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今朝、大沢啓二氏の逝去をテレビが伝え、愕然とした。 毎週日曜の朝、TBSテレビの『サンデー・モーニング』で、 同氏の元気そうな姿と話ぶりに接していただけに「まさか!」となった。 ただ、同番組にはこの2週間、体調不良とかで欠席していたので、 いやな予感がしなくもなかった。 思い起こすと、ぼくが"大沢親分"と関わりがあったのは、 平成7年から9年で、旧駒沢球場近くのご自宅に通ったものだ。 当時は北海道日本ハムファイターズの監督を退き、 同チームの球団常務として起死回生を狙っていた時代だったろうか。 ところが、積年のご苦労が重なってか、入院か病院通いを続けていた。 ある種の精神的疾患で、このことはとうとう外部には洩らしていなかった。 幸いそれも癒えたころ、洋酒のサントリーが結成した〈モルツ球団〉を率いたり、 さらにプロ野球ОBチームを組織し、その連戦がマスコミを騒がせたりもしていた。 そんな折り、上記『サンデー・モーニング』のスポーツコーナーで、 後輩の張本勲氏と共にレギュラー出演を続け、 「カツ!」「アッパレ!」を連呼し、すっかり人気者になっていった。 少しばかりの面識があることも手伝って、ぼくもおおいに楽しませもらったが、 もうひとつ、"同郷の士"としても親しみが湧くのだった。 同氏の生まれ育ちは、神奈川県藤沢市となっているが、 具体的には江ノ電の江ノ島駅から延びる商店街に実家があった。 幼少時代から甲子園の高校野球に出場するまでの間、そこで育ったわけで、 ヤンチャ坊主だったその時代のことを本人からよく聞かされもした。 ちょっとしたワルどころか、近隣では有名な暴れん坊だったようで、 その"武勇伝"の一端も聞かせてもらった。 後年、ぼくも同じ土地に移り住むようになったのは、偶然の一致だが、 その商店街の人に同氏の生家を教えてもらったりし、親近感がいや増した。 話は戻るが、同氏の駒沢のご自宅に足を運んでいて印象的なのは、 飼い犬や飼い猫を可愛がったり、庭に現れる蛙に声をかける姿だ。 "親分"と呼ばれ、おっかない存在でもあったようだが、 根は優しく、面倒見の良い男だったのだ。 同氏がぼくのためにしたためてくれた一筆が下の画像で、 今や亡き人となっただけに、宝物として大事にしたい。 |
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本当に大きな方を亡くしました。
自分も色々と思うところもあり、たいへん尊敬もする方でした。
謹んで故人のご冥福をお祈りいたします。
2010/10/7(木) 午後 0:15
親しくされていて、ご面識があるushさん、びっくりされたことでしょう。
私は、日曜のサンデーモーニングの大沢親分が大好きで、それまでは、巨人ファンもあって、10チャンネルの徳光さんのほうを見ていたのですが、親分にひかれて、親分のチャンネルにあわしました。
先週、体調をくずされて・・・と、聞いてましたが、まさかです。
もっともっと大沢親分の声、聞いていたかったです。
大沢親分の一筆、大切な宝物ですね。
2010/10/7(木) 午後 9:35 [ mari ]
丑さんは3年にもわたって大沢氏と関わりを持たれたとのこと、きっと親分も丑さんに親近感をお持ちだったのでしょうね。力強いサインの文字からはっきり伝わってきます。
いい思い出ですね。
日曜の朝いつも「カアーッツ」「アッパレ!」の気合を楽しませていただいていましたが、ひとり残された張本さんが一番がっくりしておられるに違いありません。
張本さん、どうか番組を降りないでください。
張本さんを見るといつでも大沢親分がそこにいるように思い出せるので・・・
知恵熱おやじ
2010/10/8(金) 午前 1:05 [ asa*ka* ]
丑さんに誘われて球場へ足を運びましたね。
よく覚えています。それが「親分」との繋がりのせいだったことも伺いました。
合掌。
2010/10/8(金) 午前 8:33 [ ひょうたん島 ]
上記コメンテーターの皆様 心温まるコメントをありがとうございました。
今朝の各スポーツ紙には"大沢親分"への追悼の言が数多く載っているようでした。
その一部を読むと、あの温かで人懐っこい笑顔が蘇ってきました。
ただ、そこには載っていない、いわゆる秘話もあるので、いつかまた拙プログに再録したいとも考えております。
2010/10/8(金) 午前 10:19 [ eiji ]