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92 : たろう 2015年07月15日 10:07
韓国で甲状腺ガンが日本の14倍も多いのは、キムチのせいではなく、
身長を高くしたい為に成長期に成長ホルモンを注射する風習が
プチ整形をする感覚であり(マスコミも推奨)今更危険と言えなくなってる。
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290地理
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北本市在住の高校2年生、武石柚衣さん(16)さんは自宅から用水路近くの道を通って桶川西高校に自転車で通っていた。
16日午前8時20分ごろ、
埼玉県桶川市立桶川西中学校近くの用水路に人が流されるのを桶川西中学校の男性教諭が発見し、119番通報。
▼通常の用水路 右手に桶川西中学校の校舎が見える。さすがに用水沿いの畦道は自転車では通れない。
ここを直進すると次の写真
▼桶川西中学校の敷地の南東隅の四つ角。女子高生は右に見える小道を自転車で桶川西高校まで通っていたのだろう。
▼自転車を降りてここを横断しようとしたのか、ちょっと無茶ではないか と思ったが
近隣に住む方の書き込みから判断すると 彼女が独断であの水の中に突き進んだのではなく 徐々に水嵩が増す中、最初はくるぶしまで漬かりながら渡る人がいて 次に膝まで漬かる中、渡る人がいて そういう人を遠くに見ながら続く人がいて そういう一連の流れの中で 彼女が渡り始めた時は腰近くまで水に漬かっていたのだろう。 そういった状況下で中学校教師が乗った自動車がすぐ脇を通り 水の流れに押されて転んでしまったのだろう。 武石さんは普段、自宅から約6キロ離れた高校まで自転車で通っていたといい、流された用水路付近が通学路だったという。発見された武石さんは制服姿で白いカッパを着ており、登校中に自転車を降りて橋を渡ろうとした際、台風11号の影響で増水していた用水路に流されたとみられる。
北本市の高校2年生、武石柚衣さん(16)さんは自宅から用水路近くの道を通って桶川市内の高校に自転車で通っていた。当時、水かさが増して用水路と道路の境目が分からなくなっていた。 17日には転落場所から約30メートル下流で武石さんの自転車も見つかっていたという。
▼捜索中
18日午前9時45分ごろ、
流された場所から約2.8キロ下流の埼玉県上尾市領家付近で
人が沈んでいるのを県防災ヘリが上空から発見。
【】
ストリートビューで近辺見てどうしたら水中に落ちるんだろうと思っていたけど、
これじゃあなあ 確か、片足をついてチャリを停めた時にバランスを崩して用水路に落ちた
みたいなことを、流れるのを目撃した人が言ってた ニュースを見たけど、女子生徒が転倒するのを教師が目撃してたって言っていた。
桶川西中から桶川西高までは2キロほど。
自転車から降りて、水が溢れている橋を越え、 また自転車に乗って高校に向かおうと考えたのだろう。 だが、橋のあたりでバランスを崩して(足を滑らせた説も)、 そのまま用水路に流されて、3キロ近く流された。 グーグルのストリートビュー普段どんなところなのか確認できるけど
そんなに幅があるよう水路じゃないし目印にする柵もあるのになんで落っこちたんだろ? これ、どこら辺からが用水路なのか分からんけど、向かいから車かなんか来て端によけたらドボン、相手トンズラ、みたいな流れじゃないのん?流石に一人で意味も無くは落ちない気がするんだけど・・・。 自転車押して歩いていたなら、車が来た時、避けて用水路に落ちた可能性あるよね?
教師は車で出勤だから楽だよねー
【】
「台風の日に何で自転車で行くんだ?」って人いるけど、田舎だと自転車で通学するしか選択肢が無いんだよ。
両親が共働きって可能性もあるから送迎も出来なかったかもしれない。 【】
九州だったら水に浸かった事があるような道路は通学路として使わせない。
【】
私無遅刻無欠席の皆勤賞で学校行くんだって中学高校と続けてたから、同じ状況下だったら渡ってしまいそう…
台風の日は試験の学校が多かったのでは?
推薦狙っていると無遅刻無欠席か、台風で休むか大きく変わる。 何にしても真面目な子だったのだろうね。 未来の社畜は今から教育しとかないとな。実際小学生からだけどね。脅迫観念の植え付けの絶対に止まらない暴走教育が始まるのは。
ズル休みした奴に限って生きているのか、真面目な女子学生が理不尽な気もするな・・・ 【】
【農村】
田んぼの周りに柵やガードレールが無いってのは農耕機やトラックの横付けを
し易くする為だろうけど、ココまで何も設置してないっていうのは限りなく無法地帯に近い有様だね。 尚、河川の氾濫時、流れが緩いと思っても強行出来る水深は膝下が限界。 服着ていると流れにあっという間に持って行かれるから注意してくれよ皆の衆。 3.11の津波で人が流されてしまったが、高さ(深さ)が30cmの水流でも何かにつかまっていないと足をとられて倒れて流されると言っていた
今回は増水した川だが、やはり強い流れで足をとられたのだろう あの日の朝はものすごい土砂降りだったからな
田んぼの中にある学校だから、農道通ってくる人が多いんだろ 危険すぎるわ だからあれほど田んぼを見に行くなと言ってるのに!!
地元民だけど川の周辺が市の調整区域で、住居が建てられない。代わりに水田が密集してる。
水路未整備、水田、台風と悪条件が揃ってる。しかも60歳になる親父がガキの頃からこの状況だから市が悪い 【自己責任論】
自分がヤバいと思ったらバックレる能力が求められる時代
決まり事 で思考停止せず、臨機応変でリスクとの天秤をかけられる能力を日本人は身に付けるべき 【】 真面目過ぎたんだろ。こんな増水してたら徒歩でも引き返すレベル。
イヤそんなとこ通るなよ
無理しないで引き返せばいいのに
親も「今日は自転車辞めとき」くらい言えばよかったのに・・・。
親も休ませとけばとか車で送ってあげてればってすごい後悔してるだろうな 可愛そうと思ったけど
渡る道の画像で考え変わったわ アホじゃねーか 自業自得
こんな状態で自転車乗るって判断が最早救いようのない馬鹿 休校にならなくてもたかが一日 その一日で人生終わらせてどうすんの 欠片も同情できねぇよ 子供に自己責任を押し付けてやるなよ
こういう事態にならないようにするのが大人の役目だろ 行政、学校、親はそれぞれ反省しなさい 【行政】
単純に考えても、道路課、農地課、河川課or農業組合等。管理する部局や組織が3箇所以上有って、何処も音頭とって改善しようとしなかったんだろうな。
率先して頑張ると叩かれるのが地方公務員やからしゃーない 住民からの苦情・要望が多くて渋々って流れやないと絶対に動かんで 【】
16日の予定
桶川高・・・大掃除 ←この行事に休むとクラス中から叩かれるわな 桶川西高・・・ 桶西はバカ高だからね。教師もアホなのかね
桶川西って埼玉県でも下から数えた方良いどころか 下から何番目かに入る偏差値の低さだったはず 桶川市の隣に住んでたけど、その日は土砂降りになったり止んだりの繰り返しだったよ。
桶西ってそんなに偏差値高くないところなんだし、あえて毎日きっちり授業をする必要ってあったのかなって思う。 【学校】
警報出て休校になるかは学校によるからなぁ
個人的経験だと関西の学校は例え晴天でも警報出ていたら休講だったけど 東京の学校は警報出ていようが、大雨だろうが普通に授業あったなぁ 昔は電話で連絡が回ってきてクラス全員に連絡が行き渡るのって時間がかかったけど、
今はメールで、今日は自宅待機、って一斉送信すれば済むじゃん。 持っていない親や生徒には、担任から電話だってできるだろ。 連絡が簡単に出来るご時世、こんな事で命を落とすなんて、本人はどんなに無念だろう。 家族も悔しいだろうな。 【地元情報】
災害の少なさが埼玉の数少ない良いとこなのに
江川を迂回するには北本西中あたりまで来るか 上尾から荒川土手沿いの道を通らないと江川は避けられない これな〜桶川西中そばの旧バス通りか頑張って坂を登って、圏央道の対応で新しくした県道から行けばね〜。
まあ、その新しくした県道も冠水で通行止になったことがあるが。 まさか、人の生死に関わる事故が起きるとは。 【歴史】 江川の入口に 住んだのが 秩父重綱の4男江戸氏。鎌倉時代少し前から 江川が バリケードで 入れないように してあり 歴史の 捏造 =江戸を乗っ取った薩長の3代目=今の自民党、 終戦の少し前 ここに 三井の軍事工場=三井精密機械機器があった。そのまま である
歴史の捏造 江戸氏は 鎌倉時代少し前から 深谷あたりから ここ桶川・上尾を 流れる 江川の入口に住み 川越氏の 弟。豊島氏は 従妹。江戸時代 いまの東京の範囲に江戸郷は無し、(新編武蔵風土記稿)で検索 せよ。 埼玉苗字辞典 武蔵で 検索ー武蔵三郎 桶川長治 −江戸本庄氏 桶川長治 前9年の役で活躍。埼玉に江戸氏がいた。つまり江戸は埼玉。トンキンー東京と名付けたのは 薩長 =今の自民党はその3代目 トンキンー東京と大阪韓人が馬鹿にして呼ぶのは トンキンー東京は昔 中国に二つ 首都があった時代があり、北京と東京 早く 中国に 乗っ取らせ 関東迄 中国領にする 魂胆だった。ここは中世から世界一の灌漑が行き届き 世界一 穀物が取れ 皇后領、高野山領紀伊国荒川庄で ここの地名と歴史が 和歌山県に入れられている。元ここに居た 忍海氏が 対馬で銀 東北で金 秩父で和銅を見つけ 生産させ 日本一の 大国主命。 それから この家の娘に 養子の天皇をもらい、桓武天皇の皇后は 行田市にいた多治比長野の娘 。(ことらの日記)で検索せよ。
彼女にとっては通いなれた道で、増水があったとはいえ柵は水没せずに見えていたのだから 用水路との境目がわからず落っこちたというのは噴飯ものの説だ。 上の方で2、3人が指摘しているが 彼女の隣を自動車が通ってそのときの水流のせいで 彼女は体勢を崩し転倒した可能性が高い。 目撃者もいるのならば、彼女がどういう風に水に飲み込まれたのか 今後の参考になるので広く報道されるといいと思う。 もし転落の直前に通った自動車がいるのなら、その運転手の責任が出てくると思う。記者なり作家なりがもっと詳しく調べればいいのではないか。 警察も調べているだろうが、彼女の水死に影響した直前に通過した自動車がいたのなら、遺族にその事実を知らせ責任追及の機会を与えるべきではないか。誰も責任を取らないでいいように丸く収める方向で情報を握りつぶすのだけはやめてほしいものだ。 中学校の教諭が目撃していたということだが、自分のせいで人が死んだ罪悪感から申し出たとかでないことを望む。もしその仮説どおりならなぜすぐに救出しようとしなかったのか。 176:
2015年07月25日 12:49
>日本の女はなぜか渡っちゃうんだよな 桶川市民だけどまさに画像の場所を台風の時通りかかって、 おばさんがママチャリ押して強引に通過してるのを見たことがある 心配で見てたけどそのおばちゃんは運良く渡りきってた 側道は皮からだいぶ離れた場所にあるから冠水した道路を渡ろうとしたりしない限り 増水した川に転落どころか、草むらや雨で泥濘んだ田畑に阻まれて近づけない あと対策だのなんだのしようとしても 桶川って市庁舎が日本一汚いとか言われる貧乏自治体だし 北村あやこっていうクソ煩いクソババア議員がいて 昔からあらゆる公共事業に難癖つけて遅らせるという迷惑な仕事してるから とにかく何もかも停滞してる |
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<富士山>「最遠望」322.9キロ先から撮影成功…和歌山
富士山(標高3776メートル)が見える最も遠い場所とされる和歌山県那智勝浦町の色川富士見峠(同900メートル)から、奈良県天理市の住職、新林正真(しょうしん)さん(46)が28日、撮影に成功した。
富士山からの距離は322.9キロ。
写真を鑑定した日本地図センターの田代博・常務理事によると、「最遠望」からの撮影は2001年以来、14年ぶり2回目という。
【地図で確認】和歌山と富士山の距離は 新林さんによると、28日午前4時10分ごろ、ガスの切れ目から熊野灘に浮かぶ富士山を確認し、シャッターを切ったという。 一昨年にも挑戦したが失敗したため、今回は撮影に適した気圧配置を研究して臨んだ。
新林さんは「やっと終止符を打つことができた」と満足げだった。
色川富士見峠からの富士山は、計算上では標高3000メートルより上部が見えるという。 田代さんは「梅雨の時期に撮影できたのは奇跡だ」と話している。
新林さんは昨年、261キロ離れた京都府からも初めて撮影に成功した。
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奈良県にある葛城市の読み方おかしくない?http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1191049841
奈良県にある葛城市の読み方おかしくない?
2004年に市制が敷かれた際 「かつらぎし」を名乗り始めたそうですが 元々は古代の豪族葛城氏(かずらきし)の本拠地として有名なところです。 葛(かずら/かづら)はつる草の総称で、髪飾りにされ、そのあたりからかつら(鬘)という言葉も生まれたようですが 鬘のことを能狂言の世界では「かつら」とは言わず「かずら」と言ってるようです。 城は「き」と読みます。 二つの言葉が連なった時に連濁により後の言葉の読みが濁音になりますが 前の語が「かつら」なら連濁で「かつらぎ」になりますが 本来、葛・蔓(かずら/かづら)と桂(かつら)は別の植物だし 頭に着けるかずらをかつらと言うようになったのがおかしなことだと思います。 市制を敷く際 由緒正しい読み方である「かずらき」を採用し 「かずらきし」と名乗れば良かったと思いますが、 「かつらぎし」では底の浅さが気になります。 市名決定の際意見する識者はいなかったのでしょうか。 市制を敷いてまだ10年も経ってませんが、 全国的には古代豪族の「かずらきし」の方が有名でしょう。 これから変な名称の「かつらぎし」が幅を利かせていくのでしょうか。 とても残念な現象です。言葉を乱れさせていくだけだと思います。 地方自治体が率先してこんなことをしてるとはあきれます。 まだ明治初期の茨城「いばらき」の呼称の決定の方が筋が通っていて納得いきます。 あまりに地域の俗称に媚を売りすぎてるようです。 日本の恥だと思います。 どう思いますか?
回答(3件中1〜3件)
>2004年に市制が敷かれた際「かつらぎし」を名乗り始めたそうですが 葛城市(かつらぎし)は、北葛城郡の新庄町と當麻町が合併して成立しました。 北葛城郡は、葛下郡(かつげぐん)と広瀬郡(ひろせぐん)を統合して明治29年(1896年)に発足した新しい郡名です。同時に、葛上郡(かつじょうぐん)と忍海郡(おしうみぐん)を統合して南葛城郡が発足しています。 どちらも読みは発足時から「かつらぎ」のはずです。 統合前の旧郡名「葛上」「葛下」は延喜式にもある古い郡名。倭名抄では「加豆良岐乃加美」「加豆良岐乃之毛」と仮名が振られているので、「カヅラキ」と読んでいたということです。青木昆陽の郡名考では「カツジョウ」「カツゲ」になっています。 ちなみに、大阪と奈良の府県境にある「葛城山」(標高959m)も、「かつらぎさん」です。別名「大和葛城山」。 これが過去に「カヅラキ」と読まれていたかどうかは知りません。 また、大阪と和歌山の府県境にある和泉山脈(別名葛城山脈)の「葛城山」(標高858m)も、「かつらぎさん」です。別名「和泉葛城山」。 こちらは、和歌山県伊都郡(いとぐん)かつらぎ町の町名の由来になっています。 「かつらぎ町」は、昭和33年(1958年)に妙寺町・伊都町・見好村が合併して成立しました。町名は当時の和歌山県知事の命名によるもので、最初から平仮名表記です。 いずれにしても、葛城を「かつらぎ」と読むのは、たんに地域の俗称とはいえないほど一般的でしょう。 現在ほとんど使われていない「かづらき」の読みを採っても誤読されるだけで利点はない(たぶん)。 たとえば関東で「武蔵○○」の地名を古名に因んで「ムザシ」(牟邪志)と読ませるべきだと主張しても、たぶん賛同は得られない。それと同じではないでしょうか。 ----- 奈良県葛城市の市名で問題になったのは、読み仮名よりも「葛」の字体です。 当時のコンピュータでは、「葛」は草かんむりに「日+匂」(「喝」「渇」の右側)という字体(俗称:ヒ喝)になっていました。葛城市はこの字体を採用しました。 ところが、2000年12月に第22期国語審議会が答申した「表外漢字字体表」では、「葛」の印刷用標準字体を康煕字典に則った草かんむり+「日+匃」の字体(俗称:人葛)としました。同時に新しいJIS漢字コード規格(JIS X 0213:2000)でこの康煕字典体が採用されたため、内部コードは同じ「葛」なのに、昔と今では画面表示やプリンタ出力の字体が違うという混乱を招いています。 東京都葛飾区の「葛」は、もともと康煕字典体を採っていたので、昔のコンピュータでは正しく表示できなかったものが、現在は正しく表示できるようになりました。 奈良県葛城市はその逆の不運なケースです。2000年に発表された「表外漢字字体表」とJIS漢字コード規格のことを誰も知らなかったのでしょうか。
no_881さん
平安時代に「かずらき」と呼ばれていたのは確かだけど、 「かつらぎ」の読みも、そんなに新しくはありません。 少なくとも近世には「かつらぎ」の読みが一般的で、 奈良・和歌山・大阪の1府2県にまたがるエリアにある地名は、 ことごとく「かつらぎ」と読まれてきました。 古い地名を大切にすると言っても、 何も平安朝のころにまでさかのぼることはないと思います。 そう言うなら、大阪もやめて難波にしなきゃなりませんし、 東京や江戸などは、地名として存在すら許されないことになってしまいます。
こんばんは。 お書きのとおりですね。 そうやって由緒ある地名がどんどんなくなっていくんですよね。 少なくても、市のHPくらいには市名の由来と本来の読み方、俗称を用いる理由くらいは残して欲しいものですし、口述としての伝播がなくなる訳ですから、将来に伝えるために記録をしておくべきでしょう。 土地開発なんかで大字、小字はなくなり、全く違う地名が氾濫しています。 関東ですと東京や埼玉、神奈川の私鉄沿線などは住宅地開発のために地名が「○が丘」とかに変わり、由来がある地名がなくなってしまいましたね。 都心でも地名は変わり、大字が駅名やバス停に名残を残している場所が少なくありません。 新宿などは、角筈とか柏木などの大字が交差点名でまだ残っていますし、淀橋も橋の名前で残っています。 地名も言葉と同じように文化だと思いますし、複雑な思いがします。 すみません。地名のことかさばかりと思ったら、日本語のことでしたね。
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