丑の戯言 栗田英二

体調不良につき、プロク゜投稿も途絶えがち

湘南便り

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 このところ寒さが増すとともに大気の乾燥も著しい。

 そうなると、楽しみの一つに富士山を眺められることが加えられる。
 しかも、我が塒(ねぐら)から望めるところが嬉しい。

 上の画像がそれに当たるが、なあに自慢できるようなものではない。

 我が家の二階デッキに出て、首を西のほうに向けると、
 富士山が辛うじて視界に入るだけのことだ。

 「あれが世界遺産かー」と溜め息が出るほどだが、
 あまりに遠景のせいか、威厳は感じられない。

 前景がゴチャゴチャしているからだろう。

 
 その点、と言ってはなんだが、終戦直後に眺めたころは、
 大きく、光り輝いていたと思う。

 そのことは既報したが、我が一家は終戦直後、中国から引き揚げ、
 東京都内を転々と移り住んだが、そのひとつに渋谷区の原宿があった。

 戦時中、兵舎だった建物を改装し、都営アパートにしたもので、
 その最上階、つまり4階に一家が住み着いたのだ。

 その部屋から下界を見渡すと、真っ先に富士山が視界に入るわけで、
 まだ小学生であったぼくでさえ、その美しい雄姿に感動したのだった。

 距離としては、現在暮らしている湘南よりも遠いけれど、
 思い起こしてみると、富士山は今よりずっと大きく見えたものだ。


 そなことも思い出しつつ、この冬、富士の雄姿に再会できるのが嬉しい。

客人の鎌倉散歩

 先日、遠来の客が我が家に訪れた。

 その際、独りで鎌倉界隈を歩いてみたいと所望。

 訳知り顔の地元民に案内されて名所などを訪ねるよりも、
 気ままに歩いたほうが良かろうと思い、送り出した。

 その際、我が愛用のカメラを貸し与えて。

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 かくして小半日の鎌倉散歩を終え、無事に帰ってきた。

 そこで携帯していったカメラに何が写っているか、パソコンで開いてみたところ、
 まず目に飛び込んだのが上の映像だ。

 どうやら、江ノ電で極楽寺駅に降り、海に向かって歩いたのだろう。

 そこには極楽寺切通しと称される小道がある。

 すると、彼方に由比ガ浜から材木座に至る、広い海水浴場を望める。

 いわば絶景ともいえる眺めだ。

 おまけに遠く逗子の小坪に建つ白亜の煙突が目に入る。

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 その近くに成就院(じょうじゅいん)と称される寺がある。

 かの空海(弘法大師)が百日修行を果たしたことで知られ、
 信奉者の来訪が絶えないようだ。

 そこは紫陽花(あじさい)寺とも称され、春爛漫の頃、花見客で賑わう。

 でも、そんな頃よりも森閑とした時節こそ心が落ち着くように思われる。

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 その近くに祀られているのは、舟守地蔵で、猛々しさを伴いながらも、
 航海の安全を祈っているようにも思われる。


 以上、遠来の客にとっては、古き日本の慣習などを興味津々で眺めたことだろう。

近くの蓮池で一服して

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 我が家から、ほんの数分歩いた所に蓮池(はすいけ)がある。

 この名称は、池全体に蓮が生えているため付けられたようだが、
 池全体に盛大に蓮の花が咲き乱れるのは、夏を過ぎてからだろうか。

 だから、時期尚早となるが、みずみずしい蓮の大きな葉を眺めるだけでも心が安らぐ。

 
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 そんなところから、この池は小さいながらも、格が高いように思われる。

 もちろん、花たちが満開になったら、まさに「蓮池」と威張って言えそうだが、
 静まり返ったような現在でも、ぼくはこの池が好きだ。


 ところで、この池の周囲にある広場では、毎朝6時半から「ラジオ体操」が始まる。

 スピーカーが置かれ、それを囲んで多くの市民が体を鍛えるのだろう。

 ぼくも長年、「ラジオ体操」に励んでおり、その広場に参加しようと思ったことはある。

 ただし、万年朝寝坊の身にとっては、早朝の体操を実行するには至っていない。

 NHKのその番組をテープに録音し、適当な時間に体操しているに過ぎないのだ。
 梅雨の中休み、スカッと晴れた日、近くの新林(しんばやし)公園に足を向けた。

 当ブログでたびたび取り上げた公園で、今さら新しみもないけれど、
 空が澄み切ったこの時節、少しは新発見でもないかと出掛けてみたのだ。

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 入園してまずは、田圃を眺めつつ渡る小さな橋に向かう。

 幅が数十センチほどの橋だが、そこを渡る時、季節感をしみじみと味わえる。

 両側の田圃には今、何も植わっておらず、ミズスマシが滑っている程度だが、
 それだけに都会地から遠く離れたような感覚に陥る。

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 その池から脇に逸れた所に小さな丘があり、そこを登っていく。

 すると、前後を仕切ったような板塀がある。
 「これ以上、行ってはいけません」と手を広げているみたい。

 ただし、その塀に顔の大きさほどの小窓があり、「覗いていいよ」と言っているようだ。

 「どれどれ?」とぱかりに覗くと、深遠なる池が目に入る。

 人も、いかなる生き物もおらず、森閑とした眺めで、別世界に紛れ込んだよう。

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 行き先を変え、林を伴う丘に向かってみる。
 そこには目当てがある。

 その丘を登っていくと、眼前に羊歯(シダ)の森が展開されているのだ。

 深遠なる世界とも言えそうで、無数の羊歯が寡黙に茂っており、
 季節的に今が全盛期を誇っているようにも感じられる。

 もとより羊歯類が好きなので、愛撫してやりたくなるほどだ。

 しかも、ぼくの好きな両面羊歯が最も多く、それらは品格さえ感じられる。

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 こうして公園を一周すると、やはり落ち着くのは、大きな古民家の前だ。

 以前にも当ブログでその詳細を紹介したが、平素は無人の公園だけに、
 ここに来ると、何やら安心して一息つく。

 人里離れた公園とは言え、人の匂いがまだ残っているような古い民家に辿り着くと、
 我に返ったような気がするものだ。

 いつかまた、この深遠なる公園に足を向けることだろう。
 自宅の郵便受けに、いくつかの地元タウン誌が投函される。

 そのなかに週刊の「リビング湘南」があり、
 最新号のトップ記事は「今さら聞けない? 鎌倉世界遺産登録Q&A」だ。

 確かに、その遺産登録とは、どんなものか、実現性ありやなしやなど知りたい。

 そんな疑問や関心を解き明かしてくれると期待し、ざっと読んでみた。

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 まずは「いつから世界遺産登録を目指しているの?」との問いかけ。

 その答えは、平成4年に文化庁によって「ユネスコ世界文化遺産暫定リスト」に、
 「古都鎌倉の寺院・神社ほか」が記載されたのが始まりという。

 それ以後、「武家の古都・鎌倉」をコンセプトに据え、神奈川県や近隣の市と共に実現に取り組んでいるという。

 次は「鎌倉の世界遺産としての価値と登録の意義は?」に対し、
 上記の武家支配は700年に及び、その発祥の地が鎌倉であり、古都でもあるという。

 鎌倉は「三方を山に囲まれ、一方が海に開く」要害の地で、社寺や交通路を配した景観も貴重。

 その地が世界遺産に登録されることは、鎌倉の歴史文化を世界に発信し、共有財産として保存する意味が大きい。

 また、「世界遺産に登録されたら規制が増えたり、見られなくなったりするの?」には、
 簡単に言ってその危惧なしとしている。

 次に「鎌倉のどこが世界遺産登録の候補地なの?」には、
 要害的な山稜部の自然地形と、社寺や切り通しなどの考古学的遺跡から構成されている。

 この考古学的遺跡が重要な要素とされ、同地の21の史跡が挙げられており、
 そのなかには、材木座海岸の沖に浮かぶ和賀江島も挙げられているのには嬉しくなった。

 最後に「世界遺産に登録されると観光客が増え、より渋滞するのでは?」とあり、
 それには京都、奈良、日光などの先発と同じように登録直後は混雑したものの、
 その後は、以前と同じく落ち着いたとの例を引いている。


 ともあれ、世界遺産登録は今年6月、可否が明らかになるそうで、
 近隣住民としては、期待に胸ふくらませて待つこととしょう。

 

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