丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

自然と共に

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 我が家の近くで河津桜が満開を迎える時節となった。

 そう思うと、居ても立ってもおられず、飛び出していく。
 それがここ数年の年中行事ともなっている。

 今年も三月になると、じっとしておられず、晴天の下、出かけてみた。

 案の定、青空の下、見事に咲き誇っているではないか!

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 そこは通称「蓮沼」の傍らにある広場で、人影もまばらだ。
 
 早咲きの河津桜を愛でるには好適な場で、何本かが優しそうに並んでいる。

 そこで毎年、決まって思い浮かべるのは、かつて伊豆の河津で花見をしてときのことだ。
 
 はるか数十年前、伊豆の下田に通いつめていた頃、この時節になると、
 お邪魔していた須崎半島の宿で、ご主人夫妻と共に、河津に足を伸ばし、
 河津桜の見物に出かけたものだ。

 ご高齢の夫妻だったが、このお花見にはことのほか喜んでくれて、ご機嫌になり、
 その足で近くの共同浴場=温泉に行き、一服するのだった。

 あれから50年近くも経ってしまったけれど、つい最近のことと思えてならない。


 そんなことを思い出しつつ、近所のお花見に満足するのだったが、
 さらに思い出すのは、近年のお花見でもある。

 ひところ、この時節になると、友人たちと共に楽しんだものだ。

 世話人のような友人がいて、満開の頃、声をかけてくれるのだった。
 それは河津桜の時季ではなく、もう少し後の染井吉野が満開になる頃だ。

 東京近郊が中心だったが、十人余りが集まり、飲み物、食べ物持参で。
 そして、盛大な宴会となるわけだったが、昼下がりから盛大に飲んだものだった。


 そんな時代もあったが、今や孤独に近所で河津桜をひっそりと愛でるに至っている。

彼岸花に見惚れて

 秋も佳境になると、頭に浮かんでくるのは、彼岸花だ。

 この花には何かと思いを寄せる節があり、出合うのを楽しみにしている。

 だけど、出不精の昨今、なかなか容易ではない。

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 ところが先日、我が家からすぐ近くの他人様の家の庭に、ひっそりと咲いているところを発見!

 思わず近付いて、しげしげと眺めたわけで、たったの2株に過ぎないが、胸に迫るものがあった。

 彼岸花には赤色と白色の2種があり、強く惹き付けられるのは無論、真っ赤なほうだ。

 他人様の庭で見つけたのは、たまたまその両方で、赤いほうがあまりに強烈だから、
 思わず゛不法侵入゛し、カメラにも収めた。

 時は11月に入っていたので、この花期が9月下旬から10月上旬であることを考えると、
 よくぞ咲き続けてくれたと感謝せずにおれない。

 
 そうそう、若い頃、しばしば伊豆半島の爪木崎辺りに出掛け、
 青い海を一望できる丘に彼岸花が一斉に咲き誇っていたのを思い出す。

 眼がくらむほどの真紅の集団で、やたらに情熱的だった。

 それが心の奥底に残っているため、湘南地方に住み着いた今も、秋季には彼岸花の群舞に接したいと念じていた。

 ところが、秋に入っても、なかなか出合うことが出来ずにいた。

 それだけに、たった2株か3株のことでも、愛らしく感じられるのであった。


 蛇足だが、この花はアジアの南方では曼珠沙華(まんじゅしゃげ)と称されることで知られる。

 何か宗教的な感じの命名だが、日本と同様、赤い花だけでなく、真っ白いのも咲かせるのだろう。

 純白の彼岸花=曼珠沙華の群舞も眺めたいものだ。

岩手で花開いた紫陽花

 梅雨明けを過ぎて盛夏に入って間もない頃、東北地方の一部では大雨に襲われた。

 何かとお気の毒と思っていたら、岩手県に出張中の後輩から画像が送られてきた。

 見ると、関東地方などでは、とうに見られなくなった紫陽花(アジサイ)が満開ではないか!

 雨上がりの曇り空のもと、紫色の花々が静かに咲いている。

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 こちら関東地方で猛暑に見舞われている最中、まるで場違いのような涼しげな風情だ。

 ただし、曇り空のせいで花の色は冴えないけれど、そんな天候に紫陽花はお似合いのようである。

 無論、その開花時季は関東などとは異なるだろうが。

 でも、晴天の日々がやってくれば、鮮やかに花を咲かせるに違いないが、
 このままの風情のほうが東北らしいと言えそうである。

 これを撮影した地区は、岩手県の洋野(ひろの)町で、太平洋沿岸の地区だ。

 それでも一昨年の東北大震災=大津波では死者を出さなかった珍しい地区らしい。

 因みに、この町を太平洋岸沿いに北上すると、八戸港に達し、
 その周辺では、大津波などの自然災害に襲われたようである。
 真夏を感じさせる日が続き、そうなると、蓮(ハス)の花を愛でたくなる。

 我が家から歩いて数分の所に蓮池と称する小さな池があり、汗をかきつつ出掛けてみた。

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 幸い時宜を得たようで、その池では蓮の葉が密生する合い間に、
 鮮やかな花たちが夏の陽光を浴びていた。

 ただそれだけのことで、それ以上の言葉は浮かび上がってこないけれど、
 ここに花の香りが漂っていたら、どうだろうか?

 蓮の花は、幻想的な想いを誘い込むように思われるが、加えて芳香を放っていれば、
 さぞや高貴な香りに違いないだろう。

 ならば、もっと花に近付き、実際に香りを嗅いでみたくなる。
 だが、そんなことは容易でなさそうだ。

 せめて遠くからでも花たちを愛でるだけだろうか。
 絶世の美女には近付けなくても、距離を置いて眺めるように……。

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 そうだとすると、この蓮池の周囲に暮らす人たちが、なんとも羨ましい。

 朝な夕なにチラリと池に目をやり、花たちの機嫌をうかがうとか……。
 その状態がどうあれ、心が満たされることだろう。

 ただし、それは夏の一時期に限られよう。
 いずれは別れねばならない日がやってくるだろうから。

 そう思うと、歩いて数分の所に暮らすぼくらも似たような条件かもしれない。

アガパンサスへの想い

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 この季節になると、近くの畑の脇に咲くアガパンサスの花を眺めたくなる。

 すっきりするような清楚な薄紫色で、何か語りかけてくるような感懐すら覚えるから。


 そうだ、この花を初めて眺めたのは、15年ほど前だ。

 場所は米国サンフランシスコ近郊の住宅街で、夏が近付くと咲き乱れていた。

 あの当時、年に2回か3回、渡米し、かの地で穏やかな日々を過ごしていたものだ。

 姉がサンフランシスコ対岸にあるエメリーヴィル市で暮らしていたので、
 それを頼ってしばしば出かけていたわけ。


 ところが、何回目かに訪ねた1977年の早春、その姉が突然、倒れてしまった。

 生死の境をさまようような重篤な病で、ぼくは動転した。

 以来、近くの大きな病院で入院生活が続いたわけで、ぼくら親族も苦しみ抜いた。


 そんな折、失意のまま近隣の住宅地を歩いていると、優しく目に飛び込むのがアガパンサスの花だった。

 まさに群生しているようで、その瑞々しい花の色が心を慰めてくれた。

 だが、姉は回復することなく、病身のまま帰国せざるを得なくなった。

 そうして倒れてから3年後、東京で他界してしまったわけで、家族にとってもその痛手は深かった。


 あれからしばらくしてぼくは湘南の藤沢市に住み着き、近くでアガパンサスと出合ったとき、
 昔日の悲しい想いがどっと蘇ってくるようだった。

 いえ、愛撫してやりたくなるほどの親近感が湧いてくるといえば、良いだろうか。

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 因みに、この花を検索すると、和名は「紫君子欄(むらさきくんしらん)」とある。

 なんと優雅な命名であろうか。

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