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新潮社発行の月刊誌『波』を数年前から定期購読しており、毎月、新しい号が送られてくるのを楽しみにしている。
2年ほど前から連載中の『高峰秀子の言葉』を読みたいからだ。
著者は、高峰秀子の晩年、養女として迎えられた斎藤明美という元雑誌記者。
タイトルのとおり、あの名優の発言を柱とする一種の伝記本だが、
幾度その内容に感動させられたことだろうか。
伝記本というと、生い立ちから成功に至るまでを体系的に著すのが一般的だが、
この連載は題名に「…の言葉」が付されているように主人公の発言が柱になっている。
一例を挙げると、連載22回で「私、その成れの果てです」をタイトルとしているように私的で、
なおかつ気取りがない。
その場面は、近所の魚屋に普段着で買い物に行った折、店の主人から
「あそこに女優の高峰秀子さんが住んでいるんですよ。知ってました?」と言われたという。
すると、ご本人は「私、その成れの果てです」と軽く応じたという。
かつての大女優であれば、そんな言葉は出てこないだろう。
そんな小さな逸話ひとつで、着飾らない、真っ正直の人間性が浮かび上がるではないか。
「男の人は職場で見るに限ります」という発言も、うなづけるし、当人の結婚観を表している。
よく知られるようにご本人は、脚本家で映画監督の松山善三と結婚したが、
その流れでもある教えだし、一言でもあるようだ。
この夫妻は『カルメン故郷に帰る』という木下恵介監督の名作で、主役と助監督という関係から知り合ったが、
男を見る目は、鋭く、正しかったのだろう。
このような一言々々がこれまで25回も続いた連載の、それぞれ見出しになつている。
読ませてもらう側としては、2年余りも愉しんだし、感動させられたわけだ。
いずれ連載が終わったところで単行本になるだろうが、それを手に取るときがまた楽しみだ。
因みに、高峰秀子は2010年末、86歳で逝去している。
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養女だった方が直接耳にした日常の思いだからこそ、読む者の胸に届くのでしょう。
ご紹介いただいた二つの逸話だけでも、高峰秀子と云う人の本質がわかります。
いまでも記憶に残っている映画の一つ『綴り方教室』が、ブログを読みながら思い出されました。
2013/8/19(月) 午後 8:36 [ tadaox ]
TADAOXさん
端的で的確なご感想、ありがとうございます。
説明足らずでしたが、養女になられた作者は、『週刊文春』の記者として長年、数多くの有名人にインタビューしてきた末、その対象の1人だった高峰秀子に認められ、かつ可愛がられていたのでしょう。
そんな断片も覗いていますが、義理の母親の没後、立派な仕事を成し遂げたとも言えるようです。
単行本化されたら、もう一度、読み直してみたいものです。
『綴り方教室』という映画、あいにく鑑賞できませんでしたが、借りてきて観てみたいものですね。
2013/8/20(火) 午前 10:19 [ eiji ]
高峰秀子といえば私にとっては何といっても映画『二十四の瞳』の大石先生役です。






昭和29年に封切られたこの映画、中学のとき学校の映画鑑賞で観たのですが(当時は年に何回か学校で映画を見せてくれました)、高峰さんと子どもたちが演技っぽくなくとても自然な感じがして惹きつけられました。その印象はいまでも鮮明です。(ほかの事は忘れっぽいのに)
丑さんの文章でいま知りましたが、あれは高峰さん本来のの人柄からきていたのですね。
知恵熱おやじ
2013/8/20(火) 午後 4:56 [ asa*ka* ]
知恵熱おやじさん



あっ、そうですね、ぼくも『二十四の瞳』は忘れられない邦画の名画だと信じていますし、あの一作でデコちゃんが好きになったようなものです。
それから松山善三監督と結婚したというニュースには、ガクッとしたことを憶えておりますが、結果的には理想的で、素敵な夫妻だったと思うようになりましたよ。
ともかく、単なる人気俳優にないような人間味を感じさせた女優さんでしたね。
2013/8/21(水) 午後 3:25 [ eiji ]