の歴史を勉強し、広沢虎造の浪花節で義理人情を学んだようなものです。今やこの二つの伝統芸能は風前の灯火です。日本の代表的な出版社になった講談社はこの講談からでているなんていうのは誰も知らない時代になったでしょうね。
さて「くしゃみ講釈」は講談の話です。江戸時代までは講釈と呼ばれていました。
講釈師に犬糞を鼻先につけられたある男が、その講釈師に復讐する話です。
物覚え悪い主人公は、くしゃみの元となる胡椒を八百屋に買いに行きます。くしゃみという言葉が出てこないので、キーワードになる言葉を思いだそうと、「のぞきからくり」の一節を八百屋の前で演じてしまいます。やっと思い出しますが、胡椒がなくって唐辛子を買って帰ります。この題目も録音で聞きましたが、やっぱりビジュアルは違いました。
からくりを演じるものですから、八百屋の前は黒山の人だかりができます。やっと買い物ができて、外に出てくるときの仕草が凄いです。まず手を広げて群衆の垣根から出始めます。顔は左右の人々を見ます。つぎに出終わった感じをちょっと後ろを見てあらわします。最後にずーっと後ろを振り向いて、八百屋から遠のいていく状況を演じます。
多分その会場の人たちは笑い転げていて、そこまではわからなかったと思います。こういった録画が残っているおかげで枝雀の天才ぶりを見ることができて幸せです。
もう一つ消えてしまった伝統芸能に「のぞきからくり」がありましたね。これは大きな箱の周りにいくつかののぞき穴があり、箱の中の変わりいく絵物語を、からくりをあやつるおっさんの名調子を聞きながら見るものです。どっかの博物館で装置は見たような記憶があります。そういえば、私の愛する夏目雅子の「時代屋の女房」の中で、渡瀬恒彦とからくりを東北に買いに行く場面があったような気がします。
さて唐辛子でいぶられた講釈師、「難波戦記」(大阪冬の陣)を演じるも、「ヘークション!」の連続で、主人公は目的を遂げます。このくしゃみの場面がまた凄い、体力勝負といった形になります。落語は、よどみなくしゃべる講談にみられる素晴らしい記憶と、くしゃみに見られる全身であらわす演技力がなかったらできない芸だと思いました。
(追記)夏目雅子生涯が来年TBSでドラマ化されるとか。

枝雀 宿替え

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「宿替え」は枝雀にとって十八番中のおはこだったそうです。これを家でちょっとやってみて、その日の調子を見たほど入れ込んでいたとか。
他の落語家がほとんど引っ越してきて、箒をぶら下げるために打った釘が、お隣の仏壇に突き抜ける話を面白おかしく話すだけのものですが、枝雀は元の家から出て、道中があって、最後は引っ越し先に着くまでを、三部構成にして聞かせます。
そしてその中に流れるものは、夫婦愛です。こんなに嫁さんを愛する亭主を見たことありません。
まず元の家で、風呂敷に家財道具入れる場面から、「おまえ一人のからだじゃないぞ」とつぶやきます。このあと数えてみると8回も言います。ところどころ亭主関白の言いぐさや、ぼろくそに言ったりしても、またまた「おまえ一人のからだじゃないぞ」とつぶやきます。
やっと道中の悪戦苦闘の後、引っ越し先につきます。
ここからが本題の釘打ち場面です。釘を打ちながら、自分はどんないい亭主か・・独り言を言います。自分が死んで、嫁さんがどんなに寂しがるかをとくとくと話しているうちに、釘を打ち込みすぎてしまいます。
これはまずいということで隣のうちを覗きます。ここでまた、嫁さんとのなれ染めの話を隣の人に聞かせます。
全編おのろけ落語なのです。これは高座に出ていた芸人だった人を毎日通って口説いた枝雀の、奥さんに対する愛情表現だったのではなかったのでしょうか。奥さんは結婚すると三味線を習って囃子方としてお供をしたそうです。
いぜんブログで、新幹線車中で枝雀の録音テープを聴いて、笑い転げたと書きました。かって枝雀のオーバーアクションにちょっと批判的であった私は、録音を聞いて話芸のすばらしさに脱帽しました。(余談ですが山下達郎も落語の録音をベットでイヤホーンで聞くそうです。笑い声ばかり聞こえていやだと、隣に寝ている竹内マリアが嘆いてましたっけ)
その私が枝雀落語のDVDを手に入れて聞き始めたのです。そこで発見したのは録音にない枝雀のアクションです。録音では無言のところ、ビジュアルでは、声のない言葉が発しられているのです。たとえば「宿換え」ではしばしばおかみさんは、馬鹿な亭主にあきれ果てます。でも「おほやなー」と声だしていうのでなく、声を出さないで、口の形だけで「アホヤナー」といったとき、それはこんな亭主でも好きやわーという感情が表れます。
また、隣家の主人が仏壇を開ける場面、手だけで架空の扉を開けるわけですが、最初の木の観音扉を開け、その中の塗りの扉をまた開ける場面なんて、日頃仏壇の前で拝んでないと出てくるアクションではありません。感激してしまいました。
これは見ないとわからない場面です。やはり枝雀は見ての枝雀です。
写真は亭主が家ごと括ってしまい、持ち上がらないと嘆く場面です。「アホヤナー!」

枝雀 猫の忠信

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先日は犬のお話でしたので、今回は猫のお話です。あす2月22日は猫の日だそうです。
江戸時代、平和な世の中になると、人は文化を求めます。その頃は浄瑠璃がお稽古事のトップだったのでしょう。随分落語に取り上げられております。
ある町内に美人の浄瑠璃のお師匠さん、よるとさわるとお師匠さんの噂話、皆がそれぞれ自分がもてていると思い込んでいます。そのなかでおさらい会の良い役をもらえなかった一人が、師匠の家には町内の一人が仲良くしているぞと捨て台詞で去ります。それを聞いた惚れてる男が覗きに行きます。確かにさしつさされつでお酒を飲んでいます。腹が立った覗いた男、酒飲んでいる男のおかみさんに注進、ところが当の主人は家におります。これは狐狸妖怪のしわざということで取り押さえたら、実は猫が化けていて、師匠の三味線の表が母、裏が父の皮だと嘆きます。皆はこれでこんどのおさらい会の「義経千本桜」の配役決まったと言い、狐忠信の代わりに、猫の忠信、師匠は静御前と決めようとします。師匠は辞退しますが、猫が「・・・・」とないて、落ちが決まります。(「・・・」の中は何と言ったでしょう)
私は伝統工芸を教えております。いろんな生徒さんがおられてとっても愉快ですが、中には別のお稽古事をやっている生徒さんもおられます。
その一人の京都の定年過ぎの男性、浄瑠璃ではなく小唄を習っています。ちかじかおさらい会を南禅寺の湯豆腐であるそうです。もと祇園の芸者であったお師匠さんなので、おさらい会のあとは打ち上げの宴会になるそうです。なんと舞妓さんや芸者さんも呼んでるとのこと。いきたや!いきたやー!にゃーん。

明日から東くだり・・・月末までお休みします。

枝雀:鴻池の犬

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戌年にちなんで犬の落語を一席!
枕(前置き)は、枝雀の幼少時代に父親がおしっこをさせてくれる話が、30分後の落ちに生きてくるという構成です。これは最近ではわからなくなってきた言葉をうまーくわからせてくれる心憎い配慮です。それにしてもおしっこをしている傍に真っ赤な花があったことを述べるあたりは詩的でさえあります。また空襲の中を逃げるあたりはそれなりに反戦です。
さてある大店(おおたな)の前に捨てられた子犬三匹、兄貴の黒は鴻池にもらわれ、一匹は死に、残った一匹の白は病犬になってうろついていて、やっと兄と再開し、そこで話す話はとってもしんみりします。身の上話の後兄の黒は主人からご馳走をもらって弟にやります。また主人が呼んでいます。「来い来い・・・・」。(お後がよろしいようで・・・・)

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