めぐるさかずき

藪の奥の朽ち果てた庵で、スルメを噛み噛み、過去の城めぐりを書き記す

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温泉卓球にエネルギーを使い果たし、健やかな睡眠で翌日は目が覚めた。
窓から見える琵琶湖。
早くからカッター練習をしている。
 
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通過した町がいずれも豪雨による冠水、土砂崩れの被害にあったというニュースを聞きながら、翌日、向かったのは近江八幡山城である。
 
琵琶湖に沿って続くさざなみ街道を北上。
数年前までは、まだ、全線開通していなかったような気がするが、道幅は広く快適だ。
そして、我々が走る車線に沿って、当然だがサイクリングロードが続いている。
すいすいペダルを漕いだら、さぞかし気分爽快に違いない……と、おもいきや…
サイクリング専用道路は、草ボウボウ。
枯れかかった夏草は丈高く、危なさそう。
何人か走る若者の姿もあったが、草に阻まれれば、ストップして車線に下りてくる。
この道の管理者が誰かは知らないが、ちょっと考えないといけないのではないか。
などと案じていると、こちらの運転も危ないことになる。
人の心配より、自分の心配、である。
幸い曇天ながら、前日のような豪雨の気配は、あまり見られない。
 
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まずは、八幡山城麓の日牟禮八幡宮に到着。
 
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萬燈祭が近いということで、この見事なまでの提灯…
夜になって灯が入れば、幽玄なまでの美しさだろうと想像する。
 
ここの歴史は古く、伝承に寄れば131年草創とか。
「さすがのにんにんも、生まれていないぞ……」
などと言いつつ境内を散策。
 
いくつかの神が合祀されてはいるのだが、境内奥の薄暗がりの中に 『津島社』 を見つけた。
津島社の祭神は牛頭天王。
総社は尾張国津島にある津島神社。
信長生誕地の隣町にあり、夏の津島天王祭りは尾張三大祭りにも挙げられる幽玄華麗な祭りである。
神社の紋は織田家と同じ木瓜。
信長も秀吉も手篤く保護し、津島天王祭りを楽しんだとも伝えられている。
 
よもや、ここで津島社を見るとは…
 
と感慨深く、一方で、やはり織田、豊臣と尾張出身の一族には因縁深い地なのだと改めて思ったのである。
 
考えてみれば織田家はもともと、越前にある織田神社の神官だったとも伝えられている。
尾張に行く前から、どこかで津島社と繋がっていたのかも知れない。
が、ここに津島社があるのは信長の仕業でないだろう。
豊臣家の体質の方が、ずっと土着の信仰を新天地に持っていきそうな気がするからだ。
 
 
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さて、そんな自問自答をしながら境内をぶらついていると、リアルな虎の乗った織田木瓜の朱盃を見つけた。
由来は左義長祭り。
 
『信長記』によれば、信長は、安土城下で毎年正月に左義長祭りを盛大に行っていたとか。
その際、信長自身も異粧華美な姿で躍り出たと書かれているのだそうだ。
信長が亡びた後、豊臣秀次が八幡山城を築き、安土からこの地へ人々を移住させた。
そうした人々が八幡宮を氏神とし、ここでも同じようにこうした祭礼を奉納することになったのだという。
記録に寄れば信長は、お盆に城下で火をたくことを禁じ、安土城の天守のみを無数の提灯で飾らせたという。
つまり、信長は日本で最初に城のライトアップをした人、ということになろうか。
この境内の赤い提灯を見ると、なんとなく信長の求めた 『美』 がわかるような気がする。
 
それはさておき、この八幡宮駐車場から近江八幡山城を見上げると、こんな感じなのである。
 
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標高約283メートルというが、それ以上に高そうな気がする。
真下から見上げると急峻で、ちょっとひるむ。
なにしろ高所恐怖症。
それなのに同行の若者達はご機嫌で、ロープウェイに乗ろうという。
(ひ〜〜〜〜〜)
悲鳴を心の中で上げ、平気なふりで搭乗。
 
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南に広がる城下町は、整然として碁盤の目のようだ。
安土城下町を移住させ、秀次が丹精込めて築いた町である。
築城当時、平地が広がっていたのはこの町の広がる南部だけで、東西は湖だった。
 
下は、東寄りに撮した眺め。
内湖と呼ばれる湖が点在。
湖はつながっていて、水面は、もっと広がっていたのではないだろうか
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 むこう中央にやや小高く見えるのが、観音寺城。
その手前の細長く低い山があるが、そこが安土城のあったところである。
分かりにくいが、色が少し黒いので区別できる…はず…
湖が麓まで迫っているように見える。
当時は、ほんとうに湖に囲まれ、水の中に浮かんでいるように見えたという。
 
そして、下はやや西方向を撮したもの。
小さい山の向こうは緑の平地だが、低地利用の田のようにも見える。
その向こうはすでに琵琶湖だから、もともとはここも湖だったのかも知れない。
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そう思って眺めてみると、八幡山城は、湖に浮かぶ水城の様相を呈していたのかも知れないと、想像がふくらむ。
水が豊かなら軍事的にも有利だが、運輸も便利。
近江商人発祥の地となった理由の一つに、それもあったのではないかと考える。
 
さて、いよいよロープウェイを下りて、城攻めである。
 
一目で厳しさの伝わるこの石垣…
急峻はともかく、崩れそうな石積み…
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ほら……
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思わずめまいがして、カメラのピントがぶれちゃうほど……
 
ということで、八幡山城については、次回。

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