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今年度の芥川賞を受賞した一篇が『きことわ』。
新聞でそれを知り、この題名は何を意味しているのだろうかと、
まずは首をひねった。
しかも作者はまだ27歳の無名の朝吹真理子。
ただし、朝吹家という名門の出とか。
そんなことから俄然、この小説に興味を抱いた。
本を手に取り、さらにページを開いてまず題名の謎が解けた。
「永遠子(とわこ)は夢を見る。貴子(きこ)は夢を見ない」とあったから。
つまり、この2人の女の子の名を平仮名で縮めて『きことわ』としたのだ。
この辺にまず、作者の異才を感じさせる。
物語は、幼いころ2人が過ごした葉山(神奈川県)の別荘が主舞台。
歳は七つほど永遠子が上だが、姉妹のように仲良く、
楽しかった夏の別荘地でのことを回想していく。
ところが、25年後にその別荘が取り壊されることになる。
それで、その近くの逗子に住む永遠子と東京に住む貴子が
久しぶりに葉山に落ち合い、何日か過ごすことになる。
というわけで、四半世紀前の回想と現在の状況などが、
ないまぜになりながら物語が紡ぎだされていく。
その筋書きをここに詳述する気はない。
ただ圧倒されたのは、その文章であり、話の展開だ。
いうなれば、才能に満ちあふれており、凡人に呑みこめない展開は非凡。
普通の小説にみられる章建ても見出しもなく、話は進んでいく。
そればかりか、文体も異色で、才気は感じられるが、頭に入りにくい。
漢字を避けたように平仮名表現が多くあり、つっかえてならない。
でも、感覚は鋭く、いつの間にか文中に引き込まれていく。
かくして物語は静かに始まり、静かに終わる。
その才能がただ者ではないのは確かだろう。
そう感じると同時に、芥川賞選考委員がこれを推挙したのは、
物語の展開や文章や感覚などに惹かれたからだろう。
それにしても思い切った推挙だ。
ところで、この小説にぼくが魅かれた別の理由は、
葉山が懐かしくてならなかったからでもある。
高校生のころから社会人になってしばらくの間、足繁く通ったものだ。
名家の出の友人がいて、その一家の立派な別荘が葉山町堀内にがあり、
自由に使わせてもらっていたのだ。
青春の一時期、そこを舞台にどれほど多くの楽しく甘い思い出があることか。
『きことわ』を読めば、その辺のことを再認識できるとも思い、読みたくなったわけ。
でも、この小説には舞台が葉山とあるだけで、詳細には触れられていない。
三浦郡の葉山町と言ってもかなり広く、
別荘地として知られるのは堀内(森戸海岸寄り)と一色(一色海岸寄り)で、
そのどちらかは、この小説からは読み取れないのだ。
それはともかく、別荘地のけだるい雰囲気を感じ取れただけでも良かった。
なお、本年度の芥川賞は、ほかに西村賢太著『苦役列車』も受賞した。
私小説だそうで、この題名にも気をそそられる。
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