丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

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我が玉響の偲び その7

 中国の天津からLSTに乗せられて引揚げた先は、山口県の仙崎であった。

 そこから各人は故郷などへ帰るのだったが、我が一家は末っ子の治療のため、
 まず向かったのは、同県の小串にある旧陸軍病院だ。

 初春の頃で、おふくろと幼い末っ子を除き、おやじを始めとしたぼくらは、
 病院の前にある海岸で遊んだものだ。

 それから間もなくして一家全員で東京に移り住むことになる。

 親戚が杉並区の高円寺で暮らしており、その家が我が一家を引き受けてくれたのだ。

 こうしてまずは東京で暮らせるようになり、おやじの仕事の足場にもなった。

 おやじが戦前・戦中に勤めていた同盟通信は解体され、時事通信と共同通信に分離したわけで、
 おやじは前者に職を得たのだ。


 それはともかくとして東京に移り住んで早々、次に襲ってきた難事は食料難であった。
 終戦直後の数年間、日本中が飢えに苦しんでいたのだ。

 4人の育ち盛りの子供を抱えた我が一家も、想像を絶する辛酸を舐めていたに違いない。

 例えば、思い出せる食べ物には、ふすま御飯があった。

 小麦を粉にする際に出る麦の皮がふすまで、本来なら捨てるところだが、
 それを煮て、御飯代わりにしていたのだ。

 海藻を饂飩(うどん)にしたような食べ物もあった。
 それにカレーみたいなものをかけて食べさせられたりもした。

 いずれも不味いったらありはしなかった。

 自家製パン焼き器で、ありあわせのメリケン粉をパンにしたのもあった。

 そんな苦労をして一家の食生活を支えたのは、おふくろだった。


 時折り家の近くの道端で魚の配給があり、そのリアカーを覗いてみると、
 何やら汚い魚が山と積まれていた。

 巨体のアンコウが放り出されており、魚屋がその腹を割いたら、小魚が出てきたのを憶えている。

 お菓子なんて贅沢な食べ物は無論、口に入らないが、僅かな楽しみは山田ガムにありつけた時だ。
 松やに臭いチューインガムだが、薄い甘味がうれしかった。


 そんな状況にあっておふくろはぼくらを飢え死にさせることなく育ててくれたのだ。


 おやじもそれなりに頑張ってくれていた。
 その面で忘れることができないのは、食料の買出しである。

 リュックを背負ったおやじと一緒に千葉へ買出しに行ったときのことは、とりわけ忘れられない。

 農家を回り、サツマイモでも売ってもらおうとしたのだ。

 それでそこそこ成果が上がり、東京へ戻るわけだが、その帰りの電車が満員で、
 復員服を着た男連中がひしめき、チビのぼくはその足元で縮こまっていた。

 すると、電車が失踪中、なぜかドアが開いてしまった。

 ドア側にいたぼくに風が当たるだけならいいが、押されて電車から放り出されそうになった。

 そのとき、おやじは「子供がいるので押さないで!」と叫んだ。
 わが子を守ろうとする親の必死の願いだった。

                                      (つづく)

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