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その昔、我が娘たちが幼かった頃に愛用していた食堂テーブルに再会できた。
下の娘が先日、引越しをしたので、その機会に実家から贈られたそうだ。
それを知った時、どんなテーブルかを思い出せなかった。
しかし、気になって仕方ないので、写真に撮って電送してほしいと頼んだ。
すると、間なしに送られてきたのが上の映像だ。
見た途端、往時のさまざまなことが蘇ってきた。
まず、このテーブルはいかにも自分好みの純木製で、しかも折り畳むことができた。
大勢で食事するときとか、皿などの食器がたくさん並ぶ時には、広げられるのだった。
往時の賑やかな夕食の光景が思い出される。
また、あの当時からか、純木製の家具や調度品にこだわっていたことが分かる。
それは今でも続いており、合成樹脂などで造られた物は避けている。
そんなこだわりが浮かび上がってくる思い出深い一品ではないか。
ところが、あっちこっちに引っ越したり、一家が分散するに従い、
忘却の彼方に消えそうな家具もある。
加えて人間、年齢を経るに従って何事も構わなくなってしまうのだろうか。
今となっては、家具調度品なんぞ、どうでもいいやとの諦観にも似た思いに陥っていく。
思わず再会できた古き家具に出合えてうれしかったけれど、
最早、精神の復興が無理なことも思い知らされた次第。
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