伝統工芸

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庭師北山安夫

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先日のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」に日本有数の京都の庭師が出ておられました。最初の場面で高台寺の造園場面が出てきて、思い出しました。
数年前、高台寺の梵鐘(秀吉の弟が寧々のために作った鐘)の調査をしていた時、すぐそばの参道でどなり声が聞こえてきました。覗くと親方らしき人が、庭師それもめずらしくも女性の庭師に植木にやる水のかけ方でどなっていたのです。その時はまあ怖い師匠と思ったものです。でも鐘楼に足場を組んでくれたのでお礼を言いました。
あれから数年、その親方、偉い庭師だったのですね。もう少し話しておけばよかったと今になって思っています。
北山さんは「逃げられない人。アマチュアというのは辞められる。引き受けたといったら最後までやりとおす、それがプロ」と言っておられます。

陶印

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先月のある日、郵便物が届きました。送り主を見ると知らない名前です。住所は笠間市、「ハテナ?」と思いながら荷物を開けると、兎の絵の小さな箱、そして箱の中には陶器で作った兎さん、底を見ると印が彫ってあるではありませんか。同封の何枚かの紙に、素敵な印影が押してあります。私の雅号とうさぎがいます。なんと素敵な・・・。
そして手紙には「以前お約束していた印がやっと出来ましたのでお送りします。」と書いてあります。「だれだっけ」と思いながら、パソコンの住所録見ましたがありません。手帳を調べてもありません。名刺の束の中にもありません。もちろん頭の中は消しゴム状態。
ということで一週間その陶器の印章を目の前において眺めていました。
それでも思い出せないのでギブアップ、とうとうお礼状をお送りすることにしました。
「素晴らしいものを頂いてありがとうございます。恥を忍んでお尋ねします。ところであなた様はどちら様?」
返事が来ました。「一昨年の春、そちらの知り合いの方と個展でお目に掛かって、三人が卯年だと盛り上がって、わたしが篆刻をやっているから印を送ります。とのお約束だったのです。でも陶印なので時間が掛かって今になってしまいました。」とのご返事。
その文を読んで、瞬時にその場面が蘇りました。そして再度失礼したことをお詫びしました。あのときは個展期間中多くのかたとお目に掛かって、テンションが上がって、失念したのでしょうね。若いときはこんなことって無かったと思います。今はメモとブログが忘備録。
さて茨城県笠間市は笠間焼で有名な陶芸の街です。なのでこの陶印は笠間焼です。
印章は普通硬い石に印刀で彫って作りますが陶印は土をこねて後彫って、焼きますのでとっても難しいのですが、兎が野原を駆けていて素敵なモノに仕上がっています。
ありがとうございました。次の作品に押すのが楽しみになりました。

国際交流

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京都の伝統工芸の教室には多くの外国の方が学びにきます。今までに30人近くの方に教えたのではないでしょうか。
先日は、「京都の夏は暑い」といって帰国した生徒が戻ってきました。アメリカ在住のチェコ人です。奥さんがアーティストで、旦那は付き添いです。(ちなみに会話は英語、ということは英会話スクールに行かなくっても、必要があればなんとか話せます。)
11月にアメリカに戻るので後2回で「フィニッシュ」なんていうものだから、
「ジャー午前、午後とやろう・・」といい、教えました。午前の作業が終わると、
「ちょっとお昼、行くところがあるので出ますが、また戻ってきます」と言って出て行ってしまいました。4時ごろ戻ってきたので、
「どこ行っていたの」と聞くと、
「ベルのセレモニー」、
私「???」、
デジタルカメラの録画を見せてもらってやっとわかりました。
太秦の有名な梵鐘を作る「岩澤」(三条京阪の高山彦九朗像製作したところ )で梵鐘の鋳込みがあったのを見学に行ったのです。
その後教室の作業がはかどり、次回には仕上げできることになりました。
さて彼女が鋳込みに興味があったのは、彼女の作品がガラスの塑像だからなのでしょう。
ニューヨークを舞台に活躍しているのですが、先年、チェコのプラハのお城で個展をしたそうです。等身大のガラスの躍動感ある服を作ります。
彼等はほとんどが国際交流の基金から、日本に学びに来ています。わたしも交流基金で2001年にフィンランドに行けたので、ちょっとでも恩返しと思い、無理を聞いてがんばっています。でも英語での会話は疲れます。来る前にもっと日本語覚えてきてほしいものです。
最後に夫婦からお土産をもらいました。チェコのお酒でチェコプラムのブランディだそうです。アルコール度50%、彼は「ショウチュウ」だといってました。酒に弱い私 飲めるかなー!

一寸法師

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子供のない老夫婦が子供を恵んでくださるよう住吉の神に祈ると、老婆に子供ができた(超高齢出産)。しかし、産まれた子供は身長が一寸しかなく、何年たっても大きくなることはなかった(超未熟児)。子供は一寸法師と名づけられた。
ある日、一寸法師は武士になるために京へ行きたいと言い(これって凄い上昇志向)、御椀を船に、箸を櫂にし、針を刀の代わりに持って旅に出た。そして京で鬼にさらわれた姫を助けて、鬼からとった打ちでの小槌で大きくなってめでたしめでたし。
我々、伝統工芸に携わるものは、普段物差しは曲尺(かねじゃく)を使います。物差しはあのチャンイーモーの「HIRO」の始皇帝が定めたのが最初です。尺という字は親指と人差し指を広げた形なのです。私はお弟子さんに最初に「1寸は指二本だよ」と教えます。このように東洋は長さを身体、特に手で測ります。ヨーロッパでは足で測って「フィート」ですよね。
さて指二本の1寸、正確には3.03センチ、1寸法師はこの大きさです。そこで私は1寸招き猫をお椀に乗せて、箸を置きました。これで川の中を、箸で漕いで、大阪から京都まで逆流を漕いで行けると思いますか。といことでこの1寸法師は、単位の1寸ではなく、とにかく小さいよという言葉として使われたのです。(ちょっとばかばかしい実験でした。)
でもこの昔話が縁で子供たちが「1寸ってなーに」と聞いてくれたらうれしいです。

うさぎの面

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お面は、寅さん映画で無くてはならない、縁日の風景に出てくるものです。
お面といえば「ひょっとこ」「おかめ」そして「きつね」が定番ですよね。
「ひょっとこ」と「おかめ」は人間を、「きつね」は異界をあらわしているように思われます。
さて先日津和野に行かれた方のおみやげに、和紙で作った「うさぎのお面」をもらいました。「狐面」に比べると、ちょっと耳が長い以外はほとんど同じみたいですよね。でも珍しくってうれしくなりました。これは隣の因幡の白ウサギに因んでいるのかしら。
津和野は石見の国石州紙の産地でありましたが、今は一カ所のみで漉かれています。隣の町には無形文化財の石州半紙を漉く久保田さんがおられます。
石州紙は楮紙ですが、よそと違って皮を若干残して漉きますので、生成のとっても強靱な和紙ができます。掛軸には向かないが、屏風やふすまの下張り紙としてはもっともいい紙です。
江戸時代、きょうおおざかでは大福帳はほとんどこの紙が使われたとか。火事になったとき、帳簿を井戸にほりこんで、火災から守り、鎮火したあと、乾かせば元通り見ることができました。和紙と墨は1000年持つことが実証されています。重要なデータ、和紙に墨で書いて保存した方がいいのではないでしょうか。でもデータ多すぎて、書くのに1000年かかるかしら?

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