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おはよ〜 涙の道 The Trail of Tearsのことを書いていこうと思います どういう風に説明しようかと考えましたが 今回は子供向けの本を訳すことにしました 翻訳は嫌いではないけれど時間がかかります 書けるときに少しづつ進めて行きたいと思います 今まで書いてきたこととダブっている部分もありますし 興味の無い方はスルーしていただいて構いません 涙の道 1.悲しみの出発 1838年10月1日、チェロキー族の酋長 ジョンロスは 彼のテネシーの家を最後にもう一度見上げた 馬がつながれた何百のワゴンがハイアワシー川沿いに並んでいる 周りには旅支度を終えたインディアンがいた 旅立ちの時がきた ジョンロスは心配だった 十分な食料も毛布もない 病人も多い 悲しみに満ちていた 多くの人は取り残されるだろうとジョンは思った ジョンはチェロキー族が立てた 学校 家 農場を思った 誰もここは去りたくはない 17000人のチェロキー族が西に行かなければならない ジョンロスはワゴンに登った 集まった人々と共にお祈りを始めた 神のご加護がありますように アーメン ラッパが鳴り行進がはじまった 突然雷が聞こえ 西の空に黒雲が現れた 多くのチェロキー人はいやいやをするように首を振った 悪い予兆であることを知っていたからだ この旅は長く苦しいものになるに違いない 続く
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アメリカンインディアン
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おはよ〜 今日のお勉強代 こちらをクリックよろしくね [https://overseas.blogmura.com にほんブログ村 海外生活ブログ チェロキーインディアンは賢いインディアンと言われています その理由は文字 1800年代に宣教師たちが聖書の教えとともに英語を教え始めました 文字を持たなかったチェロキー族ですが Sequoyah(セコイア)さんが12年の歳月をかけて 86文字の チェロキー語を完成させました 1821年のことです セコイヤさんだよ〜 この文字は今も実際使われています セコイヤと言えば チョコレート ではなくて セコイヤ国立公園 覚えてますか〜? ジャイアントセコイヤと セコイヤ国立公園は彼の功績を称えて名づけられました この事実を知ったときに ジクソーパズルの一辺がはまった気がしたよ インディアンと言えば 皆さんどんなイメージを持ってますか? 映画で見た半裸で焚き火の周りを奇声を上げながら踊ってる メディアからきたイメージない? 日本人といえば 着物をきて刀を差していると日本のことをよく知らない外国人に思われているのと同じ気がします インディアン嘘つかないも わたし ちゅうごくじんあるよ 感覚かなと思っていたのですが 実際はもう少し深い意味があるようです チェロキー族に限らず 最初は白人と友好関係を築こうとした彼ら とうもろこしの栽培を教えたりして 餓死から白人を救います アメリカの感謝祭 初めのころは白人がインディアンを招いて一緒にお祝いしてたんだよ だけど白人にとって アメリカは神から与えられた新世界 自分たちが生きていくためにはどんどん開拓していく 最初から住んでいたインディアンとの摩擦が大きくなります たとえば狩 インディアンは必要な分しか狩をしない 白人は商売のための乱獲 皮をはぐためだけに 動物を殺す インディアンからしてみたら なんでそんな事すんねんになるよね 言葉には ことだま があると思っているインディアン 口から出た言葉は絶対だった だけど白人は口や文書で約束したことも破る たとえばアメリカが独立して 政権交代が起こったとしよう 今まで保護されていたのに、違う扱いをされる 迫害される 白人嘘つき インディアン嘘つかない そうしてチェロキー族に涙の道がおこったの 続く インディアンと言う言葉は差別用語ではないかという質問がありましたが アメリカ原住民やアメリカンインディアンと言われています ということで インディアンを使わせていただきました 本日のタンジェロとジャスパーの戦いはいかに〜 見てね〜〜〜〜〜 |
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チェロキー族と白人の最初のコンタクトは1540年 スペイン人のHernando De Sotoの一行 白人の到来によって彼らの生活は一変します 彼らを友好に受け入れた 白人の文化も入ってきた 今までなかった病原体も入ってきました 1715年から1738年にはスモールポックスによって半数の人々が亡くなりました スティックボールというラクロスに似たゲームがあります 冬の間男性ばかりで行われるゲームの目的は狩の練習 ゴールに棒を使って皮のボールを投げ入れる 結構荒い試合です 白人からみれば 女は家で仕事をして男は外で遊んでる けしからんってことになるわけで誤解が生じてくる 文字ももたない野蛮人という偏見もあった チェロキーインディアンは他の部族と交易はしていたものの 鉄の製造はできてなかった そこへ入ってきた銃器 まさに生殺権を握られてしまった 日本だってもし鉄砲伝来がなく黒船を迎えたら 刀鍛冶などの技術がなかったら 日本の歴史も大きく変わっていたかもしれないね 写真はブーツ美術館より 続く
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チェロキーの男性の仕事 石尻製造 (つるべさ〜んと心の中で叫んだネコママ) 弓矢の製造 七面鳥の羽 チェロキーインディアンの戦いは慎重に検討されますが 一旦参戦が決まると皆が従います 男性ばかりではなく女性も参加し 彼女らはWar Womenと呼ばれました 戦争だけでなく チェロキーの人が殺された時 敵討ちに出かけます 犯人を殺さないと 殺された人の魂は暗い闇をさまよったままと考えられています こちらは狩りに使う罠 川の中に水門を作って魚も取ります りすやウサギなどの小動物には吹き矢 ガイドのお兄さんが実演 見事に的に当てて みんなから拍手を浴びていました 1800年ごろの家 家の中には暖炉があって暖房と厨房を兼ねてます ヨーロッパ人との交易で入手した毛布がベッドにかけてありました 続く [https://overseas.blogmura.com にほんブログ村 海外生活ブログ
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チェロキーの伝説を学ぶのは彼らの先祖の歴史を知るひとつの方法だが、 昔に作られた道具や物を検証してみるのも一つの方法である まるでジクソーパズルのように科学者たちは抜けている部分を埋めていく はるか昔 チェロキーの人々は川の土手に何マイルも続くような 大規模な村を作っていた 各村の中央には枝や泥で作られた集会場があり、ここに人々は集まり 政治的または宗教的な集会が行われた 集会場の周りに立てられた家には 通常 祖父母 父母と子供たちが一緒に住んでいた 夏の家 冬の家 そうして物置小屋があった どのチェロキーの村でも 人々はクラン(集団)に属していた クランは同じ祖先から出た親戚だと考えていた クランの一員としてルールを守ることは大変大事なことだった 例えば 同じクランのメンバー同士では結婚できなかった 血が濃くなるのを恐れたのだ。 子供たちは母方のクランに所属した 父は子供のことはもちろん愛しているが 血のつながりは薄いとみなされた 子供たちは年配者をみて育った 行いの悪い子はお尻をぶたれたりはしなかったが 時には動物の爪で軽く引っかかれるおしおきをされた 時には母がお仕置きがわりに子供をからかった 大人の管理の下 子供たちは仕事を習っていった チェロキー社会では男性と女性の役割は違う しかしながら どちらの仕事も大事だと考えられていた 翻訳 ネコママ 女性の仕事は ビーズ細工 甕などの陶芸 籠を編んだり マフラーを織ったり 出来上がった製品 ガイドのお兄さんも腰に巻いてるでしょ お土産やさんにスカーフもビーズ細工も売っていました 結構いいお値段です (スカーフ一枚5000円くらい) 使っている毛糸はアクリル 動物の毛を使ったものはもっと高い ビーズ細工も手が込んでいるんだけど これなら自分で作れるかな〜 なんて不謹慎な事を考えてました 男性の仕事は狩りと武器やわな そしてカヌーの製造 カヌーはのみやかなづちで気長にくりぬいて作るのかと思ったら違いました 丸太を切って 中を燃やします こうやって木をくりぬくの たしかにこれなら早いよね おじさんガイドが多い中 ネコママたちのガイドのお兄さん と思った方はこちらをクリック [https://overseas.blogmura.com にほんブログ村 海外生活ブログ
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