緑子之
若子蚊見庭
垂乳為
母所懐 | みどり子の
若子髪(わかごかみ)には
たらちし
母に抱(むだ)かえ | 生まれたての
赤ちゃん髪のころには
“たらちし”(満ち足りた)
母親に抱かれて |
褨襁
平生蚊見庭
結経方衣
氷津裏丹縫服 | ひむつきの、褨(すき)を襁(か)け
平生(ひらお)の時(かみ)には
木綿(ゆふ)の肩衣(かたきぬ)
純裏(ひつら)に縫ひ着 | “ひむつきの”(おしめをつけた)
稚児髪のころには、
木綿(ゆう)の袖無しに
総裏を縫いつけて着ていた。 |
頚著之
童子蚊見庭
結幡之
袂著衣
服我矣 | 頚(うな)つきの
童(わらは)の時(かみ)には
結ひはたの、結幡(けつはん)の
袖つけ衣
着し我れを | “うなつきの”
童子頭のころには
絞り染めの
袖着衣を、袖付き衣を
着ていた私 |
丹因
子等何四千庭
三名之綿
蚊黒為髪尾
信櫛持 | 丹(に)よれる
子らがよち(同年輩)には
蜷(みな)の腸(わた)
か黒し髪を
ま櫛持ち | 赤いニキビの、艶やかな、紅顔の
おまえさん方の年頃には
“みなのわた”
真っ黒な髪を、
立派な櫛で梳いて、 |
|
於是蚊寸垂
取束
擧而裳纒見
解乱
童兒丹成見
| ここにかき垂れ
取り束(たか)ね
上げても巻きみ
解き乱り
童に為(な)しみ | 髪を垂らしたり、肩まで垂らしたり
取り束ばねて
あげまきにしたり
ざんばらにしたり、梳き乱しては、
年に似合う髪形にしていた |
羅丹津蚊経
色丹名著来
紫之
大綾之衣 | さ丹つかふ
色になつける、色になつか(相応)しき
紫の
大綾(おほあや)の衣(きぬ) | “さ丹つかふ”
赤い色をさした頬に 、(赤い)色をさした
“紫の”
綾織りの衣や、 |
墨江之
遠里小野之
真榛持
丹穂之為衣丹
狛錦
紐丹縫著 | 住吉(すみのえ)の
遠里小野(とほさとをの)の
ま榛(はり)持ち
にほほし衣(きぬ)に
高麗錦(こまにしき)
紐に縫ひつけ | “住吉(すみのえ)の”
遠里小野(とほさとをの)の
榛(はり)の木で、
染め上げた衣を着、
高麗錦(こまにしき)を
紐にして縫いつけ、 |
刺部重部
波累服 | 刺(さ)さへ重(かさ)なへ
浪累(し)き、なみ重ね着て |
粋に重ね着をした。 |
打十八為
麻續兒等
蟻衣之
寳之子等蚊 | 打麻(うちそ)やし
麻続(をみ)の子ら
あり衣の
財(たから)の子らが | “打麻やし”
麻績(をみ)の娘や
“あり衣の”
財’たから)の娘らが、 |
打栲者
経而織布
日曝之
朝手作尾 | 打ちし栲(たへ)、打つたへ(栲)は
延(は)へて織る布
日晒(ひさら)しの
麻手(あさて)作りを | 楮を打ち 、
延ばして織り上げた生地。
白く日晒しした
手織りの麻布を、 |
信巾裳成
者之寸丹取 | 信巾(ひれ)もなす
愛(は)しきに取り | 前垂れ風の
短い袴にあしらっていたのじゃよ。 |
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為支屋所経
稲寸丁女蚊
妻問迹
我丹所来為
彼方之
二綾裏沓
飛鳥
飛鳥壮蚊
霖禁
縫為黒沓
刺佩而
庭立住
退莫立 | 醜屋(しきや)に経(ふ)る
否(いな)き娘子か、稲置娘子(いなきをとめ)が
妻問ふに、妻どふと
我れに来なせと、我れにおこせし
彼方(をちかた)の
挿鞋(ふたあやうらくつ)二綾下沓(ふたあやしたぐつ)
飛ぶ鳥の
明日香壮士(あすかをとこ)か、が
長雨(ながめ)禁(い)み、長雨禁(さ)へ
縫ひし黒沓(くろぐつ)
差(さ)し佩(は)きし、さし履きて
庭たつすみ、庭にたたずみ
退(さ、そ)けな立ち | みすぼらしい家で待つ
稲置の乙女が、
妻問いに、妻問えよと
私に来てくれと送った、私に贈ってきた、
“おちかたの”
二色交ぜ織りの足袋と
“飛ぶ鳥”
明日香の男が、
長雨の中、長雨の中でも大丈夫な
縫い上げた黒い沓(くつ)を
履いて、
(惚れた女の)庭にたたずむと、
『そこを退きなさい』と(彼女の両親に追い払われた)。 |
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禁尾迹女蚊
髣髴聞而
我丹所来為
水縹
絹帶尾
引帶成
韓帶丹取為
海神之
殿盖丹
飛翔
為軽如来
腰細丹
取餝氷
真十鏡
取雙懸而
己蚊果
還氷見乍 | 禁(いさ)め娘子(をとめ)か、が
髣髴(ほの)聞きて
我れに来なせと 、我れにおこせし
水縹(みなはだ)の
絹の帯を
引き帯(ひこび)なす
韓(から)を帶に取らし、韓帯(かろび)に取らし
海若(わたつみ)の
殿(あらか)の盖(うへ)に、殿(との)の甍(いらか)に
飛び翔ける
すがるのごとき
腰細(こしほそ)に
取り装ほひ
真十鏡(まそかがみ)
取り並(な)め懸けて
己(おの)か欲(ほ)し 、おのがなり
返へらひ見つつ | なかなか会えない娘(稲置の乙女)が、
こっそり聞いて、
わしに会いに来た。わしに賜った
水色の
絹帯を、
付け紐風の、
韓帯みたく、韓帯みたいにして
“わたつみの”
宮殿の瓦を、神社の甍(いらか)に
飛び翔ける、
ジガバチのように、すがる蜂のような
細い腰に
装着する。
“まそ鏡”(鏡を)
二つ並べて、鏡を並べ懸けて
自分の顔や身なりを
何度もほれぼれと見たよ |
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春避而
野邊尾廻者
面白見
我矣思経蚊
狭野津鳥
来鳴翔経 | 春さりて
野辺を廻(めぐ)れば
おもしろみ
我れを思へか
背の千鳥(つとり) 、さ野つ鳥
来鳴き翔らふ | 春が来た。
野辺を駆ければ、野辺を廻ると
面白い
趣があるのか、趣でもあるのか
“さ野つ鳥”(キジが)、野の鳥まで
飛んできて鳴くよ。鳴いて飛び回り |
秋僻而
山邊尾徃者
名津蚊為迹
我矣思経蚊
天雲裳
行田菜引 | 秋さりて
山辺を行けば
なつかしと
我れを思へか
天雲も
行きたなびく | 秋が来た。
山辺を歩けば、山辺を行けば
懐かしいのか
心ひかれたのか、心ひかれてか
“天雲も”、天雲さえも
たなびくものよ。来て棚引く
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還立
路尾所来者
打氷刺
宮尾見名
刺竹之
舎人壮裳
忍経等氷
還等氷見乍
誰子其迹哉
所思而在 | 還(か)へり立ち
道を来れば
打日(うちひ)刺す
宮女(みやをみな)
さす竹の
舎人壮士(とねりをとこ)も
忍ぶらひ
返(かへ)らひ見つつ
誰が子ぞとや
思はえてある | 帰途につこうと、
道を戻れば、都大路に来ると
“うちひさす”
宮殿に仕える官女や、女官達も
“さす竹の”
舎人たちが、も
こっそりと
見返っていた。振り返り
どこの若君かと
思われていたものさ |
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如是
所為故為
古部
狭〃寸為我哉
端寸八為
今日八方子等
五十狭邇迹哉
所思而在 | かくのごと
為(せ)し故(ゆへ)し、とちこち(そしこし)
古(いにしへ)の
狭幸(ささき)し我れや
愛(は)しきやし
今日(けふ)やも子らに
不知(いさ)にとや ,いさとや
思はえてある | かくして、かくは
はるか昔は、
もてはやされたわしであったが、
“はしきやし”、(ああ いとおしいかな)
きょうび(きみたち)若い娘らに、
嫌な(じーさんと)、変な爺さんだと
思われている。 |
如是
所為故為
古部之
賢人藻
後之世之
堅監将為迹
老人矣
送為車
持還来
持還来 | かくのごと
為(せ)し故(ゆへ)し 、とちこち(そしこし)
古(いにしへ)の
賢(さか)しき人も
後の世の
語らむせむと 、鑑にせむと
老人(おいひと)を
送りし車
持ち帰りけり
持ち帰りけり | かくのごとく、こう
年をとると大事にされなくなる。歳をとると邪険にされる
昔の
賢人たちも、
後世(の若者ら)に
見せるため、鑑になればと
老いた人を
捨てに行った手押しの車を、
老いた人ごと持ち帰ってきた
老いた人ごと持ち帰ってきた |
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