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鳥取大火 5228棟 1952年4月17日14時55分
鳥取駅前にあった市営動源温泉付近の空き家から出火。折からフェーン現象による最大瞬間風速15mという強い南風が吹き荒れており、日中の最高気温が25.3℃に達し、湿度は28%と乾燥していた。 市営動源温泉屋上の湯気抜き鎧戸に蒸気機関車から飛び出した火の粉が当たって火炎が噴き出して出火点となった。鳥取駅信号所のストーブの飛び火が原因ではないかといわれ、信号所の責任者2人が取り調べを受けたが、証拠不十分で不起訴になっている。 飯田大火 3742棟 昭和22年4月20日 よく晴れた日曜日、桜も満開で選挙ついでのお花見に出かける人が多くどの家も留守。 そんな中、お昼ごはんの仕度をしていたある一軒の家の、かまどの煙突から出た火の粉が屋根に飛び火。 これが原因。 岩内大火 3298棟 1954年(昭和29年)9月26日 北海道岩内郡岩内町 午後8時15分頃、岩内市街の南西部に位置する相生町で、木造平屋建て11世帯の「西口アパート」から出火。 9月26日午後から夜にかけて台風15号が勢力と速度を上げつつ日本海を北上し、北海道に迫りつつあった。このため台風を恐れて少なからず住民が避難したものの、アパートの住人が火鉢の火を消し忘れ、その飛び火が出火の原因となった。 台風下の警戒で市街を巡回していたポンプ車が駆けつけ消火に当たるものの、南の烈風は風速24-40メートルに達し、ノズルから噴出する水は霧状となって火に届かないばかりか、風で職員も吹き倒されるほどだった。合計6台のポンプ車で火に立ち向かうもなす術が無く、隣家、さらに風下の倉庫に引火し、大量の火の粉を撒き散らしつつ炎上する。3点を基点として火は市街北部へと広がった。 風向きが南の烈風であるため、北側まで焼けぬけて港に達すれば自然鎮火するものと思われた。しかし台風が接近するにつれて風向きは南西、そして西へと変わり、火は重要建築物が集まる東側の大和、万代方面へ向かう。あまつさえ港湾施設にも火が進入し、漁船の燃料用として貯蔵されていた重油やガソリンのドラム缶が大爆発を起こした。目撃者の証言では、燃え上がるドラム缶が2㎞も風下に吹き飛び、墜落しては火を広げていったという。さらに港内の漁船にも延焼、燃え上がる船は暴風に吹き流され、漂着した大浜方面にも火を広げた。午前0時頃には逆に東の強風となり、安全と思われていた万代方面も被災した。 火は午後8時頃から翌日27日の午前6時まで市街を時計回りに燃え進み、結局市街地の8割が烏有に帰した。 焼失戸数3298戸、焼失面積32万坪、罹災者16622人、死者35人(焼死33人、溺死2人)、負傷者551人、行方不明3人。 酒田大火 1774棟 1976年(昭和51年)10月29日17時40分頃 酒田市中町2丁目にあった映画館「グリーンハウス」のボイラー室から出火。すぐに観客20名は避難したが当日の酒田市は風が強く、またたく間に隣接していた木造ビルや木造家屋に燃え広がった。火災は西よりの強風(元々酒田市周辺は、日本海から内陸部への風の通り道であり、最大瞬間風速26.7m/sの風が吹いていた。 グリーンハウスの火事そのものは、確かに初期消火にもたついているし、通報も遅れている。だが避難誘導はきちんとなされているし、出火原因も不明だ(最終的に、消去法で漏電という結論に落ち着いた)。グリーンハウスの従業員に目立った落ち度はない。街全体が焼けたのは、端的に言って消防体勢と消火設備の不備のため。 糸魚川大火 140棟 2016年12月22日10時28分頃 糸魚川市大町1丁目の中華料理店上海亭で火災が発生。店主72歳「火を付けたまま外出してしまった」 市の中心部JR北陸新幹線糸魚川駅の北側に位置し、雁木が連なる商店や住宅など主に昭和初期の木造の古い建物が密集する地域であったことに加えて強風により延焼が拡大。 |
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