丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

読書

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]

イメージ 1

 ドイツ文学者の池内紀(おさむ)の話ぶりが以前から気に入っている。

 とつとつと、または淡々としてコクのあるところに引きずりこまれるのだ。

 近くの図書館に行ったら、『ひとり旅は楽し』(中央公論新書)と、
 『ニッポン発見記』(講談社現代新書)という2冊の本が並んでいた。

 両方とも同氏が著者で、その題名に惹かれ、2冊とも借り出してきた。

 早速、『ひとり旅……』のほうから読み出したら止まらない。

 著者はひとり旅が好きか習慣化しているようで、
 多くの体験に基づきながら淡々と話を進めていく。

 かといって箇条書きのように旅の話を進めていくわけではなく、
 あっちこっち話が飛びながらも、豊富な経験や思考が展開されている。

 小見出しの一部を挙げると、「島に渡ると」「海辺は冬がいい」「札所をまわる」
 などが記されているかと思うと、
 「歩き方のこと」「足かクルマか」「ステッキをお伴に」などが続く。

 内容は旅に関するものばかりだが、目的地は縦横無尽。
 それこそ日本全国にまたがっている。

 そのほとんどがひとり旅なのは、本文から引用すると、
 「権力とか権威がキライで、イバリたがる人には、なるたけ近づかない。
 たまに仲間に会うのはうれしいが、なるたけひとりでいたい」となる。

 手前味噌になるが、ひとり旅を多く経験してきたぼくも、心情は同じだ。

 ただし、この著者は知識や学問が豊かなので、その片鱗を覗かせる。
 それも堅苦しくなく、さらりと説いているところがいい。

 ぼくも同じ思いをしているのは、宿探し。

 「ひとり旅には宿が問題だ。というのは日本旅館はひとり客をよろこばない。
 みにくいアヒルの子のように毛嫌いする」というわけ。

 だけど、そうはさせじと妙案をいくつか提示してくれる。
 むろん、庶民的レベルのことで、いかにも参考になる。

 なお、本編は雑誌『中央公論』に2002年から2年間にわたって連載された。

 さて、次は『ニッポン発見記』に読み移るつもりだ。

 これは「北海道・東北篇」「中部・関東篇」「関西以西篇」に分かれており、
 いまから読むのが楽しみだ。

イメージ 1

 頭記を主題に『最果ての要衝・占守島攻防記』を副題とする本書を目にしたのは、
 新潮社の新刊案内誌『波』であった。

 主題からして太平洋戦争終結の2日後のことがテーマだと分かり、強く興味をそそられた。

 著者はノンフィクション作家の大野芳(かおる)で、
 単行本としての刊行は2年ほど前だが、このほど同じ新潮社から文庫として再刊されたのだ。


 まず、占守島(しゅむしゅとう)とは、どんな島か ?

 北海道から北西に連なる千島列島の最北端に位置している。

 ソ連(当時)とは、目と鼻の先にあり、その孤島で大戦終結直後にも
 戦闘のあったことが察せられた。

 オホーツク海に面する千島列島といえば、
 北海道寄りの歯舞、色丹、国後、択捉などの島々の名は、問題絡みもあって知っていたが、
 占守島なんて寡聞にして初耳。

 ところが、今から65年前、ソ連との間でとんでもないことが起きていたのだ。

 表題で分かるようにポツダム宣言受託で終戦が決まった2日後、
 ソ連軍がこの小さな島に攻撃を加え、占領しようとしたというわけ。

 そうはさせじと立ち向かうのは、まだ在留していた日本軍。
 ただ、敗戦決定後だけに問題はややこしい。

 その当日と、ソ連軍が上陸してきた3日間の攻防が、
 仔細に描き出されているのが本書の中心。

 そこには無数といわれるほど両国の軍人などが描き出されており、
 とてもここに列挙できるものではない。

 と同時に、事の成り行きが刻一刻と仔細に説かれている。
 それだけに読み始めたら止まらないほどの迫力だ。

 そして、感嘆するのは著者の取材力と調査力で、
 それもそのはず本書を上梓するまで20数年間も要したという。


 結果的に占守島はソ連の手に落ちず、日本の一角として残ったわけだが、
 時ならぬ戦いで日本兵にもソ連兵にもおびただしい戦死者が出ている。

 そればかりでなく、捕虜となった旧日本兵がソ連内地に送り込まれ、
 重労働を伴う抑留生活を余儀なくされている。

 そして、読後感として強く植え付けられたのは、悲惨な戦いにあっても、
 日本軍の幹部級が発揮した指導力と統率力だった。

 同国人としてそのリーダーシップに脱帽するとともに感動すら覚える。

 「大和魂は健在だった」と再認識させられる一方、
 「現在の日本は……」と嘆きたくもなってくる。


 また、本書は冒頭に長島厚という老人物の講演から始まり、 
 エピローグも同氏の話で幕を閉じている。

 占守島での攻防戦を実際に体験した方で、平成18年のこの講演を話の両端にしたのは、
 見事な手法だと思う。


 私的なことのからみでは、終戦の詔勅があった前日の8月14日、
 天皇の玉音放送が国内のみならず在留邦人のいた国外の関係者にも、
 予告されていたことを本書で知った。

 今年8月15日付に当プログで呈した疑問がこれで説かれたのだ。


 なお、作者の大野芳の作品では以前、
 『特務艦[宗谷]の昭和史』という力作を読んでいる。

 これまた壮大なノンフィクションで、作家としての力量を知らされた。

イメージ 1


 磯遊びが好きな者にとって欠かせないのは『潮時表』だろう。

 この場合、磯や海辺で遊ぶとは、釣りや潜りや波乗りなどを表している。

 上の小さな冊子がそれで、ぼくにとっては長年、海の関するバイブルだ。

 釣具店で1部百円ほどで買えるのだから、ありがたい。

 それで1年12カ月の毎日の潮の干満が分かる。

 潮とは、小潮〜長潮〜若潮〜中潮〜大潮という順で巡るもので、
 月に1回、朔月と望月(満月)があり、その日の前後が大潮だ。

 大潮は潮の干満が最も大きいわけで、この数日間、
 潮が最も大きく引く昼前のひとときが潜るのに絶好のチャンス。

 釣り人にとっては、大潮の日は魚の餌づきがよい。

イメージ 2


 ただし、大潮でも季節によって干満の度合いが異なる。

 3月から4月にかけの春季、9月から10月にかけての秋季の一時期、
 潮がいちばん引く。

 俗に〈春の大潮〉〈秋の大潮〉というわけで、
 その日程を『潮時表』で確かめながら、胸躍らせる。

 そのころ磯へ行くと、それまでなかったほど潮が引いており、
 ぼく流の獲物があらわになつているという次第だ。

 あるいは潜ると、日頃は深めの所が浅くなっており、収穫がより容易になる。

 ただし、ぼやぼやしていると、潮の満ち引きが速いので、好機を逸することも。


 ところで、潮の干満は月の引力によっているらしい。

 その原理など詳しく知らないが、
 干満は通常、日に2回あるというのも不思議だ。

 月と地球の不思議な関係に想いを巡らせてしまうわけだが、
 それを解明していった人間の知恵にも恐れ入る。

 また、『潮時表』に示されている細かい時刻は、
 東京芝浦に標準時刻を定めてある。

 例えば、今月の大潮で最も潮が引くのは、23日午前10時58分だが、
 これは芝浦を基準にしたもので、
 湘南に引き直すと、マイナス0.5分になるとか。

 そんな細かいことまで気にしないけれど、ともかく『潮時表』を眺めつつ、
 磯遊びの日取りや時刻に思いを馳せるのは楽しい。
イメージ 1


 これまでに吉村昭の著作を多く読んだわけではない。

 『戦艦武蔵』などの戦記物や歴史物の一部だけだが、
 いずれもその調査力や執拗な取材に驚嘆させられた。

 今回はその作家のエッセーとも自伝とも言える『昭和歳時記』を読み始めたら、
 もう、引き込まれてしまって止まらない。

 文春文庫による初版は平成4年で、このほど第2版が出たのだ。

 目次に目を通したら、著者本人の生い立ちや体験などが盛り込まれている。
 それを見ただけで、ぼくが求めていた本だと感じた。

 〈あとがき〉に「私の生年月日は昭和2年5月1日である。
 前年の大正15年末に大正から昭和に改元されているから、
 私は昭和という時代を充分に生きてきたことになる」と記されている。

 ぼくより10年ほど先輩になるが、それだけに昭和という時代の、
 この国の暮らしなどが如実かつ的確に描かれているようだ。

イメージ 2

 一例を引くと「戦前の東京の冬は、ことのほか寒気がきびしかった。
 雨戸を開けようとしても、凍りついて開かない朝もある。
 水道は水が凍って出ないので、管を藁で巻き、さらに熱湯を注いだりした」などとある。

 著者は東京の日暮里駅近くの中流家庭で育っており、
 戦前から戦後しばらくの街の様子についても詳しく述懐している。

 その中身は特別な記憶力の成せる業か、調査力のせいか、非常の詳しい。

 二部から成っており、第一部の《昭和の下町》は、〈物干し台〉〈焼け跡での情景〉
 〈帽子と履物〉〈電灯とリヤカー〉〈病気あれこれ〉〈火の見やぐらと長火鉢〉
 〈映画とラジオ〉〈闇の中の都電〉など。

 第二部《昭和歳時記》は、〈桜〉〈蛙〉〈パナマ帽〉〈虱〉〈茸採り〉
 〈月と星〉〈冬の夜語り〉〈夜汽車〉と続く。

 どれもこれもあの時代が浮かび上がり、ぼくぐらいの年配の者には、
 懐かしく思い出されることが盛り込まれている。

 戦後以降に生まれた人たちには、彼我の差がどんなに大きいか、
 再認識するためにも読んでほしい一冊でもある。


 私的な余談になるが、吉村昭氏とは一度、声を交わしたことがある。

 この人の夫人は芥川賞作家の津村節子さんで、
 彼女にちょっとした用事があり、自宅に電話した。

 そのとき受話器に出たのがご主人の吉村氏のほうで、
 なんとも暗い声で応答してきた。

 「津村さん、おられますか?」と切り出したら、「オーイ、電話だぞ」との声。
 そのぶっきらぼうさに、こちらはおののいたのだった。

 因みに、吉村昭は4年前に他界している。

イメージ 1

 
 佐藤愛子著の新刊本を買ってきて読んだ。

 この本を求めたのはまず、そのタイトルに惹かれたからだ。

 86歳にもなった著者が自らを老兵と位置付け、
 おやすみ前の消灯ラッパを吹く。

 そんなイメージが浮かび上がり、ペーソスも感じられた。

 
 この老作家の著した本をこれまで何冊読んできただろうか。

 大冊『血脈』はもちろんだが、とくに快哉を叫びながら読んだのは、
 私事的エッセーを編んだ《我が老後》シリーズ。

 「そうだ、そうだ」と叫びたくなる一方、
 腹の皮がよじれるほど笑えるのだから。


 その集大成とも言えそうなのが、上記の最新刊。

 版元は文芸春秋だか、初出誌は2年ほど前から連載していた
 《ゆうゆう》という主婦の友社の月刊誌。

 その連載は『老兵の進軍ラッパが』が題名で、威勢がいいけれど、
 単行本化にあたっては、『……消燈ラッパ』としたのは、
 著者独特のユーモア精神が発揮されたためか。


 エッセー20本ほどで、あらすじを書くわけにいかないので、
 各々のタイトルだけを記すと、以下のとおり。

 「思い出の浸り方」「老兵の涙」「うぬっ!」「ヤバン人の教育論」「男泣き」
 「古き良き時代とは」「ベストセラーの謎」「イチャモン時代へのイチャモン」
 「85歳の感懐」「残りの気力」「私の元日」「風船言葉」「我が血脈」
 「孫との付き合い方」「裸男今昔」「悲劇か、喜劇か」
 「ロバちゃん山羊ちゃんのお話」「さくらと私」「人間のいる町」「元気で死にます」

 おおまかに言うと、現代社会や風俗などへの怒りや批判が込められている。

 ご本人を"憤怒の火柱"と称していたが、それが健在なのだ。

 その底辺には、大正から昭和前半の日本人気質と現代を照らし合わせ、
 いかに体たらくになったかの怒りや嘆きがある。

 一例を引くと〈……あの時代は物質的に恵まれなかった代わりに、
 しっかりした精神性があった。礼儀を尊び情に篤く正直勤勉で、
 勇気や忍耐力や犠牲心を美徳として大切にした。

 合理性や便利を望まず、そこから世の中にゆとりが生まれていたのだと私は考える〉
 (「古き良き時代とは」から)

 また、同著には孫娘がしばしば登場するのも、興味を惹く。
 
 おばあさんとお孫さんとの会話のなかに、
 自ずから古今の隔たりが表されているからだ。


 それにしても、大正12年生まれの著者がカクシャクとしているところに、
 本来の日本人の気骨が備わっているから違いない。

 それを感じ取るだけでも、読み応えがあるというものだ。

全7ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
eiji
eiji
男性 / A型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
話題の新商品が今だけもらえる!
ジュレームアミノ シュープリーム
プレゼントキャンペーン

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事