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このところ寒さが増すとともに大気の乾燥も著しい。
そうなると、楽しみの一つに富士山を眺められることが加えられる。
しかも、我が塒(ねぐら)から望めるところが嬉しい。
上の画像がそれに当たるが、なあに自慢できるようなものではない。
我が家の二階デッキに出て、首を西のほうに向けると、
富士山が辛うじて視界に入るだけのことだ。
「あれが世界遺産かー」と溜め息が出るほどだが、
あまりに遠景のせいか、威厳は感じられない。
前景がゴチャゴチャしているからだろう。
その点、と言ってはなんだが、終戦直後に眺めたころは、
大きく、光り輝いていたと思う。
そのことは既報したが、我が一家は終戦直後、中国から引き揚げ、
東京都内を転々と移り住んだが、そのひとつに渋谷区の原宿があった。
戦時中、兵舎だった建物を改装し、都営アパートにしたもので、
その最上階、つまり4階に一家が住み着いたのだ。
その部屋から下界を見渡すと、真っ先に富士山が視界に入るわけで、
まだ小学生であったぼくでさえ、その美しい雄姿に感動したのだった。
距離としては、現在暮らしている湘南よりも遠いけれど、
思い起こしてみると、富士山は今よりずっと大きく見えたものだ。
そなことも思い出しつつ、この冬、富士の雄姿に再会できるのが嬉しい。
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富士山の今昔、さまざまな要因があって複雑ですね。
でも、自宅から見える富士もいいですね。
いつも見守られている感じで、羨ましい限りです。
2014/1/22(水) 午後 9:49 [ tadaox ]
おっしゃるとおりですね。
富士山の今昔物を著したら、ものすごい深みや奥行きがあることでしょう。
さんなこと念頭に置かず、ただ呆然と眺めている自分が恥ずかしくなります。
まあ、世界的にその「地位」が高まり、認められたことは喜びましょう。
2014/1/23(木) 午後 10:00 [ eiji ]