どうせあまのじゃくですよ〜。

花のいろは うつりにけりな いたづらに 我が身よにふる ながめせしまに … 小野小町

高校教師の回想

[ リスト | 詳細 ]

現役時代の思い出を少し綴ってみました。
記事検索
検索

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]

イメージ 1

校務分掌の関係で、不本意ながら生徒相談室のにわかカウンセラーになったことがある。生徒相談室は、保健室と同様、教室に入りづらくなった生徒の駆け込み寺的な場所である。当時、保健室は、授業が嫌いで教師に疎まれる悪ガキのたまり場になる傾向が強く、相談室はクラスメートからいじめや嫌がらせを受けやすい生徒たちの避難場所になっていた。

生徒相談室のスタッフは、主坦と係の6名であった。5名の係は、月曜から金曜までそれぞれ分担して昼休みと放課後に相談室に詰めることになっていた。私は、1年の担任だったし、クラブの指導もあるので、放課後の当番は免除してもらい、木曜日の昼休みに詰めることになった。

4月当初、相談室には2年生の女子が3名ほど毎日といっていいほどやって来た。いずれも1年生のときに、友人との口論が発端でクラスで孤立し、さまざまな事件を起こしたり、嫌がらせを受けたりして、教室に居づらくなったようである。

相談室で最初に顔を合わせたとき、彼女たちと簡単な挨拶を交わしたが、とくに会話はしなかった。私の当番は昼休みなので、弁当を持って相談室に詰めた。学校開闢以来、最悪だと言われた私のクラスのことが少し(そう、少しだけ)気がかりであったが、とりあえず、木曜の昼休みは相談室勤務に専念することにした。

相談室の係は私以外すべて女性で、しかも学年が違うこともあって、彼女たちから話しかけてくることはなかった。自称カウンセリングの専門家のM教諭から「高飛車に出ないで、話をしっかり聞いてあげることが大切です」と言われていたが、話を聞くも何も、彼女らは端から私を無視している。

私は、当分彼女たちに話しかけないことにした。決まった時間に相談室に行き、ただ彼女たちの前で弁当を食べるだけである。彼女たちの会話に興味がないような振りをして、ひたすら食事をした。食事が終わると、黙ったまま本を読んだり、事務的な仕事をした。

彼女たちは、初めは自分たちだけで食事をしたり、話をしたり、勉強したり、メールをしたり、漫画を読んだり、絵を描いたり、折り紙を折ったりしていたが、そのうち私のことが気になりだしたようである。6月になる頃、Aが口火を切った。

(A)「先生、いつも黙って弁当を食べているだけ?」
(私)「……」
(B)「あっ、無視している」
(A)「先生、相談室の先生じゃないみたい」
(私)「……」
(B)「先生、仕事をサボっている」
(私)「……」
(C)「でもM先生よりましよ」
(A)「あの先生、しゃべりすぎ」
(B)「私らを馬鹿にしている」
(C)「説教が鼻につく」
(私)「M先生は、お前たちの話を聞いてくれないの?」
(A)「自分ばかりしゃべっているわ」
(私)「ふ〜ん、……から揚げ食うか?」
(B)「私もらう」
(C)「私はから揚げ嫌い」
(私)「じゃあ、食うなよ」

まあ、ざっとこのような調子で会話が始まった。その後もこちらからは話をせず、相変わらず弁当を食べていたが、彼女たちは、自分のことや、嫌いな友達のこと、家のこと、好きな男子のこと、将来したい仕事のことなどをしゃべるようになっていた。私は彼女たちの話を聞くだけであった。助言など全くしなかったし、生徒相談の仕事をしたという感覚すらない。何もしないことに徹しただけである。

彼女たちは、その後も昼休みの相談室にやって来た。休み時間に教室に入れない状態は3年生になっても続いた。テレビドラマのように1年で問題解決という具合にはいかない。

イメージ 1

長く教師をしていると、いろいろな生徒に出会う。ある高校での話である。

クラス担任をはずれた年、私は下足室の掃除監督に当たっていた。掃除は放課後に行なうのが原則であるが、下校時の混雑を避けるため下足室だけは昼休みに行なっていた。午後の授業が始まる少し前に当番の生徒を5〜6人集めて、10分ほどで済ましてしまう。

下足室の掃除で困ることは、ほうきで床を掃くときの砂ぼこりがひどいことと、生徒の私物が下足ロッカーの上や床に散乱しゴミと区別がつきにくいことであった。いくら注意を呼びかけても、個人ロッカーの外に私物を置く生徒がいる。私有財産であるから勝手に捨てるわけにはいかないので、当番の生徒に指示して下足室の一角に移動して整理するが、数日もしないうちに、個人ロッカーに入りきらない私物がロッカー周辺に散乱してしまう。下足室の掃除は、私物を散乱させる生徒と掃除当番との格闘でもあった。

そんなイタチごっこの毎日であるが、月に一度、下足室の大掃除を敢行した。学校の大掃除日に、放課後50分くらいかけて私物を下足室から撤去し、捨てる。事前に、担任から下足室に放置してある私物を撤去し、捨てることを連絡してもらい、下足室や掲示板などに「私物撤去」の貼紙をしておく。大掃除当日は、校内放送で「私物の持ち帰り」を生徒に呼びかけた。撤去した運動靴・体操服・教科書・文房具などは、5日ほど下足室通路に並べて持ち主が取りに来るのを待ったが、それでも放置してある私物は容赦なく捨てた。

大掃除のあと一週間くらいして、一人の女子生徒が私のところにやって来た。

「先生。下足室に緑のタオルが落ちていませんでしたか?」
「名前を書いていたか?」
「書いていません」
「記憶にないな」
「友達にもらった大事なタオルです。知りませんか?」
「知らん」
「……」
「下足室に落としたのは間違いないのか?」
「たぶん…」
「通路のところに私物を展示していたけど、確かめたか?」
「見ましたが、なかったです」
「じゃあ、ゴミとして処分したかもしれない」
「……」

その日の仕事が終わり、帰宅しようとして自分の下駄箱の扉を開けら、靴がなかった。教職員用の下駄箱を調べたが、どこにもない。

「あれ〜。おかしいな。え〜。困ったな」

通りかかった同僚に「靴が行方不明」だと話したら、一緒に探してくれた。しかし見つからない。職員室に残っている同僚も周辺を探してくれた。しばらくして、同僚が職員室の建物の裏の通路で片方の靴を見つけた。もう片方は、学校の裏門付近にあった。

「おかしいなあ」
「うしどしさん、生徒の恨みを買ってません?」(ニヤニヤ)
「近ごろはないと思います」
「靴が勝手に歩いたのですかねえ」(ニヤニヤ)
「あっ。一人心当たりがあります。Aかもしれません。今日、下足室に落としたタオルを知らないかと聞きに来ました」
「Aですか? で、先生は何と答えました?」
「知らん。たぶん捨てたと言いました」
「Aですよ」
「そうそう、Aに間違いないですよ」

Aは教師とのトラブルが多く、指導困難な女子生徒であることを初めて知った。倫理の授業でAを教えていたが、私にはそのような生徒に見えなかった。状況から考えると、Aの可能性が高いが、確たる証拠もないのに呼び出して問いただすことはできない。私は黙っていることにした。

次の日、私の靴事件は職員室の同僚たちに知れ渡っていた。顔を合わせるたびに「Aに靴を捨てられたのですって!」と声をかけられた。校長まで、笑いながら「生徒に靴を捨てられたそうですね」と話しかけてきた。

その後、Aは何ごともなかったように授業を受けていた。私も、靴の話をすることはなかった。3学期になり、学年末テストの採点していたとき、Aの答案の「伝言」を見た。

「1年間、くだらない授業をありがとう…云々」

Aが私の靴を捨てたのは、大切な緑のタオルを捨てた私への復讐だったようである。無茶苦茶な理屈だと思ったが、とくに腹は立たなかった。

イメージ 1

私は、穏やかで優しい教師だったと思っているが、それでも1年に数回程度の割で、生徒を殴ったり足蹴にしていた。体罰、まして暴力が禁止されていることは重々承知しているし、処分されることも覚悟の上での行為である。「教師が暴力を振るっていいのか!」と生徒から抗議されることもたまにはあったが、ほとんどの生徒は私が殴る理由を納得していたと思う。

私が赴任したころは、高校は対教師暴力・校内暴力が多く発生していた。生徒とのトラブルも多かったが、そうした経験の中で、生徒の話を聞くこと、理解することなどを学んでいったような気がする。昨今、教師の質が取り沙汰され、ことあるごとに不適格教師が槍玉にあげられているが、もう少し、社会が余裕を持って学校・教師を見守ることができないものかと感じる。

話を、戻す。私は男子生徒に殴られたことはないが、女子生徒に2度殴られたことがある。それも、かなり力を込めて殴られた。殴られた理由は…、すべて私が悪かった。

初めて担任をした年のことである。ある朝、1時間目の授業を終えて教科の準備室に戻ると、クラスの女子生徒が待っていた。制服のところどころがすり切れ、顔にも傷があった。

「どうしたの?」
「学校に来る途中、車に接触して転びました」
「顔のほかにどこかけがをしている?」
「手と…、それから足」
「頭は打たなかった? 病院に送っていこうか?」
「すりむいただけ。頭は打っていません。保健室に行くから大丈夫です」
「車の相手は?」
「そのまま行きました」
「ナンバーを覚えている?」
「覚えていません」
「そうか。仕方がないなあ。とりあえず、保健室に行こうか」

保健室に電話をしたが、つながらなかった。保健主事に問い合わせると、養護教諭は午前中出張とのことだったので、保健室の鍵を借り、私が応急処置をすることにした。2時間目の授業担当者に電話して彼女が授業に遅れることを知らせたあと、保健室を開け、灯りをつけた。

消毒液や包帯などを用意しながら、あらためて彼女の全身を観察した。傷は予想以上に多かった。腕も打撲しているようだし、左の耳たぶが切れている。左膝にも深そうな傷が見える。

「お前、やっぱり病院に行った方がいいぞ」
「ええ〜。いやです」
「後から痛いところが出てくるかもしれない。お医者さんにきちんと診てもらったほうがいい」
「じゃあ病院に行きます」
「今、痛いところは?」
「左の太腿が痛い」
「太腿?」

先ほどから左足が気になっていたので、思わず片膝をついてスカートの裾をめくり上げた。案の定、左膝の傷のほかに太腿が赤く腫れている。

「キャッ」

悲鳴と同時に脳天に衝撃を感じた。上を見ると、彼女が拳を握っていた。

「お前、痛い!」
「エッチ!」
「何がエッチだよ。…白か」

もう一度殴られた。

幸いけがは大したことがなく、病院から彼女の保護者に報告したら、こちらが恐縮するくらいお礼を言われた。スカートめくりの一件は、もちろん報告しなかった。

2度目に殴られてのは、30代後半のころだった。

相手は、剣道部の女の子である。若いころは、練習量が多いほど強くなれると思い込み、ほとんど休みを与えることなく、部員に厳しい練習をさせていた。その夏の公式戦はまずまずの成績だったので、めずらしく5日ほどの長い休みをとった。レギュラーの女の子たちは私の家に泊まりにきた。私は女の子たちを連れ、自宅近くの海に遊びに行った。

港湾整備で大規模な護岸工事が始まり、かつての白砂清松の浜は消えていたが、それでもまだ埋立地のほうは遠浅の水溜りが残り、魚などもたくさんいた。海がめずらしい部員たちは水辺で楽しそうにはしゃいでいた。そのうち部員のひとりが水溜りの奥に行き過ぎ、足が泥に埋まり動けなくなってしまった。

「ギャ〜、助けて!」

最初はふざけているのかと思い、みんなで笑っていた。

「先生! 足が抜けません」

膝まで埋まっている。先ほどより沈み込んでいるようだ。私たちは泥に足をとられながら駆けつけた。

「動くな。足を引っ張るから肩に捕まっていろ」

彼女の片足を両手でつかみ、力いっぱい泥から抜こうとしたが、なかなか抜けない。

「畑の大根抜きみたいだな」
「先生ッ!」

「パシッ」と大きな音がした。脳天を叩かれた。今回は拳ではなく平手であったが、彼女は手加減をしていなかったと思う。

「お前、置いていくぞ」
「先生、ひどい」
「お前の足が太いとは言ってないぞ」
「……」
「お前の足が白いと……」

結局、やっとの思いで片足を引き抜き、泥だらけになりながら彼女を救出した。その夜は、彼女の救出劇で大笑いした。

イメージ 1

今年も公立高校の入学試験が近づいてきた。毎年、「高校入試は社会的に注目されるから、試験に際しては、細心の注意をはらい、合格発表まで万事遺漏なきようどうのこうの…」と書いた教育委員会の通達が出る。

ある年の入試のとき、私の教員生活の中で最大級の失敗をやらかしてしまった。数年後であれば、間違いなく厳重処分されたろうと思う。何をしたかというと、受験生の答案を10数枚、ごみ箱に捨ててしまったのである。普通はあり得ないことなのであるが、そのあり得ないことをやってしまった。

入試のときは2名の教員で試験監督をする。試験が終わると受験生を教室の外に出し、受験番号の確認をしながら問題と答案を回収し、封筒に入れて受験志願書綴りとともに入試本部に持ち帰る。本部では、入試委員の立会いのもとで問題・答案を受験番号順に数えなおす。入試委員の確認を受けた答案は、表紙をつけて受験教室別にホッチキスで綴じる。私の学校では、監督の仕事は答案をホッチキスで綴じ、問題を本部の正面に設置された大きな容器(つまりゴミ箱)に入れる作業で終了することになっていた。

ところが、たまたま私の担当した教室に保健室受験者がいた。私は保健室から答案が届くのを待っていた。少し遅れて答案が届いたので急いでその答案を所定の場所に差し挟み、ホッチキスで綴じて係に手渡した。持ち帰った問題は本部のゴミ箱に入れた。すべてマニュアル通りであった。この日、私は2時間連続して監督を割り当てられていたので、作業が終わると同時に、次の試験問題が入った封筒と受験志願書綴りを持って教室に向かった。

入試が終わると、簡単な打ち合わせを済ませ、すぐに別室で採点に取りかかる。各教科が一堂に集まって採点をするので、部屋は騒然としている。採点は2人1組でそれぞれの分担箇所を決めて行う。片方が採点した答案は必ずもう片方が点検をする。

採点・点検が終わると、小計を集計して合計点を書き、さらに点検をする。こうしたことを繰り返しながら各教科の答案の合計点記入が終了する。最後に各教科の集計用紙に受験者の得点を転記し、点検をする。各教科の集計表が完成するとコンピュータに得点を入力し、受験者の成績一覧表を作り、合否判定資料を作成する。間違いが許されないので、かなりの集中力が要求される業務である。

採点2日目、各教科が集計用紙に転記を始めだしたころ、ある教科の周辺がにわかに色めき立った。教務部長・教頭・校長があわててやってきた。何かあったことはすぐに感じ取れた。社会科で「何だろうな」と話していたら、いきなり私が呼び出された。

「何ですか?」と近寄っていくと、みんな険しい顔をしている。教務部長から「うしどし先生が監督した教室の答案が12枚足りません」と告げられた。さすがに驚いたが、すぐ答案の行方を察知した。「取ってきます」と言い残して、入試本部にかけていった。後から校長以下5〜6人がついてきた。

私は躊躇することなく、本部正面のゴミ箱をあさった。すぐに答案は見つかった。保健室受験者の答案を差し入れるとき、最初の12枚の答案を、横に置いた問題の上に重ねて、そのまま問題と一緒にゴミ箱に捨てたのであった。

「ありました」と嬉しそうに言うと、みんなホッとしたように笑っていた。しばらくは「答案ポイ捨て事件」の張本人として冷やかされたが、私を責める声はなかったと思う。陰では「あのバカ」くらいは言われたかもしれないが、入試委員のチェック体制の甘さや2時間連続監督の危うさなどは前から指摘されていたし、教科も最後まで答案の枚数が足りないことに気がつかなかった。私一人の責任とは誰も考えなかったようである。当然のことながら、翌年には入試業務のマニュアルが改正されたことは言うまでもない。

この事件の数年後、情報公開制度が導入され、得点の本人・保護者への開示が行なわれるとともに、公立高校の採点ミスが相次いで新聞に報道された。教育委員会から過剰なほど点検を義務付けた採点マニュアルが配布された。やがて湯茶やお菓子は、採点場から消えていった。入試にまつわる楽しい話はもう聞かれなくなるだろう。

イメージ 1

そろそろ卒業式の時期が近づいてきた。地域差はあると思うが、近年、教育委員会は学校に対して式典における国旗の掲揚と国歌の斉唱を強力に要求するようになった。

毎年、担当の分掌(総務部)が卒業式の実施要綱を職員会議に提案するが、原案には「日の丸・君が代」の項目がない。職員会議は、若干の修正を加える場合もあるが、たいていは総務部の原案を可決する。

以前であれば、校長は職員会議の原案を承認していたが、近年は、卒業式に日の丸を掲げ、君が代を歌うことを要求する。当然のことながら、教職員組合の代表は校長の要求に反対する。激しい議論になることもあったが、いつの間にか、そういうことも少なくなった。職員会議が校長の要望を拒否し続けると、校長はためらわず職務命令を出すようになった。では、実際に命令は実行されているかというと、実はされていない。以下、卒業式のようすを少し紹介しよう。 

卒業式会場の体育館には、国旗が正面舞台に掲げられている。来賓・保護者・教職員・在校生などの拍手に迎えられて、担任の誘導で卒業生が入場してくる。卒業生が着席すると、教頭が「開式に先立ちまして国歌斉唱。全員起立を願います」と声をかける。

「日の丸・君が代」に反対の教職員は、会場周辺警備や校内見回りで入場していない。「日の丸・君が代」に反対の担任はこのとき、「卒業式の最終打ち合わせ」のために舞台袖の体育教官室に移動する。担任が誰もいないのは不自然なので、国歌斉唱のとき何人かは式場に残る。

卒業生は「国歌斉唱があるが、歌うかどうかは君たちが判断しなさい」と担任より事前に伝えられている。生徒は、ほぼ全員起立をしているが、歌う者はあまりいない。教頭と若干の来賓・保護者と録音テープの歌声だけが聞こえている。国歌斉唱が終わり、教頭の着席の合図と同時に、控え室に入っていた担任や体育館の入口の外で待機していた教職員が入場する。

教頭に代わり、総務部長(司会)が開式を宣言する。「ただいまより平成○○年度第△△期生卒業証書授与式を行ないます」。ここから卒業式である。この方法は管理職と教職員の妥協の産物である。校長は教育委員会に「国旗掲揚・国歌斉唱」を実施したと報告できるし、教育委員会から派遣された職員の目をそらすこともできる。来賓や保護者に不愉快な思いをさせることもない。「日の丸・君が代」に反対の教職員の面子も立つし、生徒に思想の押し付けをしなくてすむ。格好悪いが、学校を円滑に動かすための現場の知恵である。

ところで私はどうかというと、担任のときは、事前に私の態度を明らかにした。「日の丸は拒否しないが、国歌は歌わない。起立して黙って伴奏を聴いている」と生徒に伝える。生徒には「お前たちの判断を尊重する。ただし騒ぐな」と言った。クラスの生徒は全員起立していたが、国歌の斉唱はほとんどしていなかったと思う。

以上のような方法がこれからも可能かどうかわからないが、文科省の通達を現場に押し付ける教育委員会にただ黙って従うほど教師は素直ではないと思う。だからといって、日の丸を引きずりおろし、国歌斉唱をやめさせるほど無礼でもない。

全3ページ

[1] [2] [3]

[ 次のページ ]


.
うしどし
うしどし
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

ブログバナー

標準グループ

登録されていません

1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

過去の記事一覧

検索 検索

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
ふるさと納税サイト『さとふる』
実質2000円で特産品がお手元に
11/30までキャンペーン実施中!
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事