丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

自然と共に

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梅の花が早くも咲いた

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 梅見にはまだ早すぎると思いつつ、いつもの新林公園に立ち寄った。

 毎年2月になると、そこの梅林でひとときを過ごすから。

 で、少し早かったようで、梅の木が何本も寒そうに佇んでいる。

 ところが一周したら、2、3本だけ、花を咲かせているではないか!

 紅梅も白梅もあり、仰ぎ見てジーンとしてしまった。

 なんだか自分を待っていてくれたような気もした。

 なぜ、その数本だけが早咲きなのかは分からないが。



 そこで思い出したのは、羽根木公園の梅林だった。

 小田急線の梅が丘駅の近くにあり、当時、この近くに仮住まいしていたので、
 早春には見事な梅の花の群落をしばしば眺めにいった。

 惚れぼれするのは、その公園が丘陵になっており、
 斜面や階段の脇に野放図に梅が植えられていることだ。

 青空の下、紅梅と白梅が目に染み込のが素敵だった。

 そして早春になると、老いた母と一緒に花見するのを習わしとしていた。
 ことのほか喜んでくれたからだ。

 最晩年、「去年の梅よりもきれいだね」と呟きもした。

 すでに記憶力が衰えていたにかかわらず、前年と比較できるなんて驚きだ。


 春が近くなると、梅の花をわざわざ眺めに行くのは、
 そんな思い出が尾を引いているからだろう。

 寒い季節には水仙を眺めたくなる。

 寒風が吹き荒れようとも、凛として咲き始めているだろうから。

 そう思ったら矢も盾もたまらず、観音崎へ足を伸ばした。

 ここ〈観音崎公園〉には、何度も来ている。

 眼下の東京湾がキラキラと輝き、心地よい風が吹いてくるのが好きだ。

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 案の定、園内でも海際でも水仙がたくさん咲き誇っていた。

 まずは鼻を近づけ、少女のような微かな香りを嗅ぐ。

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 白と淡黄色の小さな花たちが群れをなすと、春を招くような一大群落となる。

 だけど、居丈高ではなく、どこまでも可憐なのがいい。

 一輪だけ失敬して持ち帰り、水を張ったグラスに据えたところ、
 ちゃんと蘇ったのもうれしい。

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 ここ観音崎公園は果てしなく広い。

 背後は山になっていて、頂上辺りには花園もあるとか。

 そこまで登るのが億劫で未到だが、温暖な地なので、
 四季こもごも見事な花たちが咲き誇っているだろう。

 秋になると、山に登らなくても、ススキの集団が迫ってくる。

 中秋の名月になくてはならいススキの花。
 その先端を持ち帰ったこともあったっけ。

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 さて、海の彼方、右方向を望むと、煙突が3本そそり立っている。

 久里浜発電所のもので、地元の漁師は〈お化け煙突〉と呼んでいた。
 沖合の、ある一点から見ると、3本が1本になるからだ。

 その辺りが浦賀水道、すなわち外航・内航の本船航路である。

 行き交うさまざまな商船を眺めるには格好の地だ。

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 下の磯では水中メガネを付け、よく潜ったものだが、
 「これっ!」と思えるような収穫に恵まれたことはない。

 それもこれも観音崎周辺を愛する所以になっているようだ。
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 鎌倉鶴岡八幡宮の広い境内を歩いていてギクリと足をとめた。

 見上げるほどの大木が覆いかぶさるように屹立しているではないか!

 圧倒されるほどの樹枝で、老木とも言えそうだ。

 でも、樹種が判らず、木の周囲を回ったら看板が立っていた。

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 市とは、言うまでもなく鎌倉市を指しているのだろう。

 ただ、〈ビャクシン〉という名は、聞いたような気もするが、
 浅学にしてよく知らない。

 でも、その威厳には圧倒された。

 帰宅してネット検索したところ、
 漢字では〈柏槇〉と書き、字義から柏と槇に近い樹種のようである。

 それが歴史も伝統も豊かな八幡宮の一角を占めているとは、
 頭が下がるような気分にもなる。

 過日、藤沢駅近くで発見(?)したクスノキ(楠)を当プログで紹介した。

 これも大木というか老木というか、たいそう威厳があったが、
 街区や寺社を歩いていると、そんな出合いに恵まれるようだ。

クスノキの大樹を発見

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 巨木とか老木に出合うと、人は目を見張るものだ。

 上の画像は先日、友人3人で藤沢の駅前をぶらついていたら、
 こんもりと葉を茂らせた逞しい樹木を見付け、
 後日、撮り直したものだ。

 先日はその樹種が何であるか、誰も分からなかった。
 大きめの病院の玄関前にこんもり茂っていることだけは分かる。

 そうしたら友人のひとりがケータイを取り出し、電話した。
 その病院の看板に記されていた電話番号を頼りに。

 「ここに植わってある樹木は何ですか?」てな具合に。
 答は「クスノキ(楠)ですよ」。

 「そうか、やっぱり」と、ぼくらは納得。

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 それにしても、その逞しさよ。

 幹は老成したように太く、濃いめの葉を四方八方に茂らせている。

 樹齢は数百年を数えるのではないだろうか。

 それがこんな街中に立ちはだかるように屹立しているとは!
 
 幼木のころは、ここが野っぱらだったかもしれない。


 あとでネット検索したら、クスノキは偉大な樹種であることを知った。

 神代の時代から珍重されていたようで、
 神社仏閣の神木として崇められていたとも。

 材質は硬く緻密なうえ、独特の光沢があるので、
 高級な建築材や家具材などに使われているそうだ。

 耐水性にも優れているので、有名な厳島神社の鳥居はクスノキを材としている。


 そんな銘木がひと株だけ、人通りの多い場所で生を紡いでいると思うと、
 何やら厳粛な気分にさせられてしまう。

アロエの花への想い

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 いつの間にかアロエの花が咲いている。

 どんなに寒くなっても健在だ。

 いかにも夏草という感じだが、冬に向かうころに咲く。

 寒いのに似合わず情熱的で、濃い橙色が心にしみる。

 上の画像は近所の他人様の家に咲いていたもので、成熟しきっていない。
 それだけに健気であり、可愛らしさがある。

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 このアロエ、というよりキダチアロエに惚れ込んだのは、
 伊豆下田の白浜で出合ったときだった。

 白砂青松の広い砂浜の後方に群れをなしており、
 冬近くなると、一斉に花を咲かすのだった。

 当時、下田通いをしていたが、
 この花の濃い色はいつまでも心の片隅に植わっている。

 そんな想いがあるものだから、我が庭にもアロエを移植したことがある。
 だけど、何年経っても、いっこうに花を咲かせてくれない。

 日照条件に恵まれていなないせいだろうか。

 ただ、サボテン状の分厚い葉は、逞しく成長している。

 このアロエの葉、実は食べられる。

 緑色の表皮を包丁で削ぐと、ゼラチン状の透明な中身が出てくる。

 これを刺身よろしく切り、酢醤油でもちょいと付けて食す。

 やや苦味はあるけれど、なんだか健康に良いような気がするのだ。

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