3.11東日本大震災関係

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昨日の朝は寒く、雪が降り、今朝もー3℃と寒い。例年よりも寒い。避難所は辛いだろう。まあ、天気図を見ると、明日からは、寒さも緩みそうだ。
昨日は、手術した足が痛かったので『もしかしたら、また折れたかな』と不安があったが、むしろ骨はかなり育って、殆どくっついていた。医師は手術した傷が完全でないうちに、ムリな負荷を掛けたためと…。骨に異常は無く、安心した。一方、PTSD『不眠症は変化はなし、ただ津波後はフラッシュバックが再発し、海を見るのが嫌な感じがする』と、訴えた、精神安定剤が0.5mg増えた処方。様子を見ることに。これからは、家と倉庫の真水での泥抜きも済んだ、ゆっくり作業をしようと思う。

往復3時間。いつもそうだが、車の中は個室となる。そこでは、深く思惟、考察出来る。俺にとってはいつも貴重な時空だ。これからの生き方をどう構築して行くか、思索していたが、今の状態では、国も原発事故で、船の保険金や港の復旧など、具体的な事が全く示さない中。結論が出る訳がない。まあ、言えるのは今後は、自分との闘い。残された人生の中で、まずは、己の夢や目標を決め、それに向かい、そのプロセスこそが大事だろうと想った。

せっかく、生かされた命。時と瞬間を大事にしなければ、津波で亡くなった故人に申し訳が立たない。

それにしても、原発事故。国もメディアも東電も、被災地の人間からすると、非常に怒りを感じる。毎日、メディアも原発事故がトップニュースだ。(このことについては、後日想いを記したい)

せっかく、生かされた命。時、瞬間を大事にしなければ、津波で亡くなった故人に申し訳が立たない。


転載元 山と土と樹を好きな漁師

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昨日も倉庫の片付けを早めに切り上げて、ホテル羅賀荘は津波で4階まで津波で浸水。当分の間は休業。隣の村の黒崎荘の風呂に行った後に、避難所に行って見た。80歳は超えた一人の高齢の男性が具合悪そうな顔をしていた。周囲の人達から聴くと、鼻血を出していたらしい。
津波前は一人暮しの独居。息子は東京に出て、連絡もついていないらしい。そんなうちに大きなイビキを出している。起きない。お袋がそんな感じで、脳梗塞になった。それを直感した。
保健婦さんも役場職員も、他の患者や他の仕事等でなかなかこない。仕方ないので、救急車を呼んだ。直ぐ来てくれて、1時間走ってようやく病院についた。イビキをかいたまま、病院の救急外来も混んでいる。一刻を争う脳梗塞。イライラした。よその避難所からも患者が殺到しているのだ。津波後3週間。高齢者が多く、薬も不足している。この人も薬も保険証も家ごと流され高血圧症の薬を飲んでいなかったのだ。
病院スタッフも被災者、家族の安否もわからず、疲れているようだった。入院させるので、『お預かりいたします』ということで帰って帰宅したら、今朝の3時だった。
まさに、医療過疎になっていると感じた。

今日は寝不足気味だが自分も、足とPTSDを片道3時間かけて行くことにする。

転載元 山と土と樹を好きな漁師

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今朝はー3℃。どこの避難所も寒いことだろう。
昨夜、僕は睡眠中PTSDの軽いフラッシュバックがあった。
フラッシュバックと言うヤツは、時間の経過と伴い少しづつ変化して行くものだ。09年11月の命を拾った漁の事故の時からそうだ。
今朝3時頃、テレビ画像の津波の映像だった。それから、まぶたを閉じると同じ映像がでて来て、精神安定剤と眠剤を服用したが、頭が冴えて、朝まで眠れなかった。事故から津波に変わったのか、とにかくフラッシュバックの変化があったことは間違いない。
昨日も倉庫の泥抜きの作業をしていても、頭から離れない不安感は溜まっているためなのか…?かといって、家の中に閉じこもって、いるのはもっと良くない。身体を動かしている方が、気が紛れて、まだ気分的には楽だから…。
ついつい、『いつもなら、春になり花が咲いて、ルンルン気分で船のドック作業をしている頃なのになぁ』って思ってしまう。
建物、津波防波堤が津波でなくなり、家から海が瓦礫の隙間から見えるようになった。
さて、俺はこの海と対峙して生きて行けるのだろうか…?

転載元 山と土と樹を好きな漁師

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一昨日、ようやく水道が仮復旧した。
また、叱られそうだったが、2m位床上浸水した家の隣り合わせの水産倉庫。泥の洗い流し掃除をした。
一昨年、借金して新築したばかり、残ったのは借金だけ。シャッター、中の引き戸のサッシが4枚破損した外、中に入れていた軽トラが全く動かない。重い、溶接機や電動工具は塩害ですべてパーだ。自分のジェット放水機は流されてない。親戚の農家のそれを借りて、中の物を全て出して、倉庫の中を真水で泥やゴミを洗い流した。外に出した物を、真水で洗い、一部は入れたが、『漁師は継続出来ないだろうと思いながら』の作業は辛すぎた。頭の切り替えがまだ簡単には出来ない。
漁具類は半分以上はすてた。

港近くに、あった第1、第2倉庫は、跡形もない。新品の網やロープ、船に取り付ける機械器具などすべてない。長い年月で築いてきた物だった。悔しいが、まぁ、この、2つの倉庫は逆に無いのだから諦めもつく。
『生涯現役漁師の夢』こんな、ささやかな夢でさえ、津波は奪った。

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転載元 山と土と樹を好きな漁師

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今日から4月。3.11から3週間経過した。
僕が一昨年、漁の最中の事故で、命はなんとか助かり、足の骨折。『PTSD』-心的外傷ストレス後ショック障害の症状が出始めたのが、3週間後だった。毎晩、フラッシュバックがあり、まぶたを閉じると、事故の光景が、まるで映画の映像のようにビジュアルに見えて眠れない。不眠症になった。そこで耐えられなくなり、精神科と整形のある病院に転院。たまたま予備知識があったからだ。どちらも並行して治療を受け、専門の心理士や医師から診察で投薬などで、だいぶ楽になった。今も通院している。
さて、今回の大津波。目の前で、肉親が瓦礫の泥波に流れたねを見た人々が沢山いる。僕の自分の漁の事故からのPTSDとは、比にならないと思う。昨日の夜、避難所に行ってみた。やはり、津波のことが頭から離れず、日ごとに不眠を訴える人たちがいた。本人はプライバシーのない、集団生活が原因と勘違いしている気がした。僕は医師ではない、ただ急性のPTSDの経験者。この人たちを慢性のPTSDにしてはいけない。これからは、物資の支援と合わせて心のケアが必要だと痛感した。※転載、コピペして拡散お願いします。


転載元 山と土と樹を好きな漁師


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