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山折線・谷折線の提案

折り方  表現                               (キーボード上での操作)
 
切る   実線が理想
            --------------------------------------------- (マイナスキー)
 
折る
標高がプラス的 日当たりがいいので赤
 山折線+++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++ (プラスキー)
標高がマイナス的 日当たりが悪く水が流れているので青
 谷折線|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||  (¥のキーの縦棒)
 谷折線−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−  (破線)
 
 
宮崎市下北方越ケ迫にある平和台公園の中の平和の塔
高さ37m、基部面積1070平方m、敷地9900平方m
製作、設計者は、日名子実三18931945年:大分出身)
1940年紀元2600年を記念して建てられた。
 
平和の塔は数あれどこれは出色の出来だと思う。
ただし戦前に建てられて八紘一宇の銘のある塔が平和の塔とは不自然だ。
出来の良さから戦後平和の塔と名を変えたものと推測する。
 
平和の塔は「皇宮屋」(こうぐや)の北部に位置し海抜60m、下北古墳群に囲まれている。
台上の塔は、高さ36.4m、切石1789個を含む石材834立方メートルで築かれ、作業員は奉仕団を含め延べ66,500人、当時のお金で総工費67万円を費している。(現在の金額に直すと数億円、数十億円?)
 塔を製作するにあたり日名子実三氏は昭和13年秋頃より約二ヶ月間、宮崎県下の高千穂、美々津、西都原等を見て回り、構想を得たそうだ。
 外形は神事に用いるご幣を象徴しており、そのひとつひとつは宮崎神宮の御楯の形である。
塔の四隅に基柱四魂像を配置、正面の扉は西都原の鬼の巌屋を形どり、全体の段々は高千穂町に多い段々畑や、神武天応お船出の地、美々津(日向市)にある立磐神社境内にある天皇腰掛岩を表現し、皇子原(高原町)の玉垣などを取り入れ、心血を注いだ氏の作品だった。
 
イメージ 1
 
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なお正面の2体は左が「あらみたま」で盾を持った武人、右が「にぎみたま」
といって商工業を表しています。手に持っているのはまがたまと鏡です。
 
八紘一宇とは神武天皇が即位された際の勅語の一節「八紘を掩いて宇と成さんこと亦よからずや」という建国の理想からきています。八紘一宇の文字は秩父宮殿下の筆によるもの 
 
イメージ 9
高さ6m信楽焼きの四魂の像
荒御魂(あらみたま・武人)、奇御魂(くしみたま・漁人)、幸御魂(さちみたま・農耕人)、和御魂(にぎみたま・商工人)の四像を配し、昔の生活風俗をしのばせている。
いずれも滋賀県産の陶器、信楽焼きで出来たもの。幸御魂像の子供のモデルは実は日名子実三氏の娘、幸子さんであった事が後に解った。
 
イメージ 5
この像は四魂像(よんこんぞう)と呼ばれ滋賀県の信楽焼きだそうです。この像は「くしみたま」といい漁業を表したもので、網や魚も見えています 。http://of104.hp.infoseek.co.jp/heiwadai0601a.htm
 
イメージ 6
 これは「さちみたま」。農業を表したものでこの像だけ女神になっていて子供もいっしょですね、手にしてるのは稲穂。
 
イメージ 8
塔の中央下には銅の扉があります。当時の小学生が集めた一銭銅貨で作られたんだそうです。上のほうには三種の神器といわれるつるぎ、まがたま、鏡が透かし彫りにされ、扉には神武天皇のお船出のようすが描かれています。周囲には日本書記や古事記に出てくるものを順序に従って並べてあるそうです。
塔の厳室(いつむろ)入り口の青銅製の扉にも この神武天応お船出の様子が書かれた銅版の扉があります。
厳室(いつむろ)の青銅扉は天地創造にはじまり、神武天皇が美々津港より御船出をするまでの模様を見る歴史として浮き彫りにした構図となっている。
その構図を囲む62の模様は、古事記に記された諸物を物語風に描いている。
 
正面には、秩父宮殿下の真筆による「八紘一宇」(はっこういちう)の文字が刻みこまれている、終戦の昭和20年8月にはその精神が戦争目的に利用されたとして削除、「荒御魂」像もまた武力を象徴するものとして取り除かれ、その後塔は「平和の塔」と呼ばれるようになった。
 昭和32年4月9日に都市公園の決定をうけて公園整備が進むにつれ、美術工芸品としての完全復元と保存の機運が台頭し昭和37年10月5日に「荒御魂」像が、昭和40年1月31日には当時の県観光協会会長、岩切章太郎氏の協賛によりこの題字「八紘一宇」は石版に刻記され復元された。
 昭和37年3月31日に、はにわ園、はにわ館が設置され39年のオリンピック東京大会の際は、国内聖火リレー第二コースの起点に選ばれ、9月9日この地に運ばれた聖火は翌10日県民歓送のうちに東京への第一歩をふみ出した。
これが機縁となり、オリンピックの主会場であった東京都の日々谷公園と姉妹公園の縁を結んでいる。
http://miyazaki.daa.jp/heiwadaikouen/
 
 
■参考
この塔について調べるにはどうしたらいいでしょう?
この塔について調べるにはどうしたらいいでしょう?
何の手がかりもありません。どうやって調べたらいいでしょうか?

回答

(2件中1〜2件)
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zugziehtabさん
海外カテで宮崎県の平和の塔にお目にかかれるとは。
塔の中心にある文字は八紘一宇です。
それはそれは深〜い物語がある塔です。
このデータが雑誌等出版物であった場合に限りですが

出版社へ電話問い合わせを行うとともに

書状による問い合わせをおこないます。

このなかに返信用封筒を入れておきます。

シュバルの理想宮

「シュバルの理想宮」への行き方
地理的に大きめに言うと、リヨンとアヴィニョンの間。オートリーブス(HAUTERIVES)という村。日帰りは十分可能。地図はこちら。
行き。アヴィニョンから
・アヴィニョン駅からリヨン方面に電車(SNCF)で、サンバリス(ST VALLIER)駅へ。
 −アヴィニョン駅からヴァランス駅まで72分。一日に頻発。15.90ユーロ。
 −ヴァランス駅からサンバリス駅まで電車orバス。30〜1時間に一本はある。バスなら40分〜60分程度。5.40ユーロ。
・サンバリス駅は何もない駅でかなりびっくり。
 ここから理想宮のあるオートリーブスまでバスが出ているが、木土は午前中2本のみ。それ以外は朝7時台と昼18時台の2本のみ。詳細はここ
・時間がない場合は、サンバリスからタクシーで行くことになる。ぼくは駅員にタクシーを呼んでもらった。(英語が通じた)片道約35ユーロ+チップ。30〜40分程度。
帰り。リヨンへ
・オートリーブスからサンバリスへのバスは、午前中2〜3本のみ。同じくタクシーとなってしまう。理想宮の並びにインフォーメーションがあるので、ここで呼んでもらう。
・サンバリスからリヨンまで電車で49分。10.20ユーロ。http://www.pat.hi-ho.ne.jp/nozomi/tabisaki/Hauterives/bus.htm#bus

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