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兵庫県太子町、国道2号線沿いにある寝具と結納の専門店です。火曜日定休日。駐車場15台。お気軽にお立ち寄りください。

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3月15日朝、氏神様である粒坐天照神社に参拝して来ました。
ここは、宍粟市の伊和神社、垂水の海神社とともに播磨三大社のひとつ。こういう由緒あるお宮の氏子であることを誇りに思います。

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認定番号をもらったものの何も変わりませんでした。
ケアマネージャーさんの名簿をもらい、事業所を廻りましましたが、すでに道はできており、まして素人同然の新規業者に仕事をくれるところはありません。
しばらくは、うちの母と、もう一人店へ歩行器を買いに来られたお客様にレンタルをお勧めして、その二人がお客様でした。
3人目も4人目も店へ来られたお客様でした。
なかなか事業所からの仕事はありませんでしたが、はじめてから2年目に奇跡が起こりました。
うちの営業の名刺を見たある事業所の社長が偶然30年年前に結婚式場の営業マンとしてうちに出入りしていた人で、うちの名刺を見て連絡をくれました。そして間もなくお盆の直前に仕事をくれました。
ほんとうの軌跡は昨年も後半になって私が担当するようになってから、、。
難しい納期を新しいレンタル卸の協力もありこなす度に注文をうちに廻してくれるようになりました。
気がつけば、昨年の5倍になっていました。

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電動リクライニングベッドと介護のこと

パラマウントベッドのINTIME1000、テレビコマーシャルでよくやっている商品ですが、
10月はこれを3台も買っていただきました。テレビコマーシャルをするようになってからよく売れるようにはなってましたが、このたびはありがたく思いました。

そもそもパラマウントベッドという会社を知ったのは、5年前、寝具の展示会で大阪へ行った時のこと。他の寝具店さんに来た案内状を見せてもらい、私が先に行って底の店より先に取引が始まりました。
当時は電動ベッドは楽匠をはじめレンタルが主流、販売は40万、70万という高額なもので、介護ではないベッドとしての販売を模索中のようでした。
販売を重視し始めたのは平成18年の制度改正でそれまでは介護認定さえあればレンタルできた電動ベッドが介護2以上の重い症状の人に限定され、福祉用具レンタルの業界は大打撃となっていました。
そんな業界へ遅ればせながら参入したのが3年前のこと。
皆からもう遅い、今さらなんで。。と言われました。
レンタル卸や販売卸の業者は申し込んでもなかなか来てくれませんでした。
パラマウントベッドと取引があるといってやっときてくれましたが、
ただ参入するだけでとことんやる気がないならやめたほうがいいとさえ言われました。保健所へ届けを出すもなかなかOK出ず通うこと6回、やっと認可がおりて事業所認可番号をもらいました。

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トライやるウィーク

トライやるウィーク

今年は、20年ぶりに中学2年生の子が社会体験をする教育の一環であるトライやるウィークに参加しました。
というのも今年はその本人である中学生二人がうちの店を訪問してきて依頼に来たからです。その学校(中高一貫の公立校)の方針で生徒本人に行きたいところを訪問してお願いしてくるということで来たとのことですが、はっきり言って驚きました。
そのあとで先生が正式に依頼には来ましたが、10月の最終打ち合わせも本人らだけで来ました。
そして、11/5〜11/9の期間、中学2年生の男子2名を迎えました。
中学生とはいえよそ様の子を預かるわけですから、少しでもプラスになるようにとカリキュラムを考え、初日の朝、当人たちに渡しました。
彼らに伝えたかったのは人とのふれあいで自分の心が豊かになるということ。
そのために私たちがやっていることを体験してもらいました。
彼らが大人になって職についたときに何らかのプラスになればと。。。
朝礼、朝の声だし、商品の知識、営業、チラシのポスティング、電動ベッドの配達などなどを一緒にやって大人の我々も刺激になりました。

ええカッコしなければと頑張りました。
最終日には、彼らの目の前で羽毛ふとん、車椅子も売れたのを見せられたのもよかったです。何をしてる店かはわかってくれたかなと思います。

お客様も高齢者が多いので商品の配達で中学生が一緒に来たことですごく喜んでくれました。
これからも世の中のお役に立てるようにお客様と同じ目線でお客様のお困りごとを解消する、相手が幸せになれば自分も幸せになれる、そう信じて精進していきます。

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納骨

納骨

7月1日、我が家菩提寺の源徳寺様のおさそいでお寺の一行として、父の納骨に京都の西本願寺大谷本廟へ行ってきました。
まだ、一周忌を過ぎたところなのに早すぎるという気は少なからずありましたが、いざ大谷本廟へ降り立つと、その広さ、納骨の数に圧倒され、そんな思いは吹っ飛んでしまいました。
いつまでも家に置いておいてあげたいのは人情ですが、
やはり、類は類を呼ぶの例えどおり、仏様になったら仏様がたくさんおられる場所にいたほうがいい、京都へ行って心底そう思いました。
人間は生きてるうちは勿論のこと、死後の世界においてもずっと修行、ここで一日でも多く修養して一日でも早く霊界での高き御位についてこの世の中を正し、戦争ばかりのこの世界を治めて私たちをお護りいただきたいと思いました。
不思議なご縁もいただきました。
一緒のお寺の団体のなかには中一以来50年ぶりに再会した同級生の姿も・・・
当時の私は153cmで細身、現在の177cmで80kgのやや肥満の体型もあり、わからなかったようです。
西本願寺では、半田のお寺の御一行さんと合流し、国宝、重文を説明して頂きました。なんか心が豊になったような気がしました。
やはりお寺はこれですね。
宗教というとなんか皆敬遠する、だから、
時事問題から入り、皆の興味ありそうなネタを展開して最後は御文章で結ぶ、そしてありがたい気持ちにさせる。それが人を救うということ。
古来より神社仏閣が存続してきたのは人を救い護ってきたから。。。
そのために心を磨き修行を積んでこられた、だからあの人が言うのならと。。。
檀家がたくさんあるお寺ほどその人たちを救い、満足させるものが必要なのではないか、そう感じた今回の旅でした。
末代無智の在家始終の男女たらん輩は心をひとつにして阿弥陀仏を深く頼み参らせてさらに世の方へ心をふらず一心一向に仏助けたらんと申さん衆生をば、例え罪業は深重なりとも弥陀如来は必ず救いましますべし。これすなわち第18の念仏請願往生の心なり。かくのごとく決定してのうえには寝てもさめても命のあらん限りは称名念仏すべきものなり。あなかしこ、あなかしこ。

どんな苦しいときもそれが心の支えになる、できうる限り心の戸を開いて人と交わる、
人は石垣人は城、この言葉をしっかりとかみ締めてました。

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