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携帯では、文字数制限があって、2つに分けて投稿です。 2日の朝、寒い。雪が5センチほど積もっている。道は津波で海底から打ち上げられた海水混じりの泥で、非常に走りにくい。さて、残るは3つの遺体安直所。気が重い。しかし、回って見るしかあるまい。始めの遺体安直所と同じように、おびただしい、遺体があった。やはり、どこにも、彼女の名前はなく、また発見された時に警察が撮影した写真を見た。今の時期の水温は、年間で一番低い。6℃位、そのため、遺体の肌が、赤くなり、色々なモノにぶつかっている為に、顔も傷だらけに…。しかし、全部、みたが彼女は見つけられなかった。 改めて、津波の恐ろしいことを痛感した。 自分で心にいいきかせて、どこかの避難所にいて、生きている。と信じて時間を待つしかない。 最後に、山田町役場本部に、行って最新の避難所名簿の確認してきた。 そこで、尋ねたら役場本部の、住民基本台帳システムが津波でやられて、また新たに、避難所名簿の作り直しをするということ。 それに、彼女は熊本市に住民になっている。 だから、避難所名簿に漏れがあることは、考えられる。 そう思えば、希望も持てる。 生きていることを信じて、待つしかない。 人の生死は、ホントの少しの判断。あるいは、運で決まると思った。 熊本市の彼女のご主人さんに、ようやく連絡した。明日の朝に現場にくるようだ。これまで、空港が使えずに遅れたのは仕方ない。 まだまだ、余震がある。 さて、自分の家の周りのかたずけ作業もある。昨日から電気もきた。水道も来週には来そうだ。 電話回線は 、しばらく無理。まあ、これから、どうして生きて行こうかなぁ? まだ、そこまで考えられる余裕は、僕自身にまだ、ない。 ※携帯投稿では、転載可の設定ができません。なるべく、拡散希望するので、画像を含めて、コピペでも、何でもお願いします。 転載元 山と土と樹を好きな漁師 |
3.11東日本大震災関係
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一昨年から昨日まで、三陸沿岸部の動脈の国道45号が仮に開通。 前回の記事でも記したが、山田町にいた同級生のブログ友の『西美保子さん』の安否確認のため、田野畑村から南下して山田町に行って来る。油を満タンにして、パンクに備えてタイヤ4本積んで、シュラフと毛布2マイを持って…。 往く途中の町は、道の両側は高いガレキの山で、町には家が全くない。戦渦の後のような光景。普通の2倍以上の時間かけて、ようやく、彼女がいたであろう山田町の境田地区の家に到着。想像していたより、凄い。全くの全滅。現場を呆然と眺めていたら、一人で牡蠣養殖の玉を集めている漁師の人がいた。尋ねたらこの地区の人が避難所となっている所まで案内してくれた。名簿を見たが、彼女の名前はない。その時、ちょうど、境田地区長さんと出会うことが出来た。『彼女たちは、家から逃げて、近くの木造旅館に逃げたようだがその旅館も流されて、その人たちは、行方不明だ。恐らく、流されたと思う。まあ、他3避難所にいるかも知れないが、遺体安直所かも…。』愕然とした。まず、先に、生きていることを優先して、避難所を全て回ったが、名前がない。行きたくなかったが、4つの遺体安直所に…。もう暗くなっている。意を決めて、行って見た。沢山の遺体が毛布にくるまり、体育館に横たわっている。遺体の身元の分かる人は、名簿に掲載されているが、分からない遺体は、写真を見て確かめるしかない。せのアルバムのページをめくって行くのが、怖くて、複数な 心境だった。涙が出て来て、もう頭が真っ白。どうしも探してあげたかった。でも、自分の心が限界だった。1日目は、そうして、車に横たわって、ほとんど、眠れなかった。 転載元 山と土と樹を好きな漁師 |
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最近、民放やNHK、大学教授などが家にやってきます。このブログを見て来たと言っています。僕が訴えるのは、『地球が人類に対して、警告さたメッセージなのかも?』って言うこと。人類の便利さえの欲求は無限。グローバル経済の中で、地球を散々痛め付けて来た。海の温暖化は、毎日海に出ていて、ほとんどの漁師は10年以上前から感じていましたから。農家も人も同じでしょう。自然界の中で仕事をしていると、肌で感じて来るものなです。 フジテレビ、テレビ朝日、テレビ東京、TBSのインタビューはすでに放送されました。僕は停電なので見なかった。昨夜はNHKが来ました。今度の火曜日午前10時30分から1時間の放送『被災地からの声』で放送されるはずです。 僕には、同級生でブログ友だった、安否確認出来ない人がいます。岩手、山田町境田地区にいたであろう女性。同地区は全滅です。名前は、『西美保子』という人。ガソリン満タンにしたので、今日は道もとうれるようになったので、スペアタイヤを4本積んで行って見ます。携帯では、転載可の設定ができません。 Twitter、facebookなど拡散お願いします。彼女の無事を祈って行ってきます。 転載元 山と土と樹を好きな漁師 |
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ガソリンがようやく手に入りました。 水道、電気、電話回線も全くダメです。 山の高台にこないと、携帯からでないと限られた文字数、画像の中でしか伝えられまません。 病院を退院して帰るのに、8時間かかりました。油がなくなるのでヒヤヒヤもの。 帰郷後も油を買えない。昨日ようやく入れました。この高台まで来て、アップしています。 凄い惨状。 人口4.500人の村で、死者、17名、行方不明者、47名。 これまで、最大の津波とされて来た、明治29年の津波18mは、遥かに超えています。28mはあった。 沿岸部は、家が5%しか残っていません。全く船、車を含む瓦礫の山。まるで原爆投下後の光景。 海抜18mの高架橋の上に駅があったのですが、その高架橋も倒壊流出。 僕の兄弟家族は無事。奇跡。親戚のおじいさんが不明。 僕の家も奇跡。床下浸水。周りは、家がありません。昨年、建てた倉庫も無事。トラック、冷凍庫3台、機械器具、電動工具類はパー。 港に行ってみると。みさご丸、小舟の2隻とも、影も形も無し。 昨日、被害調査があり、算定された金額は、舟が大きですが、およそ6千万。それでもまだいいほう。家も舟も倉庫も車、漁… 転載元 山と土と樹を好きな漁師 |
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今から、被災地の田野畑村に帰ります。 |





