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ルイジ・ルッソロ Luigi Russolo (1885-1947)
▼イントナルモーリ L'Intonarumori
(「調律」と「騒音」の合成語で、「調律された騒音機械」といったほどの意味)
ルッソロ(左)と助手ウーゴ・ピアッティ(右) ■生涯
1885年 ヴェネト地方のポルトグルアーロに生まれる。父親はラティザーナの教会楽長(大聖堂のオルガニストにして聖歌隊の指揮者)であった。二人の兄は音楽家となり、そのうち兄アントニオも未来主義の音楽を作曲した。
1901年にミラノに出てマリネッティ主宰の雑誌「ポエジア」に参加。ブレラ美術館に足繁く通い、サンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会にてレオナルド・ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の修復作業に参加。処女作においては、点描技法を用いて、都会や産業界を幻想的に描き出している。 ▼Lightning(1909)
▼Profumo (1910)
1910 イタリア未来派グループに参加 未来派運動を信奉して、未来主義者のフィリッポ・トンマーゾ・マリネッティに近しく師事。 ▼The Revolt (1911)
▼Automobile in Corsa (1912)
1912〜13 画面構成が鋭角と直線から曲線と渦に変化
▼Music (1911)
▼Solidity of Fog (1912) ▼Synthèse plastique des mouvements d’une femme (1912) 1913年3月11日に論文『騒音芸術(L'arte dei rumori)』を世に問う(このため現在では、電子音楽の最初の理論家として認知されている) 1913 未来派音楽の初演を聴き、その感想が「騒音音楽宣言」として発表される。「騒音芸術」のマニフェストを執筆。 ▼Noise-enharmonic score of the first seven bars of "Risveglio di una città" (1914),
from book "L'Arte dei rumori"
それを機会に絵筆を折り、独自の楽器を考案して演奏を行う。 実演用に「騒音」を出せる特製の楽器イントナルモーリを発明し、実作する。 ▼Internal machinery of a noise-intoner
from the booklet of AA VV / Daniele Lombardi [music by Marinetti, Pratella, L. Russolo, A. Russolo, Giuntini, Grandi, Mix, Casavola, Casella], "Musica futurista", Salon (CD), 2004
不幸にしてイントナルモーリのオリジナルは、第2次世界大戦によって喪われ、現存しない。 ウーゴ・ピアッティとともに騒音楽器「イントナルモーリ」を製作・実演するなど、先駆的な実験を音楽史に残した。 ただし後には音楽活動から身を引いており、イントナルモーリも破壊されてしまっている。 1914 マリネッティとともにミラノのヴェルメ劇場で「都市の目覚め」などを演奏。その後、ヨーロッパ各地で演奏 第一次大戦に参加 1917 重症を負い、戦後はパリに転居 ▼Impressions of bombardment (1926)
1930以後 ヨガにもとづく神秘学に没頭
▼Aurora boreale (1938)
1941年から1942年まで画業に復帰し、「古典的モダニズム」と称する画風で描いた。 1947年にヴァレーゼ県のチェッロ・ディ・ラヴェノにて他界。 ヴァレーゼ県のルッソロ=プラテッラ財団により、未来主義者ルッソロを記念して、電子音楽作曲コンクールが毎年開催されている。 「ルイージ・ルッソロ電子音楽賞」は、電子楽器の分野において最も栄えある賞の一つである。 『騒音芸術』(1913年)や『未来の音楽』といった著作を残す。
典拠
Vita e Opere di un Futurista 生涯に渡る作品列挙★ SENTIREASCOLTARE イントナルモーリ
未来派的世界 未来派音楽講座
La musica futurista [イタリア語]
音楽
Media Art Net ルイジ・ルッソロの音楽が聴ける★
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