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広島発!GAPLANT日記♪
もうすぐヤフーブログ終了〜

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つづきです。


何か上手く投稿出来なくて分割になりました。ヤフー、最後までしっかり仕事しろ!


終焉の地に説明版がありました。

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おかしいと思ったのはこの下線を引いた部分。自宅に帰ってから

グーグルアースで計測してみると西郷洞窟から終焉の地までは計測

してみると約600Mあるんですよね〜。

この終焉の地がある場所は岩崎谷の底辺です。だからここに終焉の

地を作ったんじゃないかと思いました。

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この説明版の300Mも怪しくなってきます。洞窟から300Mだと

ちょうど2つの地点の真ん中付近になりますがどうも違う気がしま

す。やはりなるべく近い所へ終焉の地を作るんじゃあないでしょう

か?真ん中だと遠すぎます。300Mを超える場所ではないかと思

うので歩数の方で考えてみました。1歩70cmと仮定して650歩

を掛けると455M、グーグルアースで計測してみました。その場

所はここになります・・・⇩

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城山トンネル前の交差点付近です。個人的にここが本当の西郷隆盛

終焉の地だと思います。

別府晋介に介錯された隆盛の首ですが政府軍に奪われて晒し首にな

るのを恐れた幹部たちが隆盛の従僕に隠せと命じています。実際、

佐賀の乱の首謀者である江藤新平は斬首の後、その首は晒し首に

なっています。胴体の方はすぐに発見されました。隆盛は象皮病

かかっていて陰嚢が人の頭ほどあったようですぐに分かったそうで

す。政府軍の千田登文(せんだのりふみは隆盛の首の捜索を命じ

られ負傷して捕虜になった薩軍兵士から従僕が折田という家に包み

を持って入って行ったという情報を得、折田家を探索したところ、

部下が門の脇の小溝に包みがあるのを発見し千田が改めたところそ

れは大きな首だったので隆盛と見識がある山縣有朋等に検分しても

らったところ間違いなく隆盛の首と証明され南洲墓地に胴体と一緒

に手厚く埋葬されたそうです。

ではその南洲墓地に行ってみましょう。歩きです。

                           つづく

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