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辺境の地に出張した後輩から、雪国の映像が送られてきた。 場所は群馬県の「みなかみ町」(旧 水上町)で、すっかり雪に埋もれている。 むろん、街中なんぞではなく、奥まった山地のようだ。 そこは何の生き物もいないような静謐の世界と思える。 しかも、すべて色のないモノクロームだ。 群馬と言えば関東地方に属する県だが、その北端にある利根郡のみなかみとなると、 冬季はこんなに雪深くなるのだろう。 以下は蛇足だが、ぼくは高校生だった頃、長野県の奥地に行ったことがある。 冬休みのことで、友人宅を頼って心細さにおののきながらだ。 まず、県内の大きな駅に降り、そこから支線に乗り換えようとしたわけだが、 雪が深いため、その支線の列車は不稼動だった。 やむなく徒歩で、その支線の近くにある友人宅へ徒歩で向かったわけだが、 深い雪に足をとられつつ、何時間歩いたことだろうか。 そこで初めて雪国のすごさを味わった。 ただし、雪に埋もれた地に赴いたのは、その一度きりだった。 そうそう、昭和20年代の終わり頃、東京が大雪に見舞われた。 朝、起きたら、自宅の周囲が雪に埋まっていたほどで、ぼくはかえって嬉しくなった。 そして早速、表に飛び出した。 しかも、長靴も履かず裸足同然で。 それで近所の道を歩き回ったところ、すれ違ったおばさんが「まっ、裸足で!」と言い、 びっくりした様子。 そんな派面が今でも瞼の裏に残っている。 ともあれ、上の映像を送ってくれた後輩は、仕事とは言え、
そんな雪深い地方にまで出かけているのだった。 |
旅と乗り物
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この画像は、長野県伊那市から望む南アルプスの雄姿だ。 いえいえ、小生がそこまで足を伸ばして撮影したものではない。 辺境に行く機会の多い後輩から送信してもらったのだ。 文面によると、「伊那の高遠(たかとう)町から眺められた」とある。 そうか、伊那地方というのがあったっけというのが小生の幼稚な感想。 そして、インターネットでその地名を検索し、位置などを確かめた。 無論、行ったこともない地方だが、すぐに蘇ってきたのは、 高校生だった数十年もの昔、長野へ初めて旅したときのことだ。 長野出身の級友に招かれ、彼の実家を訪ねたわけで、 そこは糸魚川沿いの大町市の近くだったと思う。 冬休みだったので、辺りは雪に埋もれ、心細さと相まって震えが出てならなかった。 その彼の家から少し外出したときのことだ。 時あたかも闇夜で、天空に冷たく星が光っていたが、ドキッとしたのは、 夜空の彼方に望めた真っ白いアルプスの山容だった。 それは目を射るほどの威容で、冷えびえと下界を見下ろしているようだった。 そのときの強烈な印象は、未だに瞼の裏に残っている。 後輩が撮った冬の南アルプスを眺めると、そんな昔が思い出されるのだった。 さらに、もう一枚の写真が添付されていた。 高遠町の近くかもしれないが、野生の狐に出会ったようで、その目がキラリと光っている。 震えるほどの寒さのなか、そんな小動物が怖気づいたようにもみえる。 よくぞ生き延びていると感嘆もするのだった。 咄嗟にシャッターを切った後輩にも感心するが、
文面には「望遠鏡に携帯カメラを付けて撮った」そうで、ご立派。 |
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つい先日、佐渡島へ旅した娘夫妻が写した写真を掲載した。 |
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佐渡島へ旅した娘夫妻からこんな写真が送られてきた。 両津港に着いたときに撮影したもののようで、佐渡の名物である「おけさ柿娘」の像が建っている。 どこかから、ここへフェリーで渡ったもののようだ。 それに10月というのに婿が半袖なので、温暖であることと思われる。 この旅は、そもそも娘の夏休みを遅めに取って実現したとか。 そうなると、この娘夫妻は毎度のことながら、自然豊かな地を目指す。 その点、対馬海流に囲まれた佐渡も、好適な地だろう。 そんな海の眺望は送られてこなかったが、上の画像は同島独特の桶舟のようだ。 海女さんかどうか分からないが、海でなんらかの仕事をする女の人が舟を操っている。 それだけでも、同島の雰囲気が伝わってくる。 この写真は何か分からないが、島の住宅地の雰囲気が伝わってくる。 夕暮れか、朝の早い時間かもしれないが、灯りがボーっとしているところなんぞ風情豊かだ。 当然、現代的なクルマが往来できない横丁で、「♪遠くへ来たもんだ」と思わせる。 都会を離れ、こんな横丁をぶらぶら歩きたくなるようだ。 ところで、娘夫妻は共に野鳥観察ではエキスパートなので、佐渡へ渡れば、 有名な朱鷺(トキ)を求めずにはおれないだろう。 その辺の成果は分からないが、上の絵葉書で察するだけ。 ただ、文面には「トキは現在、冬羽で白く、この写真より綺麗だよ。 田んぼにはそんなトキが13羽も集まっていた」と伝えてくれた。 それはそうとして絵葉書からは飛翔中のこの保護鳥の背面に一本、アンテナのようなものが付いている。 これは何だろうか? ともあれ、余暇を作っての楽しい旅だったようで、この後、新潟と秋田へも行ったそうだ。
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JR東海道線の小田原駅からひとつ先に根府川駅があるのは知っていた。 だけど、その根府川駅のすぐ近く、相模湾に面してキャンプ村があるとは初めて知った。 その施設に身内の一家が逗留するので、ぼくもお招きにあずかった。 駅から急坂を下りると、眼前にそのキャンプ村がある。 名付けて〈なみのこ村〉と言い、民間企業が開発・運営しているオートキャンプ場だ。 大きなキャンピングカーが20台ほど収容できるらしく、そのクルマに投宿するもよし、 何棟かあるログハウスで寝起きするもよし。 ぼくら一行は7人で、うち4人は小学生を含む一家、3人はその親御とぼくだ。 宿泊は一家がキャンピングカー内、3人はこぢんまりしたログハウスという段取り。 さて、到着早々、夕闇迫る頃となり、晩餐へ。 そこは良くしたもので、広いキャンプ村の中ほどにバーベキュー場が設置してある。 そして段取り良く、食材などの準備が整えてある。 このキャンプ村が準備してくれたらしい。 大きなザルには牛肉、魚介類、野菜類がこんもり盛りつけてある。 コンロに取り付けられた網にそれら食材を載せ、焼けていくのを待つ。 そして、焼けた物から順に食べまくっていくわけで、各種の飲み物も用意されている。 かくして食べたり、飲んだりで、時が経つのを忘れるほど。 こんな本格的なバーベキューを楽しむなんて初めてかもしれない。 おまけに潮風がそよそよと吹き込んでくるのがまた、心地よい。 ところで、この地は広大な相模湾に面し、遠くに真鶴岬が望める。 ぼくは若かりし頃、この伊豆半島をどれほど多く巡り歩いたことか。 真鶴もそのひとつで、岬の突端に三つ岩といわれる突起した小島があり、 そこへも渡りたいと思ったものの、とうとう実現できなかったことが思い起こされる。 ともあれ、そうこうしているうちに夜が更ける。 となると、街ではないのだから、辺り一帯は暗闇に包まれる。 かくして静かにねぐらに入ることにするか。 子供を含む一家は、キャンピングカーに静かに収まる。 良くしたもので、その車内にはベッドが2つあるし、 天井に相当するスペースでも寝られるようになっている。 こうしてこの一家4人は、ここに来る前に3ヵ所ほど泊まりながら旅をしてきたそうだ。 子供たちにとっては、父親の運転するキャンピングカーでの、またとない長旅だろう。 さて、朝が明けるとまた、食事の時間がやってくる。 前夜とは違い、さらに海辺に近い所に野天の食事場が用意されている。 ここでまた、小さな宴を催し、それぞれ体力を充填していくようだ。 とりわけ子らにとっては、まだ遊びまくりたいだろうから。 採集網など持ち、わくわくしている様子だ。 かくしてその日の午前中、それぞれ充分に充填し、帰路に着くのだった。 |



