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4月13日の産経新聞【断】に、評論家の呉智英氏の「『大阪の食い倒れ』ってホント?」というコラム記事が載っていた。以下は、呉氏と私(うしどし)の架空の会話である。長いブログはあまり読んでもらえないのだけれど、まあいいや。
呉: 大阪道頓堀の食堂「くいだおれ」が今夏で閉店すると発表し、名物の「くいだおれ人形」の写真が各紙に大きく出た。昭和二十四年の開業以来広く親しまれてきただけに寂しく思う人も多いだろう。
うしどし: 時代の波を乗り切れなかった古い食堂が消えるのは、確かに寂しい。
呉: 今回の報道でほとんどのマスコミが「京の着倒れ、大阪(大坂)の食い倒れ」という諺(ことわざ)を援用している。その歴史的・伝統的風土の上にこの食堂があったのだ、と。
うしどし: マスコミがそんなことを言っていたとは知らなかった。
呉: 本当だろうか。逆かもしれないとなぜ疑わないのだろう。終戦後開業したこの食堂が「食い倒れ」を名乗り、看板人形をいつも目にしたために「大阪の食い倒れ」が定着したのかもしれないではないか。ホームレスが公園などに「テント村」を作っている光景が十数年続いただけで、終戦期の焼け跡に戦災被災者のテント村ができた(バラック村だよ)と平気で書く小説家まで出てくるほどだ。
うしどし: そうだ。すべては疑いうる。マスメディアの報道をまず疑え。呉さんは正しいと思う。
呉: 「〇〇の着倒れ、〇〇の食い倒れ」は実はいろんな地名について言われる。一番有名なのは「京の着倒れ、江戸の食い倒れ」だ。大坂の町奉行を勤めた久須美祐雋(ゆうせん)は『浪花の風』で「諺に『京の着倒れ、江戸の食い倒れ』というように、大坂も京都に近いから着倒れの風習である」と書いている。昭和十一年刊行の森田たま『もめん随筆』にだって、大阪の女は「ふだんはつましい食事で辛抱」とか「大阪の婦人の着物に対する知恵の深さ」とか、書かれている。大阪の食い倒れなんて、戦後のことだ。伝統的だの歴史的だのと称するものにはこの種の誤解や、デマさえけっこう多い。要注意だ。
うしどし: 今回は呉氏の記事にケチをつける余地はない。と言いたいところだが、ここですっこんでいては「あまのじゃく」の名が廃る。私の目から見た呉氏の評論は文章に無駄がなく、論旨も明瞭である。お金を出してわざわざ著作を買い求めたい文筆家のひとりだ。しかし前々から、呉氏は些細な言葉の誤用に過敏すぎるのではないかという違和感も少々覚えていた。私も言葉の誤用は気になるが、必要以上にはこだわらないようにしている。先だって、4月9日の産経新聞に【私の正名論----「負け組」は冷静な勝者】という呉氏の文章を読んだとき、呉氏が言葉の正確さに固執する理由が分かったように思えた。
呉: 「必ずや名を正さんか」。「名」は言葉。ぜひとも言葉を正そうというのである。乱れた国の改革を任されたらどうされますかという弟子の質問に対する答えだ。言葉を正すなんて迂遠(うえん)なことがなぜ必要なのか。言葉が正しくなければ言論は順当でなく、言論が順当でなければ政事もうまくゆかず、政事がうまくゆかなければ文化も繁栄せず、文化が繁栄しなければ法令も適切にならず、法令が適切でなければ民衆も安心して毎日を送れない。だからこそ名(言葉)をまず正さなければならない、というのだ。これを「正名論」という。言葉は人間が世界を理解する思考方式である、という近代的言語観とも合致している。
うしどし: 政事(治)の本質は言語過程にあることや、言葉は世界を理解する思考方式であるというのは分かるけれど、言葉が正しく使われたからといって言論が正しいとは限らないし、文化が繁栄しているからといって法令が適切であるとは限らない。「正名論」は仮説にしか過ぎない。国民一人ひとりが正しい道徳心を持てば世の中がよくなるという類の話と似たようなものだ。
呉: さて、言葉が正しくないと、どんな重大な混乱が起きるのか。「勝ち組・負け組」という言葉がここ数年流行している。良くない言葉だ。私は世にはびこる偽善者のように、人間を勝ち負けで判断するのはけしからんと言いたいのではない。人生、勝ち負けはあるに決まっている。ただ、それと人間の値打ち、人生の意義は別なのだ。こんな簡単なことも分からない輩(やから)が良識の名のもとに平板で画一的な正義を押しつけてくる風潮には警戒しなければならない。
うしどし: 私も「勝ち組・負け組」という言葉は嫌いだ。ただし呉氏とは違い、私は人間を勝ち負けで判断するのはよくないと思っているし、人生における勝敗なんて所詮は相対的なものに過ぎないと考えている。人間を勝ち負けで判断してはならないと主張することが偽善であるというのなら、人生に勝ち敗けはあるに決まっているが、それと人間の値打ち、人生の意義は別なのだと述べることも偽善だと思う。
呉: それならなぜ私は近ごろ流行の「勝ち組・負け組」をよくないと言うのか。それは、これが歴史を無視した誤用であり、こんな誤用が広がると歴史も政治もひいては人間も分からなくなるからだ。本来、勝ち組とは負けた人たちのことであり、負け組とは勝った人たちのことである。負けたが故に、妄想の中で勝ったと信じ込んでいる人たちが勝ち組。別名を妄想派という。勝ったが故の余裕で、冷静に負けを認めている人たちが負け組。別名を冷静派という。
うしどし: 「勝ち組・負け組」の語源に遡れということだな。
呉: 昨今流行の用法とは正反対である。いや、常識とも正反対だ。しかし、ここにこそ、政治を理解し、人間を理解する鍵がある。
うしどし: ここは黙っておこう。
呉: 一九四五〜四六年の第二次世界大戦終結期、ブラジルの日系移民たちは二派に分かれ、負傷者も出す奇妙な争いを繰り広げた。祖国日本が戦争に「勝った」と妄想する人たちと、日本は連合軍に「負けた」と冷静に判断する人たちだ。「勝ち組」は概して入植に失敗した人たち。正確な情報を入手する経済力もなく、心のよりどころを求める願望が肥大化した。「負け組」は概して成功した人たち。経済的にも精神的にも余裕があり、冷静に考えることができた。勝ち組は多数派であり、負け組を祖国の裏切りものとして襲撃した。
うしどし: ……。
呉: この奇妙な事件を、従来は行き過ぎた愛国主義と解釈した。しかし、前山隆『移民の日本回帰運動』以来、千年王国運動の視点が重視されるようになった。千年王国とは幻想の理想国家とでも解されようか。過酷な現実に傷ついた人々が自由平等繁栄の国を夢見て、冷静な人々を裏切りものと呼んで襲撃する。近代的理性から見ればまことに不思議なこの民衆運動は古くからあったと、社会史学者たちは指摘する。しかし、学校教育でもマスコミでも語られることはない。その理念にとって都合が悪いからである。だが、そんな事実をも見つめてこそ、政治や人間の真実が見えてくるはずだ。「勝ち組・負け組」の誤用も事実の目隠しに手を貸している。
うしどし: 確かに第二次世界大戦終戦時の日系ブラジル人の「勝ち組・負け組」の諍いは奇妙だった。呉氏の指摘するように「勝ち組」は実は入植者の「負け組」で、「負け組」こそ入植の「勝ち組」であったという指摘も概ね妥当だと思う。理想国家を夢見る社会の貧困層の民衆運動が正しいとは限らないし、時としておぞましい結果をもたらし、挙句の果てに恐怖政治を生み出すこともある。呉氏は民衆の自由や平等を求める運動に懐疑的なのは周知のことだが、それを論ずるのにわざわざ千年王国論など持ち出す必要はない。「私は無知な民衆の運動が嫌いだ」と言えば済むことだ。今さかんに使われている「勝ち組・負け組」という言葉は、バブル経済崩壊後に顕著になった競争社会での成功者・失敗者という意味で使われたと記憶している。日系ブラジル人の「勝ち組・負け組」とはまったく起源の異なる言葉だと解釈してもいいのではないか。
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…勝ち組、負け組、なんて言葉、もう流行ってないと思うんですが……ねぇ?なぜ、今?
2008/4/17(木) 午後 7:20
そういえば今の勝ち組・負け組って、誰が言い始めたんでしたっけ。
単に経済格差の広がりから、自然発生的に使われだしたのか…?
ブラジルの勝ち組・負け組のような対立は、日本でもその恐れがあったと聞きます。
それによって「勝ち組」が暴走するのを恐れたので、国内の終戦工作を慎重に進めて、天皇の御聖断という錦の御旗(文字通り)で勝ち組を納得させたと。
実際に宇垣纏海軍中将のように、終戦の勅令が出ているのも関わらず個人的に特攻隊員を率いて出撃した例も。
勅令が出た後で個人的に兵を率いて戦闘をしているわけですから、明確な統帥権の干犯であり、帝国海軍を私する許されざる行為。
軍法会議なら死刑ものですが、本人が死んじゃっている上に軍自体がなくなっちゃったので有耶無耶ですけど。
2008/4/18(金) 午前 0:27 [ fou*_u*d*r_stro*e ]
けいよいさんへ…呉さんは、言葉が誤用されているのが許せないのだと思います。生活に根付かないただおもしろいだけの言葉は、一時期もてはやされることはあっても、いつの間にか廃れてしまうものだと思います。
2008/4/18(金) 午前 8:20
four_under_strokeさんへ…小泉構造改革以後に顕著になってきた経済格差を現す言葉として一部のマスメディアで使われたのじゃないでしょうか? 私は、日系ブラジルの「勝ち組・負け組」が引用されたというよりも、むしろ北朝鮮の「喜び組」になぞらえてこの言葉が使われたのじゃないかと勝手に思っています。
旧日本軍の兵士たちはよく戦ったと思いますが、幹部連中は、ほとんどがろくでもなかったと思います。先の戦争、とくに対アメリカ戦に思いを馳せますと、兵士の命をあまりにも粗末に扱った彼らには、心から憤りを感じます。
2008/4/18(金) 午前 8:38
「勝ち組、負け組」は、90年代半ば、アメリカのメディアが使い出したのを小泉政権前後あたりから日本のメディアも使うようになったのだと、記憶しています。
2008/4/18(金) 午後 5:39
なるほど。
今の言葉とその定義は小泉改革のあとから、アメリカから輸入された言葉をマスメディアが使い始めた、ということなんですね。
元々は「Winner」と「Loser」でしょうか。
ありがとうございました。
日本軍の幹部は、陸軍の牟田口とかひどかったですね。
参謀が全体に無理だって言ったのに、あんな作戦強行して、案の定作戦失敗犠牲者多数死屍累々。
2008/4/19(土) 午前 5:29 [ fou*_u*d*r_stro*e ]
うしどしさん、はじめまして。
架空の会話って。。
妄想にしか見えませんが。
ただ、呉氏に対する反論は、とても常識的なものだと思いました。
過去の記事も拝読させていただきましたが、うしどしさんはとても良識・常識を備えた方なのだとわかります。
決してあまのじゃくなんかじゃないですよ。
何とか運動に反発したくなるのは、価値観押し付けに我慢ならないからだと思います。
私もそうですから。
じゃあ、多数派嫌いな人が常識外れかというと、決してそんなことはないです。
2008/4/19(土) 午後 2:44 [ tam*3*el*xe ]
marieさんへ…そうなんですか。ありがとうございます。言葉のは起源は、いつの間か忘れられて、曖昧になっていくのかもしれないですね。
2008/4/20(日) 午前 10:33
four_under_strokeさんへ…牟田口氏や辻氏は戦後も生き長らえてのですよね。別にそれでもいいのでしょうが、ちょっと複雑な思いがします。
2008/4/20(日) 午前 10:40
tamo3deluxe さんへ…コメントありがとうございます。「架空の会話」は、文字通り知識人と一庶民(私)の架空の会話です。妄想と言われればそうだと思います(^_^)。
2008/4/20(日) 午前 10:53
人形と写真を撮りたい人が多く、くいだおれのお店の前はいつも大勢の人がいるようです。
しかし、写真撮影のみでお店の中に入るひとは少ないとのこと。
くいだおれが食堂だと知ったのはニュースみてだという人も多かったようにもききます。
結局、大阪・南の集客力には力を発揮しましたが、くいだおれ自身の集客力にはつなげることはできなかったということでしょう。
たこ焼きの焼き方教室など観光客には魅力的なソフトもあったのですが、結局商売がへただったということでしょう。人形やソフトを上手く使えばまだまだ可能性のあるお店なのにと思いました。
2008/4/20(日) 午後 3:10
傑作にポッチです。
2008/4/20(日) 午後 3:11
higasitoyokazuさんへ…くいだおれには2度ほど行きましたが、普通の食堂でした。何度も足を運びたいほどの魅力はなかったですね。まあ、船場吉兆のような無様な結果にならなかっただけよかったと思います。おそらく、どこかの企業がのれんを引き継ぐのじゃないですか?
2008/4/20(日) 午後 8:06
ワッキー@日記でごじゃる さんへ…トラックバックありがとうございました。参考にさせていただきます。
2008/5/2(金) 午前 7:00
レスありがとうございます。ワッキーです。
ブラジル移民の「勝ち組」「負け組」がメディアに取り上げられたのは、もう30年以上ぶりのような気がします。
過ぎ去った過去。と流してしまわず、
将来へのヒントになるよう
いろいろな人達に知っておいて欲しいと思う事件ですね。
2008/5/3(土) 午後 2:07 [ ワッキー ]
ワッキーさんへ…コメントありがとうございます。言葉の源を知ることは大切なことかもしれませんが、それにあまりこだわる必要もないような気がします。
2008/5/15(木) 午前 1:18
大阪食い倒れが出てくる文献と江戸食い倒れが出てくる文献を比べると、今のところ大阪の方が古い文献しか出てきません。久須美祐雋は江戸の出だったんで、何言ってやんがでえ、江戸が一番よぉという気持ちだったのでしょう。
過去の異人と言えど、惑わされてはいけません。
2014/8/30(土) 午前 3:27 [ JJJ ]