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ひと昔「♪霧のロンドン・ブリッジ」という歌をよく耳にした。 ジョー・スタッフォードが伸びやかに歌ったもので、 聴いているうちに霧に包まれた古都ロンドンを連想してしまった。 それはともかく、このほど「霧のローマ」と言えそうな写真が送られてきた。 例のごとくローマ在住の娘が撮ったもので、ひと目で「うっへーっ!」となった。 ローマが霧に包まれることはないとの先入観があったからだ。 だけど、ある朝起きたら、深い霧に包まれていたという。 そこはローマ郊外の新興住宅地のようだが、まさかの濃霧。 しかも、いかにも寒そうではないか。 娘によると、朝はローマ中心地へ向かうクルマで、この道路は大渋滞になるそうだ。 仕事場に向かう通勤者で塞がってしまうほどで、行く先までどれほど時間がかかることか。 ところでまた、歌の話になるが、「♪霧のサンフランシスコ」が流行ったこともある。 こちらはトニー・ベネットが歌って売れたが、 原題は「I Left My Heart In San Francisco」だ。 恋するせつない心を歌っているようだが、邦題は「霧の……」。 確かに金門橋辺りでは、雲のように霧が漂うところが見られる。 それを連想しての邦訳と思われるが、なかなかの名訳ではないか。 ただし、ローマなどイタリアから発せられた歌には、 そういえば霧を主題にしたような歌は寡聞にして知らない。 一方、わが国で近年、霧やスモッグがあるだろうか?
ないとすれば、なぜか大気の事情が変わったような気もする。 |
イタリア便り
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ローマの年末年始、というよりイタリア全土のそれといえるかも。 クリスマスイブの12月24日から新年にまたがっての2週間、 キリスト教のお祭りが続くらしい。 そのなかで重要なのは、キリスト生誕を再現したドールハウスのようだ。 いつものようにローマ在住の娘が以下の写真で伝えてくれた。 このようなクリスマス・デコレーションが施されるというわけだ。 カソリックの総本山サンピエトロだけではなく、どの教会でも同じ時期、 〈プレセピオ〉と称するこの種の催事を恒例にしているとか。 ただし、サンピエトロに展示されるのは、総本山だけあって キリストなどのドールが等身大になっており、それだけ迫力満点。 また、娘からはバチカンでの冬の光景も送られてきた。 広場に点々と人々が歩いているが、いかにも寒そう。 日本よりも冬は暖かいと思いがちだが、そうではなさそうである。 これを見て、なんだかホッとするのだった。 ずいぶん以前、ぼくもそこへ見学に行ったときのこと。 17世紀に建立された大聖堂の内部は、薄暗いながらも厳かで、 教徒にかかわらず敬虔な気分にさせられる。 そのとき、そばに立っていた人から話しかけられた。 見ると、真っ黒な人で、確かアフリカのガーナから来たとか。 服装からして神父か司祭のようで、耳を傾けると、ゆっくりとした英語。 親しげであったことと相まって打ち解けてしまった。 そのあと、サンピエトロのてっぺん、つまり屋上に上がった。 数人乗りの狭苦しいエレベーターで登れるようになっているのだ。 その狭い屋上からテレぺ川やローマの市街を眺めていたら、 突然のように強い尿意を催した。 うろたえたが、そこはよくしたもので、狭い屋上の外れに便所が! 狭苦しかったけれど、用を足して息をついたのだった。 あとで考えると、バチカンに入ってすぐの所でカンパリが売られており、 飛びつくように買って呑んだのだ。 折柄、秋の空が真っ青に澄みきり、 明るい陽光を浴びてのカンパリソーダは、やたらに美味かった。 そんなわけで突然、強い尿意に襲われたのだ。 いや、新年早々お粗末さま。 |
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イタリアから送られてきた新年のカレンダー。 その表紙を前日の当プログに転載したけれど、その追加版を思い立った。 いただいたコメントに刺激されたからだ。 イタリア観光を少しでも味わってほしいと思って。 これがこのカレンダーの裏面に載っていたもの。 一応、その都市名を日本語化すると……。 1月=ヴェニス、2月=ローマ、3月=コモ湖、4月=パレルモ 5月=カプリ、6月=ミラノ、7月=フローレンス、8月=ナポリ 9月=アッシジ、10月=ジェノア、11月=ヴェローナ、12月=アオスタ峡谷 12月の〈アオスタ〉というのは、あいにく初耳のように思うけれど、 冬になると、絶景の山々や峡谷を楽しめるらしい。 さて、こうなるとまた調子に乗って別のカレンダーも併載しよう。 数年前、米国在住の友からもらったもので、〈お月さま暦〉と言えばいいだろうか。 ご覧のように1年365日の毎日のお月さまの位置を示したものだ。 新月や満月などが一目瞭然で、潮の干満も分かるようになっている。 もとより月の動きや潮の干満には関心があるので、まことに便利。 ただ、毎年いただけるわけではなく、しばらく途絶えているが。
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新年のカレンダーがぼつぼつ到来する。 毎年決まったようなもので、部屋のどこに掲げるかはおよそ決まっている。 ただひとつ、変わり種が送られてきた。 ローマ在住の娘からで、言うまでもなくイタリアのカレンダーだ。 それがまた、形も意匠も変わっていていっぺんに気に入った。
日本のと違いタテ長で、写生画が盛りだくさん。
「ここへは行ったことがある」とか、「ない」とか、月々、めくりながらイタリア各地を眺められる。 思い出しつつ眺めのるのには、うってつけだ。 12の有名な観光地が描かれているわけで、 その表紙を飾っているのは、フィレンツェの大聖堂。 そこにどんな意味合いがあるのか、考えさせられてしまう。 なお、このカレンダーは日本の国内便で郵送されてきた。 日本に帰る友人に娘が託したからだ。 そのほうが郵送料は安くて済むし、安全だ。 というのも、イタリアの郵便事情は、いい加減さに惑わされるから。 こちらから何かを送ってもなかなか届かないとか、 あちらから送っても安心できないというのが現状。 ま、それはともかく、新しいカレンダーで新しい年を迎えられそうだ。
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上の画像は、ナポリの市街地から望む遠景。 手前の下に少し見えるのがナポリ湾で、 それを囲むようにしてナポリの街が発展していったのだろう。 遠くの山容は、かの有名なヴェスヴィオス山だ。 いつものようにローマ在住の娘=イタリア通信員が送信してきたもので、 日帰りでナポリ旅行を楽しんできたという。 で、ナポリの話をクダクダするわけではないけれど、 この街の雰囲気がよく伝わってくるではないか。 その昔、ぼくがここに足を踏み入れたのは、一度きりで、 あわただしく見て回ったものだ。 古都だけに道が狭く、ごみごみしており、林立するアパートを見上げると、 物干し竿が空に向かって突き出し、洗濯物がひらめいていた。 ナポリ風のピッツアやスパゲティを口に出来なかったのが心残りだ。 それでも、ナポリから連なるポンペイには圧倒された憶えがある。 ヴェスヴィオス火山の大噴火で廃墟と化したポンペイでは、 ただ遺跡というよりも、古代人の暮らしが浮かび上がってきた。 イタリア半島のまぶしい陽光の下でもあったせいか、 やたらに明るく、かえって古代の豊かな暮らしを伝えていた。 娘から送られてきたこの小さな写真を見ながら、そんなことを思い出すのだった。 さて、もう一枚は、ローマ郊外の空に浮かび上がった虹。 雨の多い秋、夕立でも去り、虹がかかったところだろうか。 娘が暮らすアパートから写したものだそうだが、秋の風情が感じられる。 その前面は、のびのびした殺風景な郊外らしさが漂うが、
こんな所で暮らしてみたいと思わせるのだった。 |


