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中国から引揚げた後、東京に移り住むようになったのは、前述した。 |
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先日来、木彫りの作品を相次いで拙ブログに投稿した。 ところが、その後、拙宅には他に木彫りがあることに気付いた。 ただし、自作ではなく、数年前に買ったり、いただいたものだ。 だったら、しつこいようだが、それらも写真に撮って続編にと思い立った。 見てのとおり、やはりアフリカっぽいものが多い とりわけ左のお面みたいなものと、右から二番目の坐像はアフリカっぽい。 個々の作品の曰く因縁は知らないが、どこかで買い求めたに違いない。 その場合、やはり原始的な雰囲気のある作品に惹きつけられたのだろう。 そして、込み入った彫り方から見ると、しかるべき職人か、芸術家の作品にも思えてくる。 なかでも中央の背の高い裸像は、西洋人的でもあり、見事な作品だ。 この材は、かなり堅い木のようで、磨くとさらに魅力的になるだろう。 これを買ったとすれば、結構な値段に思えるが、どこで、いくらで入手したかは思い出せない。 その裸像の足元に横たわっているのは、実は自分の娘の作品だ。 鯨を模して彫ったものと思われるが、稚拙ながらも愛嬌がある。 当時、その娘は伊豆七島の、ある島で働いており、海辺で見付けた木切れで彫ったのだろう。 折柄、おやじ(ぼく)が木彫りに熱中していたので、その影響を受けたと思うと胸が熱くなる。 ともあれ、それぞれの木彫りは目下、我が家のあちこちに産卵している。 それらを時折り目にすると、何やら生き抜く力が湧いてくるようだ。
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中国の天津からLSTに乗せられて引揚げた先は、山口県の仙崎であった。 |
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ローマ在住の娘から新年のカレンダーが送られてきた。 「うわーっ、これは凄い!」と親父はたちまち溜め息。 その昔、実物や写真で見て感嘆したヴィンテージ・カーのオンパレードではないか! イタリアはクルマの最先進国であるだけに、どれほど感動的な名車を生み出してきたことか。 それら名車群が1年12ヵ月の暦を飾っているなんて! まず1月は、伝説的なブガッティで、ボディカラーは名車にふさわしく鮮やかな黄色。 こんな乗用車がイタリアの街々をゆったりと走っていたなんて夢のようだ。 3月の暦をめくると、イソルタ・フラッシーニだ。 あいにくこの名称には覚えがないけれど、その長い車体の優雅なこと。 4月のОMというクルマにも記憶はないが、 レイアウトから察してレーシング・カーとして名を成したのだろうか。 6月は古都ボローニャでのカーレースを描いたもののようで、 百年近くも昔、イタリアではこんな競技が展開されていたことを知る。 飛んで7月はシトローエンの登場だ。 この車種は確かフランス製だと思うが、古城を背にしたレイアウトは、 いかにもその当時のイタリアの古城を連想させる。 おやっ、8月は米国製の大型車ビュィックの登場だ。 何やら貴族がドライブを楽しんでいる図のようで、古き良き時代を偲ばせる。 と思うと、9月はドイツ車の登場だ。 同国の名車、メルセデス(ベンツ)の、しかも相当古いタイプが描かれている。 10月になると、イタリアの名車、ランチアがが顔を出す。 装備したタイヤも強調されているようで、タイヤ製造では最大手のミシェランも浮かび上がる。 11月はイタリアに戻り、名門のイソルタ・フラッシーニの名が強調されている。 そして、12月はこの暦の表紙を飾るモナコでのカーレースが描かれており、 その熱狂ぶりがうかがえる。 とかなんとかで、乗用車やスポーツカーの歴史の一端を楽しめるようなカレンダーで、
ぼくのような老青年の夢をかきたてるに充分だ。 |
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仰々しくも『我が熱中症時代』と称し、過去に惚れ込んだ趣味趣向を拙ブログに連載したことがある。 その一環として「木彫り」を取り上げ、その作品群を写して掲載もした。(今年6月3日付け) ところが、それが作品のすべてでないことに最近、気付いた。 押入れみたいな所で発見したのだ。 ほんの3体に過ぎないけれど、それだけでも彫った当時のことが思い出され、 あらためてカメラに収めた。 確か木彫りを始めた頃の作品で、拙さが目に付くけれど、旧友に再会したような懐かしさを覚えた。 右のお地蔵さんのような木像は、最も古い作品で、ひょうきんながらも味がある。 堅い木の切れっぱしを彫って作ったもののようで、苦心の跡もうかがえる。 多分、これに調子づいて次々に彫り始めたはずだ。 中央の象を模した作品は、木切れを拾ったときに象を連想したのだろう。 もともと原型がそんな形をしていたからだ。 木の材質が柔らかそうだったので、容易に彫り進めることができた。 背中には壁に掛けやすいように施されているのも面白い。 右のお面のような一品は、苦衷に満ちている自分を表しているのだろう。 これは樫か何か堅い木を使ったもので、苦心して彫った跡がうかがえる。 この『熱中症』シリーズでは、「刺し子」も取り上げたが、 投稿後、なんとも心ほだされることがあった。 自分で作った刺し子に再会できたのだ。 以前、友人に我が刺し子作品を進呈したところ、彼が写真に撮って送ってくれたわけ。 これまた、はるか以前に作った(刺した)もので、それが他家で健在だったのだ。 それを久しぶりに見て、なんとも言えぬ懐かしさを覚えたのだった。
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