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堀江謙一青年(当時)が小さなヨットで太平洋を渡り、 サンフランシスコに辿り着いたのは、昭和37年の8月。 そして、凱旋帰国してから出版された『太平洋ひとりぼっち』が ベストセラーになるのと前後して、 この人はいわば国民的英雄に祭り上げられた。 これに着目したのが自身もヨットマンで、 映画スターとしての地歩を固めつつあった石原裕次郎。 堀江青年の快挙を映画化しようと、 自らプロモーターと主演を兼ねて制作したのが同名の映画。 封切りは昭和38年で、その直後にぼくは鑑賞した。 それがなんとこの正月、テレビ朝日で放映されたので、 胸に迫る思いで眺めたり想いにふけったりした。 堀江謙一とぼくは同年でもあることから、 快挙を成し遂げたときから共感と親近感を覚えたもの。 それがこんな歳になってあらためてこの映画を観ると、 「なんて無謀な若者よ」とか「よくぞ耐えられたもの」などと感心しきり。 この《マーメイド号》でヨット乗りを演じる裕次郎はまた若々しく、 体格の大きさは違えども、堀江青年になりきっての演技に感服も。 記録映画でも巨匠といわれる市川崑が監督しただけあって、 原作にはない家庭的場面も巧みに挿入するとともに、 無謀な若者の人間味も巧みに浮かび上がらせる。 もちろん、洋上での奮闘も迫力満点。 とにかく、神戸の西宮港を出航してから3か月余り、 どこにも寄港せずに単身で生き延び、太平洋横断を成し遂げたのだから、 劇的以外のなにものでもない。 東京オリンピック前のあの当時、まだ貧しかった日本。 そんな時代にも強い気概と夢を持ち続けた男がいたのだ。 そんなところにも感慨を新たにした。 以下、余談だが、一度たげ堀江青年に会ったことがある。 あの快挙のあと、東京で彼を主賓とするパーティーが催され、ぼくも潜り込んだ。 壇上で彼は航海中の苦闘や出来事をとつとつと、しかも延々と話した。 ところが、あの本を出版した会社の人が「ちょっと、話はそこまで」と 横槍を入れたのが忘れられない。 一部でも多く本を売るためには、内容を詳しく話されては叶わないと思ったからだ。 そのうち、堀江青年はパーティー会場内を手持無沙汰に歩き、 ぼくのすぐ横にひとりで立ちつくしていた。 そこでぼくは質問などして話しかける機会を得たのだが、 なんだか硬くなってしまい、とうとう声を出せず。 返すがえすも残念をしたと今でも思っている。 あれから30数年後、ぼくはサンフランシスコへしばしば行った。 そこで毎度行くのが港寄りにある海洋博物館のような建物。 その入口の手前、桟橋の際に《マーメイド号》が鎮座しているのだ。 市当局が大事に現物保存し、観覧に供しているのだろうか。 あの小さなヨットが陸揚げされている姿は、なぜか寂しげにみえたものだ。
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今 動画で 太平洋ひとりぼっちの映画予告編(3分37)カラーを見ています。この映画 テレビで見たことがあります。面白かったなぁ
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2010/6/1(火) 午後 4:08 [ 村石太MAN ]
村石太MANさん はじめまして! (多分?)
半年前にもなるこのプログをどこで発見したのでしょうか、
嬉しくなってしまいます。
予告編の記憶はありませんが、本編は2度か3度観ましたが、
裕次郎の個性が最もよく滲み出た傑作と思っておりますよ。
2010/6/2(水) 午前 10:24 [ eiji ]