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昔・・・20才の頃だったかな・・・ 偏頭痛で頭が割れるように痛いのと、歯が痛いのとで・・・バ○ァリンを飲んだ。。。 さっぱり効かないので、また2錠・・・また2錠・・・ 数えたら21錠飲んでいた。。。 今のあたしの頭痛薬はナロン○ース。。。これが良く効く! でも、偏頭痛にはそれ専用の薬じゃないと効かないんだよね^^; とりあえず、生きていたことに感謝!!!自殺行為だよね^^; みなさんも、気を付けてねぇ〜〜って21錠も飲む人いないよな…(-∀-)ボソッ |
昔の話ですが。。。
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続き・・・書きましょうね^^心配してくれてるみなさんに悪いから^^ なにごともなく、スクスクと育つ次男。。。 次男の歯が生えて来たとき。。。【黄色いなぁ〜〜歯磨きしてるのに・・・】そう思ったのね。 で、歯医者に行き診てもらったら、【エナメル質形成不全症】と言われた。 なんで、そうなるか・・・ 乳歯の場合は妊娠初期に母胎に何かあったときになるらしい・・・ エナメル質がないので、象牙のように黄色く汚く見えてしまう。しかも、虫歯になりやすい。 スペクト検査のせいだ・・・お兄ちゃんとは違って、全然弱い歯・・・磨いても磨いても白くはならない。 歯医者さんは、『まぁ、大人の歯は大丈夫じゃないかしら?』・・・と 《でも、大人の歯に影響を及ぼすのは、9〜10ヶ月の間に母胎に何かあったとき・・・》 先生に、スペクト検査、心雑音の話をしてみた。。。 『確かにスペクト検査の影響はあるでしょう』 でも『大人の歯、生えるまで待ちましょうね^^』と・・・ 予感は的中。。。大人の歯は黄色く弱々しい。。。 先生は『やっぱり、ダメだったね^^; でも心配しないで。大人になって気にし始めたら何とでも綺麗に見せることできるから』・・と。 どんどん大人の歯が生えてきている次男。。。でも、全部黄色い・・・ 普通の子と違って、しょっちゅう歯医者に行かなければならない。 一時期、歯医者に行っただけで、蕁麻疹を起こした次男。。。それから、歯医者の前を通っても蕁麻疹。 先生は無理に連れてこなくてもいいと言ってくれた。 小児歯科の先生だけあって、診察しなくても息子の話を聞いてくれたりと少しずつ慣れさせてくれた。 今はもう蕁麻疹は出ない、むしろ歯医者が大好きになってくれた。 今はもう諦めているけど、あの時あたしが検査をしなければ・・・先生に言う勇気があれば・・・ 息子に申し訳がない・・・ たられば・・・はダメだけどね・・・ でも、生死に関わることなく、歯だけで済んだのは神様に感謝している。 これからも、頑張って歯医者に通い続けます!!! でも、検査は慎重に・・・自分勝手にバタバタとするものじゃないと考えさせられました。 そして、今から検査をしようとしているみなさん!一回、自分の身体と向き合ってみてください。 このくらいで済んだ私からでは、説得力ないかもしれないけど。 なにか起こるのでは・・・と疑問を持ちながらの妊娠期間はほんと辛かったんです。 |
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9年も前の話になるかな・・・ 当時、長男が1才ぐらいの時の話です。 ある日家族で鍋を食べていたときのこと、急に箸をポロッと落としてしまったの・・・ しかも、なんか焦っている自分にも気付き、廊下に出て気分が治まるのを待ってた。 で、そういうことが頻繁に起こるようになってきた。とにかく何でも落とす、力が入らない。 ラーメンを食べてもダメ、鍋もダメ、最終的には子供にご飯を食べさせるのも無理になってきた。 そう・・・ふうふうして食べるものがダメなことに気付いた。。。 たまたま教育放送で【もやもや病】のことをやっていて、あたしにそっくり!!って思ったの。 いてもたってもいられず、すぐに大きな病院に行った。 CTもMRIも異常なし・・・『過呼吸じゃない???』と先生は言った。。。 検査に欲張りなあたしは、『もっと正確に調べてください。子供抱っこしてると怖いんです』と・・・ 先生も分かってくれて、【スペクト検査】をしてみようということになった。 《スペクト検査》 造影剤とは違い、微量の放射線を出す放射性医療薬品を体内に投与し、診断をしたいところに集まり そこから、放射線を出す。その放射線を計測したものを画像にする。 それによって、血液の流れ臓器の活動の具合が分かる。 最初に検査室に入るとき、『妊娠してませんよね?』 『はい、大丈夫です』という会話をしていた。 スペクト検査が決まって、放射性医療薬を投与し始めた。。。 ちょっと熱いなぁ〜〜〜と思った瞬間っ! 何か突然の不安感があった。。。 【妊娠してるかも・・・】焦った・・・もう投与し終わってるし、今更先生にも言えず。。。 検査を終えて、家に帰る帰り道・・・薬局に寄り、妊娠検査薬を買った。 していた・・・ 凄く薄く反応していた。。。 【あの時の不安感・・・あたしに必死に訴えかけようと赤ちゃんはしていたのかもしれない。】 混乱したあたしは、産婦人科と検査を行った病院に即電話していた。。。 産婦人科の先生は『ほんとに妊娠しているか分からないから、とにかく来てみなさい』と・・・ 検査を受けた先生は医療品会社に電話をかけてくれたり、いろいろな資料を集めてくれていた。 産婦人科に行ってみると、まだ袋ができたてで、赤ちゃんが見えない状態だという。 『でも、スペクトの検査でしょ?産婦人科の医者としては産まないことを薦めます。。。残念だけど』 呆然としてしまった。。。『とにかく、旦那と相談してみます』とは言ったものの、もう心は決まっていた。 国立の先生から電話だよ・・・と言われ、受話器を取った。 『スペクトの検査の量で、奇形が産まれる割合は少ない!!!大丈夫だよ!!!』と・・・ 【ありがと・・・先生・・・】嬉しくて、ワンワン泣いた。 次の日、産婦人科に行き、『どんなことがあってもいいので、産みます!!!』と答えた。 そうそう・・・結局、あたしは過呼吸だったみたいです。 妊娠10ヶ月目・・・検診の日・・・どうも赤ちゃんの心臓の音がおかしい・・・ リズムに乗れてない?・・・こんな事初めて・・・ 先生も焦ったのか、即入院・・・翌日近くの大学病院で検査してくれと・・・ 結果は、心雑音・・・子供自身の産まれてくることに対してのストレスだそうだ。。。 今入院している病院での出産の許可も降りた。赤ちゃんにもストレスがあるのか‥‥とホッとして病院に戻った。 ようやく生まれてくる日、相変わらず心臓の音は変。。。いきんでいる時、特におかしくなる。。。 早く産んであげないと・・・気が焦る・・・ トゥルンッ・・・産まれた。。。声は???なかなかあげてくれない。。。 【心臓は?赤ちゃんは?】と言いたかったけど、言葉にならなくて訳の分からないことを言ってたらしい。 少しすると、『オギャーーーーーーー!!!』と泣いた。。。泣いた。。。あたしも泣いた。。。 病院にいる間はずっと心臓の音が治らず、一週間たって大学病院に検査を受けに行った。 一日心電図なるものを着けられ、眠剤で寝かされていろいろな検査・・・小さいのにと思いながら。 結果はどこにも、異常なし!!心臓の音ももう少しで戻るとのこと。。。良かった。ほんとに。 それからは、なにごともなくスクスクと育つ次男。。。 でも、でもね・・・・・そのスペクト検査が子供に与えたもの・・・それは、続きにしましょう。 |
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あたしは、6才(小1)の時、宮城県沖の地震で大怪我をした。。。 あれは・・・ 午前中からアイスが(ビバオール・イチゴ味)が3回連続で当たった日。。。 4本目を交換しに行った帰りだった。。。 ウキウキしながら家に戻ってたあたしは、突然のめまいに襲われたかと思うくらいのユラユラ感・・・ 一回おさまって・・・・突然!!!
そこにはお金持ちの家があり、そこの家の石塀(ブロック塀の何倍も大きいやつ)が足の上に。。。
痛かった・・・ とにかく痛くて痛くて泣いた。。。でも、近所の人たちはあたしをただ見ているだけ。 ふくらはぎが削ぎ落とされている。。。骨も見えている。。。怖い・・・ 『おかぁさーん』・・・・・・・・・・何回叫んだだろう。。。 遠くから母親が駆けつけてきた。。。 なにか、ワタワタしている。。。母はあたしを抱いて急いで家に。。。 救急はもうパニック。。。繋がらない。。。。 たまたま、家の裏にアパートを建てていた大工さん達に病院まで連れて行ってもらった。 そろそろ病院ってとこで、あたしは気が朦朧としてきた。。。 そして、母に『今まで、ありがとう・・・』と言っていた。。。(小1なのに不思議・・・) 母は、『何言ってるの!!!ダメ!!寝ちゃダメよっ!!!』・・・と でも、無理だよ。。。眠い。。。 そこからあたしの記憶はない。。。 病院の処置室から出てきたあたしは、ベットに座っていた。 父・母・いとこが目の前にいたので『大丈夫だったよ』と手を振るあたし。 でも、3人とも笑っていない。。。『アイスのことならごめんなさい・・・』と心の中で思っていた。 違かった。。。あたしは幽体離脱していたのだ。。。 出てきた瞬間心臓停止になったらしい。。。 急いで処置室へ逆戻り。。。 それから、2日目。。。やっと目が覚めた。。。 痛い。。。でも、生きてる。。。 どうやら、母が駆けつけてくれる前に医学部の生徒がたまたま通り 自分のベルトであたしの太ももを縛り、止血してくれていたらしい。。。(それは全く覚えていない) とにかくあたしの右足は傷だらけ。。。足の太さも全く違う。 自分の太ももから皮を剥ぎ、移植するという手術をした。。。(せめてお尻からしてくれれば・・・) それから、14年が経ちアキレス腱の手術をした。 (あの時の怪我で、アキレス腱が縮んでしまっていたので・・・) その時の麻酔の先生。。。手術室であたしの足だけを見て。。。 『この子、地震で怪我した子じゃない?』と担当の先生に言っていたという。。。 そう・・・あの時のベルトを縛ってくれた学生さんだったのだ。。。 そのことは、手術が終わってから聞いた。。。 『お礼をしたいんで、先生の名前教えてください』と言ったけど 本人の希望で名前は教えられない・・・とのこと。 そういえば、あの時も母親が『名前は?』と聞いたらしいけど、『いいから早く行ってください!』と言われたらしい。 あたしは一人っ子。。。今はお婿さんをもらって自分の実家を継いでいる。。。 そしてあれから、仙台の中心部に住んでいたあたしは、両親に相談してちょっと離れたところに引っ越した。 もうすぐ宮城県沖の地震がやって来る!!!と騒がれていた時期だった。 地震の恐怖は人一倍だけど。。。(地震が起きるとフラッシュバックするのよね;;) でも、あの時の先生にこころから感謝してます。 このブログ見ないかなぁ〜〜〜(期待込・・・・ |
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