丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

自然と共に

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名月を仰いで

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 山小屋風の我が家の二階には、東側と西側に天窓がある。

 屋根裏のない天井に設けられたもので、そこから空模様を眺められる。

 大気の澄んでいる秋ともなると、それこそ中秋の名月を期待する。

 厳密には9月中旬がその日に当たるが、
 つい先日、名月らしいお月さまが窓に浮かび上がっていた。

 急いでカメラを取り出して写したのが上の画像だ。
 おぼろ月みたいで、うまく写せていないが、独特の浮遊感が出ているみたい。

 慌てて写した自分が可笑しいが、秋になると、お月さまが気になるのだ。



 そこでひとつだけ思い起こすのは、大学受験を控えた昔のこと。

 皆がするようにぼくも予備校に通い出していた。
 その予備校は神田界隈にあり、同じ高校の女子生徒もそこに通っていた。

 それがどういうきっかけか、下校の帰り道が一緒になってしまった。

 普段なら、都電に乗って青山方面に帰宅するはずだが、
 なぜかその日は、件の女子生徒と「一緒に歩いて帰ろうよ」となった。

 その子は青山の都営住宅に住んでいたので、帰り道は同じだ。

 こうして2人の男女高校生は大通りを歩き始めたわけで、
 その夜、夜空にはお月さまが浮かんでいた。

 歩き出すと、会話が止まらず、話題は果てしなく広がっていた。

 そして、時折り空を仰ぐと、同じ方向に進んでいるようだった。
 
 まるでぼくらを追いかけているみたいで、2人はそれを意識し、
 ケラケラと笑い合ったものだ。

 かくして2時間以上かけて歩き続けたわけで、
 彼女のアパート近くで「それじゃまた」と言って別れた。

 その姿も、お月さまに見守られているかに思えたものだ。

 年老いた今、月を眺めていると、その子の名前が浮かんでくる。
 かと言って、その後の消息はまったく知らない。

 

見事な彼岸花の群生

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 毎月送られてくる『湖畔の声』の9月号の表紙を飾ったのが上の画像。

 なんと見事な彼岸花の群生ではないか!

 つい先日、当プログにも彼岸花の写真を載せたが、
 そんな一輪や二輪どころではない。

 林を覆い尽くした観がある。

 この企業PR誌は、滋賀県近江八幡市に本拠を置く近江兄弟社グループが発行しており、
 楽しみのひとつは、毎号表紙を飾る写真だ。

 数年来、林満さんが同地近隣で撮影したものが掲載されている。

 ぼくにも思い出深い近江の春夏秋冬を伝えてくれるのが楽しみだ。

 そして、9月号は秋を謳歌する彼岸花の群れ。

 説明文には「高島市今津町の桂浜にはここ数年、ヒガンバナが増え
 見事な群生となっていて(中略)通常は田んぼの畔道や土手などで見かける花ですが、
 ここでは木立の中に咲いていて草木の緑とのコントラストが鮮やかで、
 一味違った趣があります。
 少し離れて眺めると、まるで真っ赤な絨毯が敷きつめられているようです」とある。

 因みに桂浜は琵琶湖に隣接しており、その趣が上の写真でもうかがわれる。

 なお、彼岸花は寒くなり始める頃に消えていくけれど、
 同時に生え始める葉っぱも、ぼくは好きだ。

 濃緑そのもので、男性的で、そのまま冬を過ごすのだろう。
 その凛とした葉は、なぜか勇気をもたらしてくれるように感じるのだ。

〈檑亭〉の庭園にて

 鎌倉山にひっそりと佇んでいる檑亭(らいてい)という料理店は、
 広大な庭園を有している。

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 山の斜面を活かし、さまざまな樹木や草花がそこかしこに茂り、
 階段状の小路を登り降りしながら鑑賞出来るのが魅力だ。

 「廻遊式庭園」と称されているのも、うなずける。

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 秋本番も近くなってきたので、まず目を惹いたのは彼岸花だ。

 そこかしこで見られる秋の花ではあるが、
 深山幽谷のようなこの庭園で出合うと、その美しさはいっそう鮮烈。

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 その背後に写っているのがお地蔵さんで、何体も置かれている。

 上の図面で分かるように、ここには地蔵が何体も鎮座しており奥ゆかしい。

 「十六羅漢群」「石造十王像」「仁王像」などがそれだ。

 どれも曰く因縁があり、全国から集められたもののようである。

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 ドキッとするのは、急斜面に生い茂る竹林だ。

 どの竹も真っ直ぐに伸び、天に向かって競っているように思える。

 とかなんとかで、歩き疲れるまで園内を回遊してしまうわけだが、
 そのうち気になりだしたのが手足のあちこちが痒いこと。

 そうか、時節柄あの藪蚊が元気いっぱいに飛び交っているのだ。

 そこへ飛んで火に入るなんとやらで、人がうろうろすると、
 「待ってました!」とばかりに、熱い肌に食い付いてくるというわけ。

 おまけに、ここを散歩する前、檑亭本館で蕎麦を食いがてら、
 軽く一杯やったので、余計に体が温まっていたのだ。

 そんなわけで、夏の終わりを告げる先日、楽しい昼食と散策を楽しんだのだった。

お見事なサルスベリ

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 つい先日、当プログにサルスベリ=百日紅について書いた。

 そうしたら間なしに一幅の写真が送信されてきた。
 上の画像がそれだ。

 文面には「毎年の夏、我が家の庭に百日紅が狂ったように咲きます」とある。

 発信人は埼玉県在住の友人だ。

 写真を眺めると、なんとまた見事な咲きっぷり。
 王者の風格さえあるではないか。

 ぼくが近所に眺めにゆくのとは違い、情熱的に咲き誇っている。

 朱色には違いないが、燃えるような色で、夏を謳歌しているように思える。

 そんなのが庭先に咲いていれば、朝昼盤、眺めては勇気をもらえるかも。


 そういえばこの友人、毎年のようにお花見を世話してくれる。

 桜=染井吉野の咲くころ、仲間を集めて催すわけだ。

 そのなかで印象深いのは、一昨年の春で、場所は東京の郊外。

 三々五々、同好の士が川沿いの桜並木にやってきた。

 ところがその日、お天気は良いものの、なぜか寒くてならない。
 冷たい風が吹き込んでくる。

 そうなると、ゴザを敷いてお花見の態勢をとったものの、
 みんな寒さに震え上がってしまう。

 そんな状況では華やいで桜を眺める余裕もなく、そそくさと退散に相成った。
 そして、夕暮れ前とはいえ、近くの居酒屋に潜り込んだのだった。

 
 要するに、件の友人はよほど花好きとみえ、
 自宅で百日紅を育てる一方、仲間を集めてお花見も催すのだ。
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 猛暑も一段落したので、サルスベリを眺めたくなった。

 いつもの場所に行ってみると、ちゃんと花を咲かせていた。

 紅色と薄紅色とがあり、暑さにかかわりなく涼しげだ。


 湘南に移り住む前、東京の世田谷区で暮らしていたときも、
 近くにサルスベリの並木道があった。

 毎夏、見事な咲きっぷりで、その道を通るときは、
 いかに暑かろうと心が弾んだものだ。

 当時と今も思いは同じ。

 そして、いつも思うのは、サルスベリとは面白い命名だなあと。

 木の幹がつるつるしており、木登り名人の猿でも滑るところから名付けられている。

 そうであったとしても、妙な命名だ。

 花は涼しげで、可憐で、ときには美人に見えるのに……。
 他の花たちは、美しく、可愛らしい名が付いているのに……。

 ただし、サルスベリには別名がある。
 漢字だと百日紅だとか。

 百日にも長きにわたって花を咲かせるというのが語源らしい。

 そんなことも思い出すと、夏に健気に咲いているところがますます愛らしい。

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 その道すがら、近くの蓮池にも寄ったら、ハスの花が満開を過ぎていた。
 
 大輪の花は、次世代のハスの実に変わっていたのだ。

 それもまた、夏の風情ではある。

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