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アントニオ・サンテリア ドローイング → アントニオ サンテリア 実作
アントニオ・サンテリア Antonio Sant'Elia (1888.04.30〜1916.10.10)
■生涯
1888年生まれ
1909年、詩人のフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティは「未来派宣言」を発表。
その主張に賛同する芸術家たちの運動がイタリアを中心に展開していった。
同文書においてマリネッティは、工業化・都市化の進展を、伝統の集積によって閉塞したイタリアの状況を打破するものとして積極的に評価。
とくに自動車などの機械に固有の「速度」から生ずる近代的な美学を前面に打ち出していった。
1914年にドローイング『新都市』(チッタ・ヌオーヴァ)を発表。
また彼による展覧会カタログの序文にマリネッティが手を加え、同年『未来派建築宣言』として発表された。 同文書は建築家のアントニオ・サンテリアとマリネッティとの共同執筆によるものと考えられている。
イタリアに前衛建築運動をもたらし、多くの大都市計画案を発表しながら未来都市の姿を追求し続けた。 「新都市」と題されたドローイングには駅、高層住宅といった新しい都市のイメージを描いている。 「新都市」と題した16枚のドローイングによって示されたその建築理念は、当然ながら、工業化・機械化された未来都市を構想したものとなっている。
巨大な規模で展開するビル群や発電所などが新都市の象徴として配置され、それを支える下部構造として線路・エレベーター・空中歩道などが採用されている。
スケッチを見る限りにおいて、それらはヒューマンスケールを超えた土木的スケールを持ち、威圧的であり、発電所やダム、軍艦を彷彿させ、至る所に屹立する塔や砲台がデザインされているのは男根(ファルス)を表象するものであろう。
「未来派宣言」は差別意識と暴力の肯定を前提とし、機械文明、戦争、軍国主義を讚え、それらを世界の唯一の衛生装置と見做し、女性蔑視を主張している。マリネッティは「機関銃の弾道を走るように見える自動車はサモトラケのニケよりも美しい。」と、その思想を表現している。 1916年28歳で没す。
▼Stazione d'aeroplani e treni ferroviari con funicolari e ascensori su tre piani stradali (1914)
▼Stazione per treni ed aerei (1914)
▼Casa comunicante con ascensori e ponte esterno (1914)
▼Terraced Building with exterior elevators (1914)
▼Chiesa (1913 - 14)
▼La città nuova (1914)
▼Electric Power Plant (1914)
▼Schizzo per la nuova Stazione di Milano (1913 - 14)
▼Study for a Building (1913)
全ドローイング数は紛失したものも含めて373点が確認されるが、その主要作品173点が、彼の生地コモの市立美術館に収蔵されている。
アントニオ・サンテリアのドローイング集が中央公論美術出版より発売された。
イタリア・コモの市立美術館が所蔵する作品の原寸オールカラーの復刻。 |
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