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しつけって? と聞かれたら、ののののブログは(一応?)育児ブログなので、 これを見る人のほとんどは「子供のしつけ」の事を考える事と思います。 しかし、ほとんどの人が承知の通り、「しつけ」とは元々は裁縫用語で 「ちゃんとまっすぐに縫えるように、 『あらかじめ目安になるような縫い取り』をしておくこと」ウィキペディア(Wikipedia) のことです。 のののは先人が子供に対する教育に「しつけ」という言葉を選んだことって、 実は凄いことだと思うんです。 だって、「しつけ」って後から本縫いをすることを想定して施すもので、 育児における「しつけ」も決して最終的な姿を現時点で固定することを前提としていない ってことですよね。 のののはいつも 「この人達が大人になるまでに出来るようになってればいい◎」 って思うようにしています。 「たった今、親が思うように、指示するように、出来ることが凄いことじゃないんだぞ」 って、自分に言い聞かせます。 怖い顔で、怖い声で、怖い言葉で怒ったら、その場その場で言うことを聞くかもしれない。 でも、それは決して「しつけ」じゃない。 まだまだ、その柔らかさも、性質も定まってない相手にいきなり本縫いするようなもの。 リネン地を使ってハンドメイドをしたことのある人ならご存知かと思いますが、 リネンは縫い始める前に水通しということをしなきゃなりません。 一回水に浸して、乾かして、それから作品を作り始めます。 買ってきたばかりのリネンはパリッとしていて、とっても扱いやすいのですが、 綺麗に縫い上げたつもりでも、その作品を洗濯でもしようものなら、 布があらぬ形に伸縮して、とんでもないことになっちゃいます。 酷い時には縫い糸が切れてしまったり、 無理に引っ張られることで糸目の穴が大きくなって布自体が傷んでしまったりするのです。 自分がそんな風に扱われたら、どうなるかな…って想像してみます。 無理やりに縫い止められたその糸を引きちぎりたくなるか…。 自分の人生に自分が作用することを放棄して無気力な生命体と化すか…。 多分、たった今、親の言うとおりに動く事を覚えこませたら、 周囲からの反応は良いと思います。 「お宅の、お子さんは、ちゃんとしていますね。」って、 親は褒められると思います。 だから、そうした方が親は気分が良いし、 実は子供をしつける事よりも、そう仕込むことの方が楽だったりすると思うんです。 でも、そしたら、怖い顔で、怖い声で、怖い言葉で指示する人がいなくなった時、 子供はどうなるんだろう…って考えると、のののはその事の方が怖い。 「犬をしつけるのと子供をしつけるのは似ているようで目的が違う。 犬は自立しないように、子供は自立出来るようにしつけるのだから。」 とは、以前どこかで読んだ言葉。 子供の本来持つ力を信じていれば、 親が出来るのは「しつけ」まで と、堂々と言えるはずだと思うんです。 いつか、自分の手で、自分の人生を本縫いしていく力を持った子に育ってほしい。 だから今日も、本縫い線のちょっと手前を、目立つ色で、大きな縫い目でザクザクと 決して手を抜くことはなく、でも本縫い後には外してしまえるようにザクザクとしつけをするのです。
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転載
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昨日、1月26日の神戸新聞の正平調氏は、「トイレの神様」について、書いていました。 『ラジオから流れる歌を聴くうち運転に集中できなくなった。歌は終わりそうになく、車を止めた。 「トイレの神様」という人を食ったようなタイトル。おばあちゃんと暮らした小3のころから物語は始まる。お手伝いはするけどトイレ掃除は苦手。おばあちゃんがトイレにいる女神様のことを教えてくれた。〈毎日キレイにしたら女神様みたいにべっぴんさんになれるんやで〉と。 歌う植村花菜(かな)さん(27)は川西市出身。祖母の話を聞き、家でも学校でも率先してトイレ掃除をした。「ぜーんぶ私の真実」と植村さん。祖母がくれた言葉〈トイレにはそれはそれはキレイな女神様がいるんやで〉を繰り返しながら半生を歌う。祖母や家族との行き違い、上京、そして祖母との死別。 トイレも高齢者の死も、歌の世界では無視されてきた。本当は身近なことなのに。9分52秒という長さも含め“おきて破り”の歌を、在阪のFM局が初めて7日に放送した。たちまち番組の電子掲示板に100件を超す書き込みがあった。 涙で車の運転ができなくなった。化粧がえらいことになった-。自分の接した死や家族の存在を思い起こし「優しい気持ちになった」との記述も多い。感動を共有する人の輪が広がる。歌が人をつなぐ。 反響に植村さん自身が戸惑う。「これは私の歌だけど、みんなの歌なのかも」。「トイレの神様」を収録したアルバムが発売される3月10日が待ち遠しい。』 その優しさに涙が出てきました。 多分、読んでいる皆さん、朝の忙しい時に最後まで聴けないと思います。 ヒマな時に、じっくり聴いてくださいね♪
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『一宿一通2』で宿主になった事で知り合いになり、今もお付き合いさせて頂いている 友達からのお願いです。 ご近所にお住まいの友人夫妻のお子さんが早急にアメリカでの心臓移植を必要とする状態の 病気になっています。 しかしながら、その費用たるもの個人で簡単に捻出出来るような額ではないために 「ゆうりちゃんを救う会事務局」が立ち上げられ募金活動が開始されました。 こちらをご覧になられてご賛同していただける方、是非ご協力をお願い致します。 尚、こちらの記事に付いては転載歓迎です。 悠里(ゆうり)ちゃん募金について--------------- 富山県富山市在住の池田(いけだ)悠里(ゆうり)ちゃん(6歳)は、先天性の心臓疾患を持ち、現在富山 大学附属病院に入院中です。心筋緻密化障害を持つ拡張型心筋症であり、病状は大変厳しい状態にあり ます。 拡張型心筋症は、心臓の筋肉が拡張し薄くなり、やがては死に至る特定疾患の難病であり、 悠里ちゃんの場合は心臓移植以外に助かる道がありません。 心臓移植を行うためには、悠里ちゃんとドナーの心臓の大きさが同等でなければいけませんが、 日本では15歳未満の臓器提供がまだ法的に禁止されているため、日本で助けていただける可能性は まったくありません。 そこで、米国のコロンビア大学病院へ悠里ちゃん救済のお願いをした結果、受け入れの内諾をいただく ことができました。しかし、米国での心臓移植は一億円を超える費用がかかり、健康保険などの公的な サポートが一切ないため、とても個人でまかなえる金額ではありません。 私たちは、何としても悠里ちゃんの命を助け、悠里ちゃんが普通の生活を取り戻せるようお手伝いを させていただきたいと考え、悠里ちゃんが心臓移植手術を受けるための費用を作るため、「ゆうりちゃ んを救う会」を結成し募金活動を行うことにしました。 悠里ちゃんは「心臓移植を受けて元気になり、友達や従兄弟たちと元気に走り遊びたい、 学校へ行きたい。」という強い気持ちを持っています。 皆様の善意におすがりするしかない状況をご理解いただき、なにとぞ温かいご支援、 ご協力をお願いいたします。 gooニュース 時事通信 社会 ニュース一覧 渡米移植の募金呼び掛け=拡張型心筋症の6歳女児−富山 http://news.goo.ne.jp/article/jiji/nation/jiji-091124X735.html 募金のお振込先 ゆうりちゃんを救う会では、募金をお受けするために銀行口座を開設させていただきました。 信用金庫同士で振り込む場合は手数料を免除して頂いています。 銀行名 支店名 預金種目 口座番号 口座名 みずほ銀行 富山支店 普通 1937415 ユウリチヤンオスクウカイ 富山第一銀行 北の森支店 普通 203715 ユウリチヤンオスクウカイ 北陸銀行 東富山出張所 普通 5058830 ユウリチヤンヲスクウカイ 北国銀行 富山東部支店 普通 026397 ユウリチヤンヲスクウカイ 富山銀行 奥田支店 普通 2114519 ユウリチヤンヲスクウカイ 富山信用金庫 本店営業部 普通 0505160 ユウリチヤンヲスクウカイ なのはな農業協同組合 水橋支店 0006899 ユウリチヤンヲスクウカイ ゆうちょ銀行 記号13210 16171301 ユウリチャンヲスクウカイ ※みずほ銀行と富山第一銀行は、口座名が ユウリチヤンオスクウカイ となっております。 オとヲが違います。 ※ゆうちょ銀行は、口座名が ユウリチャンオスクウカイ となっております。
チャンのヤが小さくなっています。
お間違えのないようよろしくお願い致します。どうか、みんなの協力で悠里ちゃんを救ってあげてください!
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以下の引用部分は、以前のブログに載せたものの再掲です 「伝わる想い」
2006/10/11(水) 午前 2:09 チャトラン(茶トラの仔ニャン)のC吉くんは、野良ニャンのお母さんから生まれました。 交通事故に遭ってしまったらしく、歩けなくなって、 野良ニャンにご飯をあげていた若いご夫婦が、病院に連れてこられました。 骨盤骨折により、尿路閉塞になってしまっていました。 長い期間の治療や手術を経て、 ご夫婦は、麻酔薬による、肉体的な苦痛を伴わない死を選びました。 この処置に於いて、 致死量の麻酔薬を確実に静脈注射しないことには、 肉体的苦痛を皆無にするという目的が達せられません。 そのため、腕の静脈に留置針という管を取り付け、そこから麻酔薬を注射します。 その処置の間、ワンやニャンを暴れないように抑えなければなりません。 その日、 ご夫婦とわたしの3人の、六つの手がC吉くんを抑えました。 C吉くんは、 全く抵抗することなく… 3人の六つの手を一生懸命ペロペロと舐めてくれました。 みな、涙が止まりませんでした。 B先生が麻酔薬を打つと、C吉くんは、すぅっと、本当に眠るように、亡くなってゆきました。 C吉くんが何を感じていたのか、本当の事は分かりません。 でも、わたしには、今までありがとうって言ってくれていた様にしか、思えなくなってしまいました。 ご夫婦は、とても悩んで迷って決断され、C吉くんにたくさん話し掛けていたようでした。 ∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞ 以前、飼い主の方が看取りを拒否された年老いたワンに、同じ事をしたとき、 大暴れして嫌がるワンは、わたしひとりに抑えられ、怒って怒って亡くなってゆきました。 そのときから、必ず立ち会っていただく事を条件とするようにしました。 ペットに、どれだけ気持ちが伝わるのか、本当のところは分かりません。 でも、伝えようとしたか、しなかったかによって、 命の終わりが幸せなものと苦しいものに分かれてしまったのだと、 思います。 「安楽死」 という概念は、回復の見込みが一切なく、確実に短期間のうちに死いたる状態に於いて、 本人が、その状態を理解した上で、苦痛を伴わない死を希望した場合にのみ、 成り立つものです。 動物は、自分の体がどういう状態かを具体的に理解することはできません。 また、どんなに苦しんでいたとしても、 その動物が死を望んでいるかどうかを確かめることはできません。 ですから、 「安楽死」 という概念を、動物に当てはめることはできません。 あくまで、飼い主の方がどうしてあげたいか、によって選択するに過ぎないと思うのです。 そして、飼い主の方が、その想いをワンやニャンに伝えれば、 ワンやニャンは、自分のためを思ってしてくれていると、 分かってくれるのだと思います。 わたしは今まで、たくさんの命を終わらせることもしてきました 動物の気持ちは、その子に接していれば、表情から、からだ全体から、強く伝わってくるように感じます そして、今まで、どんなに苦しい死の淵に居る子であっても、 その子が死を望んでいるように感じられたことは一度もないです 野生動物でもそうです どんな状態でも、最後まで必死で生きようとしているように見えます 動物に対して、「安楽死」というものはあり得ないだろうということを 認識してほしいと思います 麻酔薬による処置は、それがどんなに肉体の苦痛が伴わない処置であるのだとしても、 動物にとっては、不本意に、他人の手によって命を奪われる行為にほかならないと思います 麻酔薬による処置を選択しようとされる方は、そのことをよく踏まえてほしいです もう、動物に対して、「安楽死」という言葉を使うのはやめてほしい…と、思います その言葉を用いることによって、安心しないでほしいんです 【10/23 2:10 加筆】 転載可に修正させていただきました この記事は、麻酔薬投与による致死処置に関して、是非を議論する目的で書いたものではありません さまざまなケースがあり、答えは一つではないと思っています ただ、動物病院にこの処置を依頼される方の多くが ほとんど動物の気持ちを考えていない、理解していない場合が多い 全く考える気がない、理解する気がない方もいらっしゃる というのが現実です そのような現状に触れ、 麻酔薬を注射され、命を絶たれる、ということが 動物にとって、どういうことであるのか 自分がワンコやニャンコだったら、どう感じるだろうか、ということを 一度、深く考えてみてほしいという思いで書きました |

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