腹立ち紛れ(笑)

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「子ども」「障がい者」 漢字が悪いわけじゃない
10月12日11時5分配信 産経新聞

 政権交代して、新聞にやたら「子ども」の表記が目立つようになった。民主党が掲げる「子ども手当」による。筆者に言わせれば「子供」と「子ども」とは別の概念だ。小児または小児らを指すのが「子供」で、「子ども」は「子+複数を表す接尾語ども」を表す書き方だ。

 なるほど「子ども」と書いても、この「ども」に複数を表すという意識はもうほとんど薄れている。だからといって、この接尾語「ども」が完全に滅んだかといえばそうではない。野郎ども、アホども、子供どもといえば複数概念がちゃんと生きていることが分かろう。この「ども」には、相手を見下すニュアンスがある。だから、「子供」よりもよほど子供を侮った書き方なのである。

 「子ども」表記にこだわる人に、「供」はお供の供で、子供を供え物のように扱う人権無視の書き方だという人がいるが、事実は右のように「子ども」の方がよほど子供の人権をないがしろにした書き方なのだ。

 子供の「供」は当て字だから「子ども」と書くのだという人には、こう言おう。「あなたは仕事を『し事』、乙女を『おと女』と書きますか」と。

 国語表記の基本は漢字仮名交じりだ。青空、恋人、場合、芝生のような純粋和語をもあたかも漢語のように漢字2字で表す工夫をしたのは、それが最も読みやすく理解しやすいからだ。それは長い時間をかけて出来上がった先人の知恵の集積であって、おかげで現代人はその恩恵に浴しているのである。妙な理屈をこねて、国語表記を毀損(きそん)する交ぜ書きを広めることに強烈な異議を申し立てたい。

 同じような理屈で、民主党の障害者の書き方は「障がい者」である。「障害者」ではまるで“人に害を与える人”みたいではないかと、これも多分“人権派”の、ある人が思いついたものであろう。それを自治体の幾つかが使用しだし、それが徐々に広がりつつある。

 「障害」は昭和31年の国語審議会報告「同音の漢字による書きかえ」に例示された「障碍(しょうがい)」の書き換えで、その後急速に広まった表記だ。だから、筆者はこれを「障碍者」に戻すことに異議は差し挟まない。しかし、「障がい者」と交ぜ書きにすることには反対である。

 なぜなら「がい」は音声を表すだけで意味を持たない書き方だからだ。「障害者」の「害」は“そこなう”という意味を持つ。「障碍者」の「碍」は“さまたげる”という意味を持つ。漢字ならそれがありありと見える。そういう人は心身が正常に機能するのにさわりや、そこない、さまたげを持つ人と理解するのが常識というものだ。“人に害を与える人”などというのは為(ため)にする議論である。

 「障がい者」は、障害者のハンディに目隠しをする書き方であり、非障害者が障害者を見て見ぬふりをするのに都合のいい書き方とさえいえる。

 文字はもとより、人の世を映して、それを表す手立てにすぎない。人の世には善があれば悪もある。美があれば醜もある。光があれば闇もある。「供」であれ「害」であれ、決して漢字が悪いわけでない。「子ども」「障がい者」と漢字隠しをしても、問題は一つも解決しない。けしからんのは漢字ではなく人間の方なのだから。新政権はそこをよくよく考え、国語表記の襟を正すべきだ。(塩原経央)
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同感だ。
言葉には長い歴史がある。
いや、歴史などという文字の作られるはるか前から言葉はあった。
そして長い時間の後、初めて文字が作られ、言葉と結びついた。
そしてそれからまた長い時間を経て、言葉と文字が結びついて、
今に至っているのだ。

それは、複雑かつ広範囲にわたっている結びつきだ。

ごく一部分だけを、恣意的に変えてうまく行くものではない。

言葉のごく一部分、例えば作られた時間も空間も限られた法律、刑法の中の一文を変えるだけでも、ほかの条文との関係を考えると、大変な調査と労力が必要となる。
ましてや、法律などとは比べ物にならない長い時間をかけてできてきた言葉は、単語同士の結びつきの複雑さは、調査し尽くすなど不可能のことだ。

したがって、その言葉の表記については、どうしても変えなければうまく行かない、意味が伝わらないというとき以外は、変えるべきではない。


変えるときには、よほどの調査と議論が必要である。

個人のレベルで、さまざまの表現が認められるのは、かまわない。その中から新しいよき表記が現れることは、あるかもしれない。

しかし、曲がりなりにも、公共機関と呼ばれる、新聞、テレビなどが、恣意的に表記を変えることは、してはならないことだ。もちろん、市や府県などの公共団体も同じである。

もし、「子ども」、「障がい者」と使うのであれば、括弧でくくるなどして、標準的使い方ではないことを示すべきであり、地の文では、「子供」、「障害者」と使うべきである。


大事な日本語を、一部の者の恣意的な考えで、勝手に変えられたのでは、堪ったものではない。

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