賀寿について賀寿という言葉は知らなくても
還暦61歳、古稀72歳、喜寿77歳、傘寿80歳、米寿88歳、白寿99歳
というのは聞いたことがあると思います。
暦が一回りして第2の人生が還暦、そして節目ごとに
「ここまでよく無事に生きて来たなあ」との感謝を込めて、元旦に御祝をするのが、
賀寿の祝いで、これまでできてたことが「こんなはずでは。。」と思う時期でもあります。
そう言った意味では、厄年に準ずると言っても過言ではないのかも。。。
いわゆる、男42、女33が本厄でその前年が前厄、あとが後厄で3年間は自重すべしという古来からの言い伝えがあります。
そして、古来からの日本の伝承なので、こういった儀式は「数え年」でおこなうというのが基本なのですが、最近は数え年という概念が薄れつつあります。
数え年とは、母体に生命が宿った時を誕生としてとらえ、現在いわれている誕生日と時には1歳、あとはお正月のたびに歳を重ねていきます。
極端な例として12月31日生まれの人は翌日に初誕生を迎え2歳になるということです。ですから、年末に生まれた場合は、誕生日を遅らせて正月に生まれたようにしたこともあったようです。
それに対して、現在一般に多くの方に認識されている満年齢は誕生時が0歳で翌年から誕生日のたびに歳を重ねていきます。
何歳何か月というように表現され、正味の生まれてからの年月を表すので
今ではこちらの方が一般的となっているため、賀寿の祝いまでこちらでという場合が多々見られますが、そもそも賀寿というのは日本古来よりの伝承であり、そのころからの歳の数え方である数え年でお祝いするのが正しく、誕生日ではなく、正月元日を誕生日とし、年末、いわゆる事始めの12月13日から大晦日までに御祝をし、元日に祝いをし、節分までに厄払いをするというのが正しいようです。
なぜなら、例えば還暦の場合、誕生日が12月の人は、誕生日で還暦祝いとなった場合はもうほとんど終わっているからです。
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儀礼に必要な道具
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結納を先方に渡す時に必要です。結納を渡す時に必要な道具です。
結納の時には、
目録と結納金を広蓋に乗せ、
上に袱紗を掛けて
風呂敷で包んで持って行って
床の間に飾りを飾って、
その前に向かい合って座り、
口上を述べて先方に差し出します。
こういった道具は家風をあらわします。
大事な品の上には埃よけとして家紋入りの袱紗を掛けます。この場合の家紋は家の紋、つまり男紋です。
この商品を私が初めて販売したのは昭和も押し迫ったころでした。
カタログには載っていたものの、使い方がわからず、当初は我流でした。
当時はこういった商品は主に呉服店で販売していましたが、むしろ婚礼の道具として持っていく女物が主流で結納時に使う現在のような広蓋セットは二の次の商品でした。
それも風呂敷は女紋入りの2幅、3幅、4幅の3枚セット。
袱紗も大、中、小の3点、
お盆は、正方形の万寿盆、切手盆、賞状盆といった具合に・・・
とても実用向きとは言えない状態でした。
どこの家に行ってもどれを使ったらよいかがわからず、とりあえず3枚出してこられました。
まず、結納に必要なものは何か、ここからスタートしました。
まず、結納金を乗せるお盆として当初は尺3の広蓋、袱紗、風呂敷は3幅の3点が結納には必要と思い、これに力を入れました。
のちに、お客様からの要望で尺3の広蓋は尺5になりました。
揃っていると言いつつも広蓋のない家は多かったと思います。
というのは当時は呉服店は同じ布ものである風呂敷、袱紗は着物と一緒に販売しましたが、広蓋は抜けていることが多かった世に思います。
ただ、納期が長く、紋によっては期日が決まっている結納に間に合わない場合もありました。
そこでお願いして一か月以上かかっていたものを指定紋なら7日でできる体制をとり、広蓋、袱紗、風呂敷の3点セットで販売する体制をつくりました。
当時はこういった売り方はありませんでしたし、道具としてつくるからいついつに要るからつくるという目的買いに持って行ったのは画期的でした。
当然、反撥や批判は多々ありましたが、今ではこれが主流の販売方法となっています。
これは結納飾りでの羽子板加工を販売した時も同じでした。
とんどで燃やすだけであった使用済みの結納飾りを使って羽子板をつくるというもので、これは京都の展示会に行った私が偶然、九州の方の風習だった羽子板加工をみて、帰ってすぐに広告を入れたら大ヒットしてこれに味をしめて20年来続けているというものです。
ちなみにこれは旧来の結納屋さんは邪道であると誰も乗らなかったそうです。
若いころの私は新しいものが好きでもっとチャレンジ精神があったような気がします。
あのころの気持ちを思い出してもう一度チャレンジしていきたいと思います。
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万年青(おもと)の御祝袋常緑樹で繁殖力が旺盛で、古来より不老長寿の象徴と言われてきましたが、
徳川家康が初めて江戸城に入った際に
万年青(おもと)とともに入城し、床の間に飾ったと伝えられています。
その後、徳川家が繁栄したことからも現在でも大変縁起がいいものとして用いられております。
その万年青(おもと)を用いた御祝袋は、
新築、開店、創業周年、引越しなどの御祝の袋として最適です。
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お子様が生まれたら、お正月を前に・・・この由来は、次のとおりです。
羽子板の由来とは、
羽子板遊びは古来からお正月の女の子の遊びです。羽子板は女の赤ちゃんの無病息災の意味を持っています。
羽根の玉は「むくろじ」という大木の種ですが、これは「無患字」と書き、「子どもが患わない」という意味を含みます。
つまり、昔から子どもの無事を願う温かい親心が込められているのです。
破魔弓の由来とは、
呼んで字の如く、破魔弓とはずばり魔除け、厄払いのお守りです。
弓の的のことを「ハマ」といい、これに「破魔」の字を当てはめて破魔弓です。
また男の子が弓矢で的を射て年占いをしたことがのちに破魔弓となったともいわれています。
ちなみに、初誕生のあとは、初節句の祝いとなります。
初誕生とは、
最近は年齢というと満年齢をいうのが普通になっていますが、日本古来よりの儀式では数え年となります。
すなわち母体に宿った時から数えて、産まれた時が1歳、そして産まれてから初めての正月が初誕生、いわゆる2歳となり、
あとは正月のたびに歳を重ねるということです。
余談になりますが、還暦をはじめ、古希、喜寿、米寿、白寿といった日本古来の賀寿祝いは年末に御祝を持っていって正月〜節分に皆さんで祝うというのが本来の意味なのです。
男の子は端午の節句(5月5日)、女の子は桃の節句(3月3日)です。
男の子には兜や武者人形で、女の子には雛人形で祝います。
当然のことながら、男の子で1/1〜5/5に、女の子で1/1〜3/3に生まれた子は初節句は翌年になります。そして初誕生→初節句の順で御祝をしていきます。
日本古来のしきたりにはそれぞれ皆、意味があります。
節句の兜や雛人形ばかりが目立ちますが、初誕生の破魔弓や羽子板にはこのような大事な意味があるということを考える機会にしていただければ嬉しく思います。
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座布団について PART3PART2で座布団は長方形であることを述べましたが、そのなかに一辺、縫い目のないところ(画像)があります。
これを「わさ」と言い、これを前にして座ります。
会などで座布団を並べる場合は、この「わさ」を前にして揃えてください。
また座布団には上下もあります。
通常は真ん中の房のある方が上という文献が多いのですが、当店もそうですが、専門店の客座布団は真ん中の房は上下ともについています。
この場合は、くけ口といって、座布団の綿入れをしてから最後に閉じる口のところを見てください。上から下へかぶさったようになっているはずです。
箱に入れて片付ける場合は、わさと上下を揃えてください。
座布団箱は場所を取るからと敬遠されるようですが、袋では座布団の鼻(房のところ)がつぶれて形が崩れますし、圧縮パックで押さえつけますと座布団がでこぼこになる恐れがあります。
また、座布団の房は、真ん中に一箇所、四隅にそれぞれで計五箇所(真ん中綴じの上下を数えれば六箇所)あります。
四隅の房は、儀式で使われる家紋入り袱紗と同じく礼節を表します。
また、大仏を囲む四体の菩薩と同じ意味を持つともいわれています。
最近、座布団にカバーをかける方が増えてきましたが、来客時の座布団は、本来は房が見えた状態で出すのがいいと思います。
座布団の作法ですが、覚えていていただきたいのは、すすめられる前にその上に座るのは礼を失するということです。
すすめられる前は、立ったままか、畳につま先立ちで正座し、挨拶の後、礼を述べて座るということです。すすめられて座らないのはこれまた失礼になります。
すすめられて座布団に座ってから、その家のご主人が来られた場合は、座布団から降りて挨拶して後座りなおします。以上が基本的な座布団のマナーです。
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