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この季節になると、近くの畑の脇に咲くアガパンサスの花を眺めたくなる。 すっきりするような清楚な薄紫色で、何か語りかけてくるような感懐すら覚えるから。 そうだ、この花を初めて眺めたのは、15年ほど前だ。 場所は米国サンフランシスコ近郊の住宅街で、夏が近付くと咲き乱れていた。 あの当時、年に2回か3回、渡米し、かの地で穏やかな日々を過ごしていたものだ。 姉がサンフランシスコ対岸にあるエメリーヴィル市で暮らしていたので、 それを頼ってしばしば出かけていたわけ。 ところが、何回目かに訪ねた1977年の早春、その姉が突然、倒れてしまった。 生死の境をさまようような重篤な病で、ぼくは動転した。 以来、近くの大きな病院で入院生活が続いたわけで、ぼくら親族も苦しみ抜いた。 そんな折、失意のまま近隣の住宅地を歩いていると、優しく目に飛び込むのがアガパンサスの花だった。 まさに群生しているようで、その瑞々しい花の色が心を慰めてくれた。 だが、姉は回復することなく、病身のまま帰国せざるを得なくなった。 そうして倒れてから3年後、東京で他界してしまったわけで、家族にとってもその痛手は深かった。 あれからしばらくしてぼくは湘南の藤沢市に住み着き、近くでアガパンサスと出合ったとき、 昔日の悲しい想いがどっと蘇ってくるようだった。 いえ、愛撫してやりたくなるほどの親近感が湧いてくるといえば、良いだろうか。 因みに、この花を検索すると、和名は「紫君子欄(むらさきくんしらん)」とある。 なんと優雅な命名であろうか。
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2013年06月26日
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