腹立ち紛れ(笑)

随想録。思ったことをいろいろと。なお、記事と関連の無いコメントなどは削除します。あしからず。

発見

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モササウルス類の化石

モササウルスという名前から、恐竜かと思ったが、恐竜ではなく、トカゲや蛇の仲間だという。
それでも、体長が10メートル前後というから、恐竜のようなものである。


この化石を鑑定したのが、カナダ王立ティレル古生物学博物館の研究員だというのだが、一体どういう理由でそうなったのだろうか。疑問を感じるのは、私だけではあるまい。


以下、ニュース  一部、フォントを変えてある。


モササウルス類の化石、体長10m国内最大級
読売新聞 12月18日(土)13時34分配信
 大阪府泉南市の和泉山脈で、白亜紀末期(約6600万年前)の大型海生爬虫(はちゅう)類・モササウルス類とみられる顎の化石が見つかり、きしわだ自然資料館(大阪府岸和田市)が18日、発表した。

 体長は10メートル前後と推定され、国内最大級という。

 同府東大阪市の会社員宇都宮聡さん(41)が今年3月、同山脈の沢で発見した。長さ16センチ、幅8センチの顎の一部で、歯の根もとや生えかけの歯も残っていた。モササウルス類は約9800万年前に現れたトカゲや蛇の仲間。体長は最大十数メートルとみられる。

 化石は、国内では北海道や四国、近畿を中心に40例見つかっているが、今回は恐竜が絶滅する(6500万年前)直前の化石で、最も新しい時期のもの。鑑定したカナダ王立ティレル古生物学博物館の小西卓哉研究員は「歯の断面の大きさから少なくとも体長8メートル以上。歯の生え替わりの様子もわかる貴重な発見だ」と話している。

白いうろこの「鎧貝」

<体の表面に魚のような白いうろこを持つ巻き貝を、海洋研究開発機構などの研究チームがインド洋の水深約2600メートルの深海底で発見した。>

以前、鉄のような硬いうろこで体表が覆われた巻貝が発見されたというニュースを見たことがあるが、それと同類でうろこが白いものが発見されたようである。
深海底には、珍しい生物がまだまだ居るのであろう。
深海には、夢が詰まっているようだ。


以下、ニュース  一部、フォントを変えてある。


白いうろこの「鎧貝」、インド洋海底で発見
読売新聞 12月14日(火)16時53分配信
 体の表面に魚のような白いうろこを持つ巻き貝を、海洋研究開発機構などの研究チームがインド洋の水深約2600メートルの深海底で発見した。

 米国のチームは2001年に、鎧(よろい)のような、硫化鉄を含む黒いうろこで体の表面が覆われた巻き貝「スケーリーフット」を発見している。今回見つかった貝のうろこは硫化鉄を含まず白いが、遺伝情報の分析から、「スケーリーフット」と同種とみられる。

 体長は3〜4センチで、うろこの数は約350枚。黒いうろこに比べれば硬くないが、それでも人間の歯と同じくらいの硬さがあり、外敵から身を守っているらしい。貝殻も、硫化鉄を含んでおらず茶色をしている。海洋機構の高井研プログラムディレクターは「白い貝と黒い貝を比べることで、硫化鉄を取り込む仕組みなど、詳しい生態がわかるかもしれない」と話している。

<奈良県御所(ごせ)市の秋津遺跡で、古墳時代前期(4世紀前半)の大型建物群跡が見つかり、…文献の少ない「空白の4世紀」を考える上で重要>

奈良県では、昔から遺跡の発掘調査が行われているので、もう大型の遺跡の発見はないだろう、あっても遺物の出土か、極小さな遺跡だけだろうと思っていたが、事実は違った。
「空白の4世紀」――ロマンのある響きである。
そういえば、卑弥呼(ひみこ)と大和政権が直接関係があるのかどうか分からないのだった。間に「空白の4世紀」があるのが理由のひとつだろう。


日本列島には、大昔から人間が住んでいるので、地面を掘れば何かが出てくる。建築関係の人は、遺物が出てくるとそこで工事は中断し、場合によっては工事自体が中止になってしまうこともあるため、何も出てくれるなと願いながら仕事をするのだと聞いたことがあるのを思い出した。

ひょっとすると、遺物が出てきても握り潰されることもあるのかもしれない。
これを防止するためには、古代史に興味のある人を増やすことが最も重要であろう。
工事現場で働く人の中に何人も古代史に興味のある人がいれば、遺物の出土を握りつぶすことなど出来なくなるからである。
そのためには、このような古代史関係のニュースを報道し、多くの人々に知らせることは極めて重要である。興味を持ってもらうきっかけになるからである。
その意味では、このブログのこの記事も微力ながら、貢献したことになるのだろうか?
もしそうなら、嬉しい限りである。


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秋津遺跡 大型建物群跡発見 ヤマト王権の重要祭祀施設か
毎日新聞 11月24日(水)20時6分配信
 奈良県御所(ごせ)市の秋津遺跡で、古墳時代前期(4世紀前半)の大型建物群跡が見つかり、県立橿原考古学研究所が24日、発表した。珍しい構造の塀で囲まれた国内最大規模の区画の中に、4棟が規則的に並んでいた。同研究所は、ヤマト王権の大王か有力豪族が重要な祭祀(さいし)を行う施設だった可能性があるとみて、文献の少ない「空白の4世紀」を考える上で重要な成果だとしている。

 昨年5月から約1万8500平方メートルを調査し今年1月、方形区画の一部を確認したと発表。これまでに区画が六つ見つかり、いずれも杭(くい)を打ち並べた溝の内外を、2〜3メートル間隔で打った丸太で押さえる特異な構造の塀で囲まれていた。最大の区画は南北50メートル、東西48メートル以上と国内最大規模で、内部に南北13.5メートル、東西7メートルの同じ大きさの大型建物跡4棟が、方位をそろえて規則的に並んでいた。掘っ立て柱建物跡と竪穴住居跡も計52棟確認された。

 区画内からは生活に使われる土器がほとんど出土せず、北側の川跡に供物を置く高坏(たかつき)など祭祀用具が大量に捨てられていたことから、橿考研は「内部を清浄に保ち、祭祀を行った施設の可能性がある」とみている。

 中国の歴史書「魏志倭人伝」は3世紀の卑弥呼(ひみこ)、「宋書倭国伝」は5世紀の「倭の五王」について書かれているが、4世紀の記述はなく、古代史上「空白の4世紀」とされる。

 この施設で誰が祭祀などを行ったかについて、学者の間からは▽ヤマト王権▽5世紀に大王(天皇)の外戚(がいせき)として栄え、この地域を支配した葛城(かづらき)氏につながる豪族−−などの見方が出ている。

 現地説明会は28日午前10時〜午後3時。JR玉手駅の南西約1.4キロ。駐車場あり。雨天決行。【高島博之】

史上最大の肺魚の化石

史上最大の古代魚の歯の化石が発見された。

しかし、新しく地面を掘って発見したのではない。
博物館に保管されていた収集品の中から発見されたのである。
70年前に収集され保管されていたものだという。

過去に収集され保管されていたものの中から何かが発見されるということは、時々聞くことである。発見された当時には分からなかったことが、その後に得られた知識や技術で分かるようになるからである。
博物館などに保管されている収集品は、単に希少価値があるというだけでなく、新しい発見物となる可能性も秘めているのである。


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全長4メートル!史上最大の肺魚の化石
読売新聞 11月18日(木)14時45分配信
 肺を持つことで知られる「肺魚類」としては史上最大となる古代魚の歯の化石が米国中部で発見された。

 推定全長は約4メートルで、現在生息している肺魚の2倍以上に達するという。

 化石は最長部分で約12センチ。ネブラスカ州の住民の収集品として、70年間、同州立博物館に保管されたままになっていた。最近になって、米デポール大学の島田賢舟(けんしゅう)准教授らが化石を調べ、現在も近縁種がオーストラリアに生息する「ケラトダス」という肺魚のものと判明。米古脊椎(せきつい)動物学会で報告された。

 歯の形などの特徴から、約1億6000万〜1億年前(ジュラ紀後期〜白亜紀前期)に生息したと推定される。西隣のワイオミング州に、肺魚化石が発見されることで知られる同時期の地層があることから、同州の化石が川に運ばれるなどして、ネブラスカ州で発見されたのではないかとみられている。

平安時代の絹織物

奈良時代の絹織物は多く残っているが、平安時代のものはほとんど残っていないらしい。
テレビや雑誌などでは、奈良時代の衣服よりも平安時代の十二単の方がよく見かけると思うのだが、実際には衣服どころかその布さえも残っていないということか。
染織史では、平安時代は「空白の時代」とされているらしい。
奈良時代よりもはるかに多くのものが残っていると思っていたが、分からないものである。
そうしてみると、今回見つかった平安時代の絹織物は、実に貴重なもののようである。


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平等院の絹織物、創建時の荘厳具か 染織史「空白の時代」に光 京都
産経新聞 11月12日(金)7時56分配信
 平等院鳳凰堂(宇治市)の本尊・阿弥陀如来坐像(国宝)の台座から見つかった平安時代の絹織物。正倉院(奈良市)には奈良時代の絹織物が多く残るが、平安時代の資料はほとんどなく、染織史では「空白の時代」。今回見つかった資料は、その空白史を埋めるとともに、鳳凰堂の落慶(1053年)の際、堂内を飾った幡(ばん)などの荘厳具(しょうごんぐ)の可能性も考えられるという。

 絹織物は、台座の花形部分の華盤(けばん)の中に、台座を飾っていたと考えられる瓔珞(ようらく)(垂れ飾り)=平等院ミュージアム鳳翔館で公開中=などとともに見つかった。その中には近世の遺物もあったことから堂内で大切に保存されていたものを、江戸時代ごろに一括して台座に納めたことが考えられるという。

 平等院は藤原頼通が永承7(1052)年に創建し、翌年、鳳凰堂が落慶。阿弥陀如来坐像は平安時代最高の仏師、定朝の作。堂内はきらびやかな装飾で飾られ、落慶法要は華やかさを極めたとされている。

 発見当時、平等院の学芸員を務めていた大原和服専門学園の花房美紀講師(服飾史)は「6年前に台座の中からこの裂(きれ)が見つかったとき、『創建時の鳳凰堂内の形見』を極力、残そうとした現れと直感した。貴重な金糸入りの裂は、堂創建時の幡など堂内荘厳に使われたものの断片の可能性がある」と話す。

 また、絹織物を調査した五島美術館の佐藤留実学芸員(染織文化史)も「このような上質の絹織物は現在からは想像できないほどの価値があり、財力のある有力者だけが入手できた。本尊に関係する何かを包んでいた袋の一部か、幡やとばりなど創建時の鳳凰堂を飾った荘厳布(ふ)の可能性がある」と話している。

 同寺の神居文彰住職は「新様の織り方と繊細な両面金糸を用いた小片は『染織史空白の3世紀』を埋める重要な発見で、今後の研究が楽しみ」とコメントしている。

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