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大内人形












素材 製法・工法 歴史 関連URL
クロガネモチ・ミズメ・ヒノキ・トチ・ケヤキ・エゴ・天然漆
木地(きじ)工程→下地工程→塗装(下塗り・中塗り・上塗り)工程→加飾工程の4つに分かれます。木地工程は木地師、下地〜加飾工程は塗師(ぬし)が行います。ほとんどが手作業によるもので、1つの作品を制作・完成するまでに、約2ヶ月間を要します。

1.木地工程
【乾燥】
伐採した原木を4〜5年かけてゆっくり自然乾燥させる。エゴの木(チナイ)
【選別】
作品に適した材質の木を選ぶ。
【荒削り・仕上げ削り】
椀・丸盆・人形などのろくろ物は電動ろくろガンナ、重箱・硯箱などの指物(さしもの)は鋸やカンナを使う。

2.下地工程
【傷見(きずみ) 】
漆がムラなくのるのように、木地の傷や不完全な接着部分をチェックする。
【くそ塗り】
キズの部分や接着部分にこくそ漆を埋め込んで滑らかにする。
【布着せ】
椀の底や縁など割れやかけの起こりやすい部分に和紙や布などを貼って補強する。
【下地塗り】
木地の凸凹をならし、下地漆をへらや刷毛で塗る。
【水研ぎ】
乾燥した下地漆を砥石やサンドペーパーで水研ぎする。
【乾燥・研磨】
必要に応じて繰り返し行う。

3.塗装工程
【下塗り】
下塗り漆を塗る。
【乾燥】
【研磨】
乾燥した下塗り漆を木炭やサンドペーパーで水研ぎする。
【必要に応じて】
下塗り・乾燥・研磨を繰り返す。
【中塗り】
研ぎ上がった下塗りに中塗り漆を塗る。
【乾燥・研磨】
必要に応じて繰り返し行う。
【漆こし】
塵や埃を取り除くために特製の和紙で漆を数回こす。
【上塗り】
「上塗り室」で、上塗り漆を注意深く丁寧に塗る。
【乾燥 】
「室(むろ)」に入れて湿度と温度を調節しながら、じっくり乾かす。(12〜24時間)

4.加飾工程

●漆絵(うるしえ)
色漆で文様を描いたもの。
●箔絵(はくえ)
金箔・銀箔などを漆で貼り付けて文様を描いたもの。
●沈金(ちんきん)
上塗りした表面を沈金刀(小さなノミのようなもの)で彫って文様を描き、その彫った部分に金箔を埋めたもの。
●蒔絵(まきえ)
漆で描いた文様の上に、竹筒に入れた金粉・銀粉を蒔いて文様を仕上げたもの。
●螺鈿(らでん)
薄く削ったあわび・夜光貝・蝶貝などの美しく光る部分を、上塗りした表面に埋め込んだり貼り付けたりしたもの。
当時の文献「大内氏の掟書」(1485年)や「李朝実録」によると、大内氏が漆を重要な輸出品の一つとし、山口で漆工芸が盛んに行われていたことがわかります。
大内朱と呼ばれる深みのある朱色に色漆で描かれた秋草模様と金箔であしらった大内菱が特徴の今日の大内塗は平成元年(1989年)、大内人形とともに国の「伝統的工芸品」に指定されました。
http://y-densho.sblo.jp/

兼六園

名称は宋代の詩人・李格非が『洛陽名園記』の中で、中国洛陽の名園「湖園」を謳った「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」に倣い、文政5年に白河楽翁公(松平定信)によって命名された。


「宏大・幽邃・人力・蒼古・水泉・眺望の六つを兼ね備える名園」
文政5(1822)年、加賀12代藩主前田斉広(なりなが)の依頼に応じ、「洛陽名園記」を参考にして奥州白河藩主・松平定信が命名した。
宋代の詩人・李格非(りかくひ)の書いた「洛陽名園記」
「洛人云う園圃の勝 相兼ぬる能わざるは六
宏大を務るは幽邃少なし
人力勝るは蒼古少なし
水泉多きは眺望難し
此の六を兼ねるは惟湖園のみ」
「広々としていれば(宏大)静かな奥深さはなく(幽邃)、
人工的であれば(人力)古びた趣は少なくなる(蒼古)。
また池や曲水や滝が多ければ(水泉)、遠くは眺められない(眺望)。
それぞれ相反する六つの景観(六勝)を兼ね備えているのは『湖園』だけである」

イメージ 3
新品人力
苔むした古さ蒼古
イメージ 2


作り物水泉
眺望眺望


イメージ 4
オープン宏大
霧が立ち込めた奥深さ幽邃
イメージ 1
この絵が描かれたのはいつか?
 
結論
「夕顔棚納涼図屏風」は、1655年頃久隅守景が金沢に来て間もなくの頃、
久隅守景31歳、後妻26歳、息子5歳で、加賀藩金沢城近郊の自宅で夏の夕方夕涼みをしている家族の様子をリアルタイムで描いたものと思われる。
 
絵画史における位置付け
従来の説では「四季耕作図」を長年描き続け画境を極めた結果、晩年になって「夕顔棚納涼図屏風」を描いたとされてきた。
実際は、久隅守景が30歳過ぎの順風満帆の頃に肩の力を抜いて自由に題材を見つけて描いたことで、
花鳥風月でもなく獅子や鷹が出るでもなく家族の団欒という近代的モチーフを先駆けて見つけ得たと言えるのではないか。
 
経緯
久隅守景は狩野探幽の下で頭角を現し、19歳の時に狩野探幽の姪との間に娘を儲ける。
その後二人の間は破局し、妻は狩野探幽の姪なので、娘は狩野派一門の中で研鑽を積んでいき、
この娘は後に女流作家として活躍する。
久隅守景は別の女性との間に息子を儲ける。
31歳のころ金沢に招かれたため後妻26歳、息子5歳とともに金沢に赴く。
夏の夕方金沢城近郊の自宅で夕涼みをしている家族の様子をリアルタイムで描いたものが「夕顔棚納涼図屏風」と思われる。

国(前妻・狩野探幽の姪)=久隅守景=後妻
   |                |
清原雪信(姉)      久隅彦十郎(弟)  
 
西暦 久隅守景の年齢 金沢滞在期間は****で表す。妻子の年齢は推定。
1624 寛永 1年   0
1625 寛永 2年   1
1626 寛永 3年   2
1627 寛永 4年   3
1628 寛永 5年   4
1629 寛永 6年   5
1630 寛永 7年   6
1631 寛永 8年   7
1632 寛永 9年   8
1633 寛永10年   9
1634 寛永11年 10
1635 寛永12年 11
1636 寛永13年 12
1637 寛永14年 13
1638 寛永15年 14
1639 寛永16年 15
1640 寛永17年 16
1641 寛永18年 17
1642 寛永19年 18
1643 寛永20年 19 狩野探幽の姪との間に娘を儲ける。弟と7つ違いという。
1644 寛永21年 20
1645 正保 2年  21
1646 正保 3年  22
1647 正保 4年  23
1648 正保 5年  24
1649 慶安 2年  25 別の女性との間に息子を儲ける。守景は20代で結婚したらしい。妻が20歳位だろう。
1650 慶安 3年  26 息子がこの頃に生まれたとする。
1651 慶安 4年  27
1652 慶安 5年  28
1653 承応 2年 29
1654 承応 3年 30
1655 承応 4年 31 **** 来沢 瑞龍寺書院に四季山水図を描く 。妻26歳息子5歳娘12歳 この頃リアルタイムで夕顔棚納涼図屏風を描いたのではないか。前妻と娘は江戸に残り、娘は狩野派一門の中で研鑽を積んでいく。夕顔棚納涼図屏風の場面は金沢のどこかだった可能性が高い 。
1656 明暦 2年 32 ****
1657 明暦 3年 33 ****
1658 明暦 4年 34 ****
1659 万治 2年 35 ****
1660 万治 3年 36 ****
1661 万治 4年 37 ****
1662 寛文 2年 38 ****
1663 寛文 3年 39 ****
1664 寛文 4年 40 **** 金沢を離れた理由がよくわからない
1665 寛文 5年 41
1666 寛文 6年 42
1667 寛文 7年 43
1668 寛文 8年 44
1669 寛文 9年 45
1670 寛文10年 46
1671 寛文11年 47
1672 寛文12年 48 息子22歳が悪所通いの不行跡を咎められ、その果てには刃傷沙汰を起こして佐渡に島流し。娘29歳も同じ狩野門下の塾生と駆け落ちをする。守景は酔って師である狩野探幽の絵に男根の行列を描く。守景が狩野派に恨みを持っていたからであろう。これらが原因で守景は狩野派から距離を置き金沢に向かう。
1673 寛文13年 49 **** 二度目の来沢。金沢で 充実した制作活動を送った。
1674 延宝 2年 50 ****
1675 延宝 3年 51 ****
1676 延宝 4年 52 ****
1677 延宝 5年 53 ****
1678 延宝 6年 54 **** 四季耕作図を盛んに描いていた
1679 延宝 7年 55 ****
1680 延宝 8年 56 **** 金沢を離れた理由がよくわからない。諸国を放浪したという。
1681 延宝 9年 57
1682 天和 2年 58 娘39歳 尼崎で没す。
1683 天和 3年 59
1684 天和 4年 60
1685 貞享 2年 61
1686 貞享 3年 62
1687 貞享 4年 63
1688 貞享 5年 64
1689 元禄 2年 65
1690 元禄 3年 66
1691 元禄 4年 67
1692 元禄 5年 68
1693 元禄 6年 69
1694 元禄 7年 70
1695 元禄 8年 71
1696 元禄 9年 72 夕顔棚納涼図屏風は晩年の作と言われているがはたしてそうなのか 。最後まで手元に置いておいただけではないか。
1697 元禄10年 73
1698 元禄11年 74 京都に住む 。茶人藤村庸軒の肖像画を描いたとされ、この後に亡くなったと推定される。
 

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