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1月6日の『産経抄』は、テレビから時代劇が消えつつあることを憂えていた。産経新聞は「憂国」を主張する新聞だから、それも当然だろう。NHKの大河ドラマのファンである私も、時代劇がテレビから消えつつあることは寂しいが、一方では仕方のないことだと諦めている。以下は、産経抄と私(うしどし)の架空の会話である。
産経抄: 時代劇、中でも娯楽性の強い「チャンバラ映画」が戦後に全盛期を迎えたのは昭和29年ごろだろうか。この年の大型連休、全国の東映系映画館には子供を中心に長い列ができた。中村錦之助、東千代之介コンビの「笛吹童子」を見るためだった。
うしどし: 懐かしい昭和30年代のことだな。あの頃は、映画も、やがて一般化するテレビも車も、あらゆることが新鮮で驚きの連続だったような気がする。たぶん、この国が戦後の貧困からようやく立ち直り、将来に希望が持てる時代の反映だったのだろう。ただし、昭和30年代のチャンバラ劇は、今の感覚で見れば退屈である。ひところ昭和30年代の町を舞台にした映画が流行ったが、あれはあくまで平成の感覚によって製作された昭和30年代の映画だったと思う。
産経抄: チャンバラ映画は戦後、GHQにより一度禁止された。しかしサンフランシスコ講和条約とともに復活、「笛吹童子」や翌年の「紅孔雀」などで一気に花を咲かせる。昭和30年代には、チャンバラ映画なくては盆も正月もないという「娯楽の王様」に君臨していた。
うしどし: まあ、そうだな。娯楽が今ほど多様化していなかったからね。
産経抄: その後映画産業の衰退で銀幕から遠のくが、演出や時代考証などのノウハウはテレビ時代劇に受け継がれた。昭和50年代ごろから「水戸黄門」をはじめ「遠山の金さん」「必殺仕事人」などのシリーズが人気を集める。こんどはテレビ時代劇の全盛期になったのだ。
うしどし: 昭和50年代はテレビの全盛期でもあったと思う。時代劇だけではなく、さなざまな良い番組が制作された時代だった。
産経抄: そのテレビ時代劇が今、存亡の機に立たされているという。民放のレギュラー時代劇枠はほとんどなくなり、時々のスペシャル版だけになった。「蝉しぐれ」などの名作を生んだNHKの「木曜時代劇」も45分から30分モノに縮小され、別の曜日に移されるそうだ。
うしどし: フ〜ン、そうなのか。
産経抄: スタッフが少なくなったこともあるが、問題はやはり視聴率らしい。しかも民放の場合、時代劇の視聴者の多くが購買力の低い高齢者で、スポンサーがつきにくいのだという。チャンバラ映画を支えてきた「団塊」以上の世代にとって、切歯扼腕(やくわん)したくなる理由である。
うしどし: 高齢者の購買力が低いとは思わないが、確かにゴールデンタイムの番組を見ていると、若者や主婦向けのコマーシャルが多い。企業の宣伝費に頼っている民放の場合、低視聴率の番組を切り捨てるのはやむを得ないかもしれない。しかし、なぜ時代劇の視聴率が低くなったのだろう。
産経抄: 言うまでもなく時代劇は立派な「文化」だ。武士という人間の生き方をはじめ、その時代の空気から、言葉遣いや所作、道具、衣装までみんな伝えているからだ。これを守っていきたいという、太っ腹なスポンサーはいないものだろうか。
うしどし: 時代劇であろうが現代劇であろうが、テレビ番組はすべて「文化」だよ。時代劇が低迷してきた理由はいろいろ考えることができるだろうが、ひと言で言えば、能・狂言・歌舞伎・文楽などの伝統芸能と同様、お茶の間で日常的に見る番組としては、退屈でつまらなくなったからだと思う。時代劇は、あらすじが現代風であっても、時代考証などをある程度正確にしないと興ざめする。言葉や所作、道具や衣装、建物や背景などにも気を使わなければならない。それこそ俳優の髪の生え際にいたるまで細心の注意が必要である。今は、そういった手間暇をかけて番組を制作する余裕が民放になくなったということだろうし、グローバル化の中で窮々としている日本企業に太っ腹のスポンサーなど望むべくもない。もはや、いい時代劇はNHK以外ではしばらく作れないだろうと思う。私はそれでもかまわない。
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