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山小屋風の我が家の二階には、東側と西側に天窓がある。 |
自然と共に
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鎌倉山にひっそりと佇んでいる檑亭(らいてい)という料理店は、 広大な庭園を有している。 山の斜面を活かし、さまざまな樹木や草花がそこかしこに茂り、 階段状の小路を登り降りしながら鑑賞出来るのが魅力だ。 「廻遊式庭園」と称されているのも、うなずける。 秋本番も近くなってきたので、まず目を惹いたのは彼岸花だ。 そこかしこで見られる秋の花ではあるが、 深山幽谷のようなこの庭園で出合うと、その美しさはいっそう鮮烈。 その背後に写っているのがお地蔵さんで、何体も置かれている。 上の図面で分かるように、ここには地蔵が何体も鎮座しており奥ゆかしい。 「十六羅漢群」「石造十王像」「仁王像」などがそれだ。 どれも曰く因縁があり、全国から集められたもののようである。 ドキッとするのは、急斜面に生い茂る竹林だ。 どの竹も真っ直ぐに伸び、天に向かって競っているように思える。 とかなんとかで、歩き疲れるまで園内を回遊してしまうわけだが、 そのうち気になりだしたのが手足のあちこちが痒いこと。 そうか、時節柄あの藪蚊が元気いっぱいに飛び交っているのだ。 そこへ飛んで火に入るなんとやらで、人がうろうろすると、 「待ってました!」とばかりに、熱い肌に食い付いてくるというわけ。 おまけに、ここを散歩する前、檑亭本館で蕎麦を食いがてら、 軽く一杯やったので、余計に体が温まっていたのだ。 そんなわけで、夏の終わりを告げる先日、楽しい昼食と散策を楽しんだのだった。
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つい先日、当プログにサルスベリ=百日紅について書いた。 そうしたら間なしに一幅の写真が送信されてきた。 上の画像がそれだ。 文面には「毎年の夏、我が家の庭に百日紅が狂ったように咲きます」とある。 発信人は埼玉県在住の友人だ。 写真を眺めると、なんとまた見事な咲きっぷり。 王者の風格さえあるではないか。 ぼくが近所に眺めにゆくのとは違い、情熱的に咲き誇っている。 朱色には違いないが、燃えるような色で、夏を謳歌しているように思える。 そんなのが庭先に咲いていれば、朝昼盤、眺めては勇気をもらえるかも。 そういえばこの友人、毎年のようにお花見を世話してくれる。 桜=染井吉野の咲くころ、仲間を集めて催すわけだ。 そのなかで印象深いのは、一昨年の春で、場所は東京の郊外。 三々五々、同好の士が川沿いの桜並木にやってきた。 ところがその日、お天気は良いものの、なぜか寒くてならない。 冷たい風が吹き込んでくる。 そうなると、ゴザを敷いてお花見の態勢をとったものの、 みんな寒さに震え上がってしまう。 そんな状況では華やいで桜を眺める余裕もなく、そそくさと退散に相成った。 そして、夕暮れ前とはいえ、近くの居酒屋に潜り込んだのだった。 要するに、件の友人はよほど花好きとみえ、 自宅で百日紅を育てる一方、仲間を集めてお花見も催すのだ。 |

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猛暑も一段落したので、サルスベリを眺めたくなった。 いつもの場所に行ってみると、ちゃんと花を咲かせていた。 紅色と薄紅色とがあり、暑さにかかわりなく涼しげだ。 湘南に移り住む前、東京の世田谷区で暮らしていたときも、 近くにサルスベリの並木道があった。 毎夏、見事な咲きっぷりで、その道を通るときは、 いかに暑かろうと心が弾んだものだ。 当時と今も思いは同じ。 そして、いつも思うのは、サルスベリとは面白い命名だなあと。 木の幹がつるつるしており、木登り名人の猿でも滑るところから名付けられている。 そうであったとしても、妙な命名だ。 花は涼しげで、可憐で、ときには美人に見えるのに……。 他の花たちは、美しく、可愛らしい名が付いているのに……。 ただし、サルスベリには別名がある。 漢字だと百日紅だとか。 百日にも長きにわたって花を咲かせるというのが語源らしい。 そんなことも思い出すと、夏に健気に咲いているところがますます愛らしい。 その道すがら、近くの蓮池にも寄ったら、ハスの花が満開を過ぎていた。 大輪の花は、次世代のハスの実に変わっていたのだ。 それもまた、夏の風情ではある。
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