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ぼくが成人になったばかりの頃、マンボが怒涛のように耳に飛び込んできた。 このラテン風のリズムが異色で、耳障りでもあったが、 聴き慣れるにしたがって引き込まれるようになっていく。 街では若者のマンボスタイルが散見されるようにもなった。 先日、例のごとくNHK『ラジオ深夜便』を点けっぱなしにしていたら、 マンボのリズムが耳を刺激した。 「♪セレソローサ」や「♪エル・マンボ」などで、演奏はペレス・ブラード楽団。 「♪キューバン・マンボ」は、ザピア・クガート楽団。 それだけに止まらない。 ペリー・コモが歌う「♪パパはマンボがお好き」に次いで、 ソフィア・ローレンの「♪マンボ・バカン」、 アーサー・キッドの「♪スウィート&ジェントル」、 ローズマリー・クルーニーの「♪メロンの気持ち」と、 それぞれ粋で熱情的なマンボの歌も聴かれた。 これだけ耳に飛び込んでくると、深夜とはいえ、耳も目も冴えてしまう。 そして、めくるめくマンボにまつわる思い出が蘇ってきた。 この異色のリズムが街を席捲しだしたころ、 まず目に着いたのが若者たちのファッションの変化。 ぼくは銀座の裏町で住み込み奉公をしていたので、 そんな異色のスタイルが目に飛び込んてきてならない。 マンボ・ズボンなんていうのは、黒いズボンの裾が極端に細くなっていて、 その裾から真っ赤な靴下が覗いているとか。 靴は無論、黒く、バックスキンも。 そんなのが銀座通りを闊歩していたのだ。 薄給暮らしのぼくは、呆然と眺めるだけで、真似できようもなかったが。 そんな"景観"と重なるようにマンボのリズムが街を流れる。 当時、全盛だったパチンコ店がその筆頭だっただろう。 そして時代は進み、ぼくはキャバレーやナイトクラブに行けるようになった。 そこでの楽しみのひとつは、ホステスと踊りまくることだ。 そのダンス曲の主流は、やはりマンボだった。 次いでチャチャチャも出始めたり。 だから、キャバレーなどで楽しむには、そんなリズムに合わせ巧みに踊れること。 ぼくも初めはまごついたが、なあにステップは単純なもの。 ちょいとバリエーションを交えて踊れるようになるには、時間がかからなかった。 深夜ラジオを聴いていて、そんなこんなで思い出が湧き出てくるのだった。 それにしても、マンボリズムが日本を席捲していた時代、 国は成長期に差し掛かっており、まだ若かったなあ。 1950年代、物質的には豊かでなくても、 何かと活力があり、生き甲斐を感じられる時代だった。 (画像は50年代の夜の銀座で、ヤフーより抽出)
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マンボの熱いリズムと、活気に満ちた時代の雰囲気が甦ります。
人生に音楽は切り離せないもの・・・・丑さんの青春を、追体験させてもらった気分です。
2011/7/31(日) 午後 5:10 [ tadaox ]
TADAOXさん そうそう、小刻みに刻むリズム、あれこそマンボですね。
聴いていると、不思議に血がわくようでした。
で、人生と音楽は、まさに結びついています。
ご理解いただき、うれしいですよ。
2011/8/1(月) 午前 11:40 [ eiji ]
「ラジオ深夜便」を時々聞く時がありますが、その一つがマンボでしたのですね。
この「ラジオ深夜便」はAMとFMの同時放送ですが、私はFMで聞いています。
マンボを時々CDでも聞いて、当時を思い出して、一人悦に入っているときがあります。
マンボの他に、タンゴとか、当時の映画音楽サントラ盤などをなどを聞いています。
音楽はいつまで経っても歳は変わらない感じです。
では、またね。
2011/8/1(月) 午後 5:05 [ ヤマ ]
ヤマさん 「ラジオ深夜便」のファンがひとりでも多くいると、うれしくなります。
当方はAMを点けっぱなしにしていますが、その理由はFMだと聴きたくない音楽が時折り流れるためです。
音色はFMのほうが優れているようですが。
2011/8/2(火) 午前 10:15 [ eiji ]