丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

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 我が家の近くで河津桜が満開を迎える時節となった。

 そう思うと、居ても立ってもおられず、飛び出していく。
 それがここ数年の年中行事ともなっている。

 今年も三月になると、じっとしておられず、晴天の下、出かけてみた。

 案の定、青空の下、見事に咲き誇っているではないか!

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 そこは通称「蓮沼」の傍らにある広場で、人影もまばらだ。
 
 早咲きの河津桜を愛でるには好適な場で、何本かが優しそうに並んでいる。

 そこで毎年、決まって思い浮かべるのは、かつて伊豆の河津で花見をしてときのことだ。
 
 はるか数十年前、伊豆の下田に通いつめていた頃、この時節になると、
 お邪魔していた須崎半島の宿で、ご主人夫妻と共に、河津に足を伸ばし、
 河津桜の見物に出かけたものだ。

 ご高齢の夫妻だったが、このお花見にはことのほか喜んでくれて、ご機嫌になり、
 その足で近くの共同浴場=温泉に行き、一服するのだった。

 あれから50年近くも経ってしまったけれど、つい最近のことと思えてならない。


 そんなことを思い出しつつ、近所のお花見に満足するのだったが、
 さらに思い出すのは、近年のお花見でもある。

 ひところ、この時節になると、友人たちと共に楽しんだものだ。

 世話人のような友人がいて、満開の頃、声をかけてくれるのだった。
 それは河津桜の時季ではなく、もう少し後の染井吉野が満開になる頃だ。

 東京近郊が中心だったが、十人余りが集まり、飲み物、食べ物持参で。
 そして、盛大な宴会となるわけだったが、昼下がりから盛大に飲んだものだった。


 そんな時代もあったが、今や孤独に近所で河津桜をひっそりと愛でるに至っている。
 ローマ在住の我が娘が懐かしのクルマのモデルを贈ってくれた。

 恐らく40年以上も前に製造されたもので、それらが小さな模型になっている。

 それでも、しげしげと眺めると、往時のさまざまな事柄が思い出されてくる。

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 左の真っ白の車体は、1959年製の「フィアット2100」で、
 いかにも往時を偲ばせるではないか。

 実はぼくもこのタイプのフィアットを乗り回していた時代があり、
 折柄、青春真っ只中にあったので、意気がって遠距離ドライブに使ったものだ。

 ただし、ボディカラーは紺色一色で、上掲の黒いトップの純白車体とは異なる。

 それにしても、その愛車に乗ったことはないはずの娘が同じタイプを発見したのは、
 当ブログで以前、「我が愛車シリーズ」のような雑文を写真付きで載せたので、
 憶えてくれていたのだろう。

 ともかく、自動車先進国のイタリアでは当時、最も粋な車種だったと見え、
 その面影をそこはかとなく漂わせているではないか。


 右はフランスの{シトローエン 2CV}」で、1957年製造。

 これを愛車にしたことはないけれど、このスタイリングは気に入っていた。
 いかにも、フランスらしい粋を集めたような小型車で、微笑ましい。

 これも2トーン・カラーだが、トップ(天井)は巻上げ式で、好天時には開けるのだろう。

 ショックアブソーバー方式も独特で、上下動しながら走る姿が印象的だ。

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 上は英国製のコンサル・コルチナで、電送された映像を転写したもの。

 それには訳(わけ)があって、娘がこのモデルも注文したところ、
 なかなか納品されなかったそうだ。

 たまらず業者に督促したところ、なぜか納品できなかったようで、
 その代わりみたいに画像だけ送られてきた。

 むろん、支払い済みの代金は返却されたとか。

 そんな一件だけでも知ると、英国人の律義さが偲ばれるようだ。


 ともあれ、このカー・モデルは仕仕事部屋に飾り、目を楽しませてもらおう。

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 那珂川という清流は、栃木、茨城、福島の関東3県にまだかる大河だそうである。

 そのなかで茨城県に旅した後輩が、滔々と流れるこの大河を写した映像を送信してくれた。

 上の映像を見ると、朝靄(あさもや)というか、朝霧というか、
 悠然とたゆたう様が浮かび上がっているではないか。

 ひょっとして雪を被っているかもしれないと思えるのは、
 この時季、関東各地が雪に見舞われたからかも知れない。

 そうであろうと、なかろうと、いかにも真冬の大河の雰囲気が伝わってくる。



 下の映像のほうは、雰囲気ががらりと変わり、夕暮れ時のワンショットであろうか。

 大河というよりも、孤独で親しみやすそうな川の表情が浮かび上がってきそうだ。

 人待ち顔をしたような小舟が舫われているので、余計にそう感じる。

 それにしても、上の写真も下の写真も、その風情は大河とは縁遠く、
 楚々として親しみ深い、そこいら川と感じるのは、なぜだろうか。

 しかし、この関東随一とされる清流は、全長が150キロにも及ぶというから、
 余計に興味が湧く。

 しかも、鮭が大量に遡上する大河とされているそうで、なおさら興味深い。

 

雄大な冬山の景観

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 後輩が出張先の秋田県で撮影した映像を送ってくれた。

 おお、なんとも素晴らしい雪景色ではないか!

 このところ、東北や北海道では氷点下の日々が続いているが、
 日頃、関東界隈でぬくぬくしている身にとっては、白雪とは縁遠い。

 そんなところへもってきて「ドカーン!」とばかり示してくれたのが、 
 この雄大で壮大な冬山の景観だ。

 場所は秋田県の大館市から望んだもののようで、山岳の名は知らないが、
 その近辺では、ごく当たり前の山であろう。

 北の地方では、当たり前の雪景色には違いないであろうが、
 そうだとしても、なんと美しく輝いていることか。

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 もう一枚の映像は、雪の川べりとでも言えようか。
 
 小又川という字が示されていたので、それに違いなかろう。

 それにしても、凍えるような川で、そこに生物の存在なんぞ想像できない。

 これを見て、ふと思い出したのは、自分が高校生の頃、長野県を旅したことだ。

 冬休み、級友の出身地である長野の小谷村へ足を延ばしたわけで、
 積雪のため列車が運行していなかったため、徒歩でひたすらその村に向かったのだ。

 ひたすら線路脇を歩くような難行苦行であったが、たまに小川と行き違った。
 凍えるほどの寒さだったが、若さがそれを吹き飛ばしてくれたように思う。

 上の映像を見て、あの難行苦行が蘇るようであった。



 

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 このところ寒さが増すとともに大気の乾燥も著しい。

 そうなると、楽しみの一つに富士山を眺められることが加えられる。
 しかも、我が塒(ねぐら)から望めるところが嬉しい。

 上の画像がそれに当たるが、なあに自慢できるようなものではない。

 我が家の二階デッキに出て、首を西のほうに向けると、
 富士山が辛うじて視界に入るだけのことだ。

 「あれが世界遺産かー」と溜め息が出るほどだが、
 あまりに遠景のせいか、威厳は感じられない。

 前景がゴチャゴチャしているからだろう。

 
 その点、と言ってはなんだが、終戦直後に眺めたころは、
 大きく、光り輝いていたと思う。

 そのことは既報したが、我が一家は終戦直後、中国から引き揚げ、
 東京都内を転々と移り住んだが、そのひとつに渋谷区の原宿があった。

 戦時中、兵舎だった建物を改装し、都営アパートにしたもので、
 その最上階、つまり4階に一家が住み着いたのだ。

 その部屋から下界を見渡すと、真っ先に富士山が視界に入るわけで、
 まだ小学生であったぼくでさえ、その美しい雄姿に感動したのだった。

 距離としては、現在暮らしている湘南よりも遠いけれど、
 思い起こしてみると、富士山は今よりずっと大きく見えたものだ。


 そなことも思い出しつつ、この冬、富士の雄姿に再会できるのが嬉しい。


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