腹立ち紛れ(笑)

随想録。思ったことをいろいろと。なお、記事と関連の無いコメントなどは削除します。あしからず。

考古歴史

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<日本三大修験道場の一つ、福岡、大分県境の英彦山(1199メートル)に800軒超の建物跡があることを、福岡県添田町がレーザー測量で確認した。英彦山は江戸時代、「英彦山三千 八百坊」とうたわれるほど栄え、その数字は人口3千人、800坊を意味するとされてきたが、詳細は不明だった。今回の調査で国内最大規模の山伏集落の姿が初めて克明になった。>

 レーザー測量では、実際に現地に行かなくても、上空からレーザーを照射するだけで正確な測量ができるようだ。森林の中にあるものまで測量できるらしいので、実に便利だ。
 我国は、自然が豊かで力があるから、ほったらかしの空き地は、あっという間に緑で覆われ、50年と経たない間に森になってしまうだろう。山の中に建てられた木造建築などは、打ち捨てられたらすぐに森と一体化してしまうに違いない。
 今回確認された山伏の集落は、江戸時代のものらしい。我国の山林には、まだまだ他にも多くの遺跡があるのではないか。江戸時代だけではなく、もっと古い時代の遺跡がレーザー測量で発見されるのではなかろうか。
 ただ、レーザー照射に危険は無いのだろうか。山を歩いていたハイカーが、たまたまレーザー光を直接見てしまって目を負傷するということは、無いのだろうか?


以下、ニュース  一部、フォントを変えてある。

山伏集落800軒確認 国内最大規模、調査で初確認 九州の英彦山
西日本新聞 11月22日(日)7時40分配信

 日本三大修験道場の一つ、福岡、大分県境の英彦山(1199メートル)に800軒超の建物跡があることを、福岡県添田町がレーザー測量で確認した。英彦山は江戸時代、「英彦山三千 八百坊」とうたわれるほど栄え、その数字は人口3千人、800坊を意味するとされてきたが、詳細は不明だった。今回の調査で国内最大規模の山伏集落の姿が初めて克明になった。

 測量は山頂から中腹までの約6・9平方キロで実施。上空から40センチ四方ごとにレーザーを照射して地表の高低差を測定し、山伏が暮らした宿坊や仏堂などがあったとみられる平たん面を800余カ所確認した。集落に通じる古道や「窟」と呼ばれる修行場の岩穴も見つかった。
 宿坊の確定には柱の配置から間取りを調べたり、古文書と照合したりする必要がある。これまで300近く確認した。町まちづくり課の岩本教之副課長は「レーザー測量で森林の中にある建物跡も確認できた。現地調査や分析を進め、全容を解明したい」と語る。
 町は、英彦山の国史跡指定に向けて2010年から5年間、民俗、歴史、古文書、美術工芸、考古、建造物の6部門で調査。1万点を超える古文書なども調べた。研究報告書をまとめ、16年中の指定を目指す。
 一連の調査にあたった西谷正・海の道むなかた館長など8人の専門家が23日午後1時から同町のオークホールで研究成果を発表する。町まちづくり課=0947(82)5965。
西日本新聞社

銅鐸にひも確認

<兵庫県教育委員会などは12日、兵庫県南あわじ市(淡路島)で4月に発見された「松帆銅鐸(どうたく)」に、ひもが付いているのが確認されたと発表した。
 ひもが残っていたのは全国初。使用方法については諸説あるが、この銅鐸はぶら下げて使われたとの見方が強まった。詳しい鑑定により、埋められた年代の特定につながる可能性もあるという。>


 弥生時代の遺跡から出土する謎の道具、銅鐸。何に使われたのか未だによく分からない。また、どのように使ったのかもよく分からない。
 ところが、今回発見された銅鐸の頂部には、ひもが残っていた。銅鐸の内部にあって音を鳴らすのに使われたと考えられる舌にもひもが確認された。つまり、ぶら下げて舌を使って音を出していた可能性が高いと言えるのだ。
 これは、西洋式の鐘、キリスト教の教会で見られるベルと同じ方式だ。現在我国で鐘といえば、お寺で見る撞木で外から撞く方式だが、はるか昔、弥生時代には、西洋式の鐘だったのだ。その後どうして西洋式の鐘は衰退してしまったのか。不思議なことだ。


以下、ニュース  一部、フォントを変えてある。

銅鐸、ぶら下げて使用か=全国初、ひも確認―兵庫・淡路
時事通信 8月12日(水)17時2分配信
 兵庫県教育委員会などは12日、兵庫県南あわじ市(淡路島)で4月に発見された「松帆銅鐸(どうたく)」に、ひもが付いているのが確認されたと発表した。
 ひもが残っていたのは全国初。使用方法については諸説あるが、この銅鐸はぶら下げて使われたとの見方が強まった。詳しい鑑定により、埋められた年代の特定につながる可能性もあるという。
 県教委などによると、ひもとその痕跡はそれぞれ数ミリ程度。発見された7個のうち2個の銅鐸の頂部にあった。状況から、複数回巻かれたとみられる。内部にあり音を鳴らす青銅製の2個の舌(ぜつ)にもひもがあった。
 銅鐸の内部には、イネ科とみられる葉の一部が付着していた。ひもと共に放射性炭素年代測定をすることで、埋められた年代や製作時期の特定に役立つという。 

<南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」の解明に挑む山形大人文学部付属ナスカ研究所(所長・北川忠明学部長)は7日、ラクダ科のリャマとみられる地上絵24点を新たに確認したと発表した。過去に見つけたリャマ17点と同じ地区で発見し、数十点の地上絵が集中して描かれている場所は他に例がないという。市街地から近く宅地開発で破壊される危険性が高いことから、同研究所は保護の重要性を訴えている。>

 ナスカの地上絵に関しては、小中学生相手の雑誌による知識以外にほとんど知らない。そこには、地上で見ても何か分からず、飛行機の登場によって空から見て初めて絵であることが発見された。空からしか分からない絵を昔の人が描くのは不思議だ。その絵も何を書いているのか分からないものがある。宇宙人の仕業ではないか。などという幼く若い者の心を惹き付けるように書かれていた。男の子は特にそういうものが好きだ。私も外国にはそんな不思議なものがあるのかと心を躍らせたものだ。
 その後成長するにつれ、そういうロマンも薄くなっていった。地上絵に関しては、学校ではほとんど何も教えてもらえないので、学者さんはそのようなものに対して興味は無いらしい、大して研究もしていないのだろうと思っていた。
 しかし実際には、宇宙人製作説とは別に、普通の研究がちゃんとされているようだ。地上絵の作り方にも種類があるらしく、今回発見されたものは、その制作方法から作られた時期まで推定できるらしい。宇宙人製作説のロマンは薄くなってしまったが、年代まで詳しく分かるまでに研究が進んでいるとは、また別の興味が湧いてくる。未だに新しく地上絵が発見されることも驚きだ。
 山形大学にナスカ研究所があることは知らなかった。どうして山形大学にあるのか、それも興味があるが、新しく発見した地上絵も含めてその土地の地上絵の保護活動を行い、ペルー政府に保護するように働きかけているのは、良いことだ。もしペルー政府が保護に舵を切ったなら、まことに喜ばしいことであり、山形大ナスカ研究所の働きは、極めて価値の高いこととなる。


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山形大ナスカ研が新たな地上絵発見 市街地近くに24点のリャマ確認
山形新聞 7月7日(火)19時55分配信
 南米ペルーの世界遺産「ナスカの地上絵」の解明に挑む山形大人文学部付属ナスカ研究所(所長・北川忠明学部長)は7日、ラクダ科のリャマとみられる地上絵24点を新たに確認したと発表した。過去に見つけたリャマ17点と同じ地区で発見し、数十点の地上絵が集中して描かれている場所は他に例がないという。市街地から近く宅地開発で破壊される危険性が高いことから、同研究所は保護の重要性を訴えている。

 昨年12月から今年2月にかけて現地で調査した。確認した場所は、ナスカ市街地から1.5キロほど離れたアハ地区にある丘の斜面。24点は全長5〜20メートルほどで、丘の小石を面的に取り除く手法でつくられていることから、時期としては紀元前400〜同200年ごろのパラカス後期と推測できるという。

 同研究所は13年度の調査により、同所で17点のリャマの地上絵の存在を明らかにしている。計41点が同じエリアに描かれていることを確認し、7日に記者会見を開いて説明した副所長の坂井正人教授は「これまでの地上絵は人里離れた所で多く見つかっており、居住地の近くに描かれていることは、今回の結果が分かるまでは意識されていなかった」と説明した。

 山形大は今年4月にペルー文科省と特別協定を締結し、地上絵の情報共有や保護活動を展開。今回の情報は報告書にまとめ、既に同国に提出している。今後、現地で同様の活動に当たっているイタリアの調査団と合同で講演会を開き、地上絵の価値を発信する計画。坂井教授は「現場近くには鉱山関係の作業場がある上、市街地が拡大する見込みとなっている。保護地区に指定して守っていく必要がある」と強調した。

最古の石器は猿人が?

<これまでに見つかっている石器より約70万年古く、ホモ(ヒト)属より古い時代に生きていた猿人が使っていたと考えられる。>

 石器が見つかった330万年前は、ホモ族がまだ出現していないというのが、猿人が使っていたと考える理由のようだ。しかし、その時代にホモ族が既に出現していた可能性も無くはなかろうと思うがどうだろうか。
 もし猿人が石器を使っていたのなら、ホモ属は猿人から石器を教わったということなのだろうか。石器はホモ属の新しい発想ではなくて、猿人から教えられたかマネをしたということなのだろうか。
 考古学の世界では、新しい発見により次々と人類の文化の歴史が書き換えられていく。この分野の興味は尽きない。


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猿人が使う?最古の石器150点、ケニアで発見
読売新聞 5月21日(木)7時21分配信
 アフリカ・ケニア北部の約330万年前の地層から、人類史上最古と見られる石器が見つかったと、米仏などの研究チームが21日、英科学誌ネイチャーに発表する。

 これまでに見つかっている石器より約70万年古く、ホモ(ヒト)属より古い時代に生きていた猿人が使っていたと考えられる。

 見つかったのは、ハンマーのように使う石器や、石器をたたきつける台になる石、石を割って作ったと見られるナイフのように使える鋭利な破片など約150点。これまで最古と考えられていた、隣国エチオピアで見つかった約260万年前の石器と比べると、作りは粗く、より原始的という。

 チンパンジーなども木の実を割る時に石を使う。石器に残された痕跡から、研究チームは、猿人も同じような使い方をしていたと推測。石器の使用がどのように発展したかを探る手がかりになるという。

<「金属ごみかな?」と思い、引き出してみると、全長30センチほどの釣り鐘状の金属の物体。ずしりと重く、表面には青サビが付着し、中に砂が詰まっていた。「歴史の本で見たことがある」とスマートフォンで調べ、銅鐸とわかった。大小2個が「入れ子」の状態になっていたが、土を落とした際に外れたという。>

 発見者の西田さんと発見物を破棄しなかった社長の松本さんは、表彰ものだ  

 第一発見者の西田さんは、表彰ものだ。作業の邪魔になるものなのに、考古歴史的に貴重なものかもしれないと気付いたことがすばらしい。気付かなければ、破壊され捨てられていたかもしれない。
 報告を受けてそれを公にした社長の松本さんも、表彰ものだ。後の作業日程の妨げになるからと、隠したり破棄したりしなかったのが素晴らしい。お二人とも見識のある人物である。


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「金属ごみかな?」…重機で作業中、偶然気付く
読売新聞 5月19日(火)22時23分配信
 兵庫県南あわじ市(淡路島)で見つかった7個の銅鐸。

 今回の発見は、全くの偶然から生まれた。

 第一発見者は、西田達(とおる)さん(51)。西田さんによると、4月8日朝、副工場長を務める南あわじ市の砂利加工会社「マツモト産業」の工場で、重機を使って高さ約5メートルの砂山から砂をすくった際、大きな塊があるのに気付いた。

 「金属ごみかな?」と思い、引き出してみると、全長30センチほどの釣り鐘状の金属の物体。ずしりと重く、表面には青サビが付着し、中に砂が詰まっていた。「歴史の本で見たことがある」とスマートフォンで調べ、銅鐸とわかった。大小2個が「入れ子」の状態になっていたが、土を落とした際に外れたという。

 同社によると、砂は工場から約10キロ北西で、海岸から1キロほど内陸の同市松帆地区の田んぼなどから採取。7メートルほどの深さまで掘って、いったん資材置き場に置いた後、工場に運んだという。地区の砂は細かく質が良いことで知られる。社長の松本康宏さん(70)は「よく壊れずに残っていた。長い間、砂が守っていたのでは」と話している。

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