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http://lite.blogos.com/article/74887/?axis=&p=1

石破茂秘密保護法
石破発言について  /  内田樹

2013年12月01日10時03分


毎日新聞にこんな記事が出ていた。
自民党の石破茂幹事長は29日付の自身のブログで、国家機密を漏えいした公務員らに厳罰を科す特定秘密保護法案に反対し、国会周辺で行われている市民のデモについて「単なる絶叫戦術はテロ行為とその本質においてあまり変わらないように思われます」と批判した。国会周辺では連日、市民団体が特定秘密保護法案に反対するデモを行っているが、これを「テロ行為」と同列視する内容で反発を招くのは必至だ。石破氏はブログで「今も議員会館の外では『特定機密保護法絶対阻止!』を叫ぶ大音量が鳴り響いている。どのような主張であっても、ただひたすら己の主張を絶叫し、多くの人々の静穏を妨げるような行為は決して世論の共感を呼ぶことはない」と指摘。「主義主張を実現したければ、理解者を一人でも増やし支持の輪を広げるべきだ」と主張した。(毎日新聞12月1日)
重要な発言である。

彼の党が今採択しようとしている法案には「特定有害行為」の項で「テロリズム」をこう規定しているからだ。

「テロリズム(政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動をいう)」(第12条)

森担当相は国会答弁でこの条文の解釈について、最初の「又は」は「かつ」という意味であり、「政治上」から「殺傷し」までを一つ続きで読むという珍妙な答弁を行った。

しかし、この条文の日本語は、誰が読んでも、「強要」と「殺傷」と「破壊」という三つの行為が「テロリズム」に認定されているという以外に解釈のしようがない。

そして、現に幹事長自身、担当相の解釈を退けて、「政治上の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要」しようとしている国会周辺デモは「テロ行為とその本質においてあまり変わらない」と断言しているのである。

幹事長の解釈に従えば、すべての反政府的な言論活動や街頭行動は「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」しようとするものである以上、「テロリズム」と「その本質においてあまり変わらないもの」とされる。

「テロリズム」は処罰されるが、「テロリズムとその本質においてあまり変わらないもの」は「テロリズム」ではないので原理的に処罰の対象にならないと信じるほどナイーブな人は今の日本には(読売新聞の論説委員以外には)たぶんいないはずである。

このブログでの幹事長発言は公人が不特定多数の読者を想定して発信したものである以上、安倍政権が考える「テロリズム」の定義をこれまでになく明瞭にしたものと私は「評価」したい。

石破幹事長によれば、私が今書いているこのような文章も、政府要人のある発言についての解釈を「政治上の主義主張に基づき他人にこれを強要」しようとして書かれているので「テロリズム」であるいう解釈に開かれているということになる。


私自身はこれらの言葉は「強要」ではなく「説得」のつもりでいるが、「強要」か「説得」かを判断するのは私ではなく、「国家若しくは他人」である。

特定秘密保護法案では、秘密の漏洩と開示について議論が集中しているが、このように法案文言に滑り込まされた「普通名詞」の定義のうちにこそこの法案の本質が露呈している。


*内田樹の研究室http://blog.tatsuru.com/

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http://diamond.jp/articles/-/45140?page=3
森達也 リアル共同幻想論
第71回2013.11.28(木)

今さらだけど意思を表明し続ける今上天皇はすごい

2001年の天皇誕生日前の記者会見で

 2001年の天皇誕生日前の記者会見で、「私自身としては、桓武天皇の生母が百済の武寧王の子孫であると続日本紀に記されていることに、韓国とのゆかりを感じています」と発言した今上天皇は、さらに2010年10月に行われた平城遷都1300年記念祝典に皇后とともに出席した際に、「平城京に在位した光仁天皇と結ばれ、次の桓武天皇の生母となった高野新笠は、続日本紀によれば百済の武寧王を始祖とする渡来人の子孫とされています。我が国には多くの国から渡来人が移住し、我が国の文化や技術の発展に大きく貢献してきました」と再び述べている。

 ことさらに天皇の発言だけを強調するつもりはない。でも多くの人が世界で最も歴史と伝統がある日本古来の王家と思いこんでいる皇室ですら、実は多くの渡来した人や文化で成り立っていることだけは書いておきたい。今さらだけど今上天皇はすごい。ぶれずに意思を表明し続けている。でもマスメディアはこうしたことに触れたがらない。テレビは論外。そして平城遷都1300年記念祝典における天皇の挨拶を細かく紹介しながら、桓武天皇と武寧王の関係についての発言だけを巧妙に回避した産経新聞と読売新聞もひどい。不敬だと右も左も怒るべきだ。とにかくあくまでも一つの例として挙げた。皇室だけではない。国民一人ひとりにも、多くの民族のDNAが入り込んでいる。顔立ち一つとっても、縄文系に弥生系、琉球系にアイヌ系、蝦夷に熊襲や隼人など、とてもバラエティに富んでいる。僕の先祖などは、さしづめ南の諸島から丸太舟でやってきたポリネシア系ではないかと推察している。

 こうして今の僕たちがいる。今の文化や習俗がある。要するにハイブリッド。今さら純血には戻れない。というか戻りたくない。誇りに思っていい。これが日本のアイデンティティであり、何よりも(適応を重ねてきた)ハイブリッドのほうが、純血よりも逞しくて優秀な場合が多いのだから。

これが戦後レジームからの脱却なのだろうか

 ……ここまでを読みながら、森達也はヘイトスピーチを批判しているのだと解釈する人がいるかもしれない。セイタカアワダチソウと日本国憲法を重ねているのではと思う人もいるかもしれない。解釈は自由。否定も肯定もしません。これから芸風を変えるのだ。あまり直接的なことは書きたくない。でも最後に二つだけ補足しておきたい。

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http://alisonn.blog106.fc2.com/?no=490
投稿:2013/10/2800:05

考えてみればメチャクチャな話だ。

無軌道な原発行政が破滅的な事故を引き起こし、そこら中が放射能だらけとなり財産権も生存権も破壊されているのだが、賠償を回避したい国家は核による健康被害などないのだと居直り、原発マネーに浸潤された裁判機関は加害者の瑕疵を認めず法体系すら瓦解し、児童の被曝が累積しているにもかかわらず行政はカネがないからと避難を拒絶しつつ、有責者である文科省や経産省の役人は変わらず高額給与が支給されているのであり、ついにそのような欺瞞が隠し切れなくなったことから言論弾圧法を施行するというのである。

ソルジェニーツィンの記録文学「収容所群島」には、当時のソ連で反革命分子という冤罪をでっち上げられた人々が各地の収容所に送られ、どれほど惨い拷問や強制労働の犠牲になったのか克明に記されている。

共産主義体制における市民生活はそのような奴隷階級の生産によって担保されていたのであり、結局のところ古代ローマも市場原理主義が席捲する近代国家も、人間の家財化つまり家畜化によって成立する図式に変わりがないのかもしれない。

ニホンの歴史においては野蛮な奴隷制度など存在しなかったというが、朝貢外交の記録によると献上目録には奴隷が記されているし、平安や鎌倉など中世においては奴婢や下人が公然であるとおり、市場取引されていたことは皆様もご存知だろう。公娼制度が明治に廃止されたというのも建前であり、自分の親類などは60年代頃まで置屋を経営し、さらには四国の貧農世帯から女性を引き受け、その斡旋を生業としていた。

人間の売り買い禁止とはごく近年の民主的獲得物なのであり、奴隷制や従軍慰安婦の存在を認めない者達の頑迷とは「エスノ・セントリズム」(自民族だけが特別に潔白かつ優秀であるという思想)に過ぎない。

人間は普遍本質としてヒエラルキーを欲望し、抑圧衝動を孕む生き物だと捉えなくてはならないのであり、換言するならば我々は自己利益のために‘けだもの化’するのだ。

国家は福島原発の作業員の献身により首の皮一枚で存続している状態なのだが、そのように生命を賭している方々は報われることもなく、低賃金で危険な作業を強いられたうえ医療保障すら適用されず、文字通り使い捨てにされるわけだ。すなわち1万円にも満たない日給が生命の値段であり、ニホンにおける人間の市場価格である。

超絶のブレアクレシズム(官僚統制主義)により独裁政治を貫いた旧ソ連ですら、原発事故の直後には千数百台のバスを連ね子供を救出し、疎開地では安全な食物を優先的に供給し、リグビダートル(復旧作業員)には恒久的な医療保障を施したのだから、我々の体系がどれほどの暗黒国家であるのかもはや説明するまでもない。

このように原発事故は生命のデフレをもたらし、人間が限りなく低廉化し市場取引される社会を現出させたのだけれど、未だ国民の99.9%は進行する事態の理解すら覚束ないわけだ。

かつて辺見庸はこのような状況を「イナーシア」(inertia=物理学用語における「慣性」)と表現したのだが、要約すれば「思考作業を代行して、ある現象を観念化し、言語化してやらなければ、大衆は何も理解できない」ということだ。「イナーシア」は怠惰という意味も有するのだけれど、結局のところメディアにより国民知性が根源的に無化され、分析的思考の一切が破壊されているということなのだと思う。

おそらく知性とともに人間の基本感情すら破壊されているのであり、線量バッヂを首からぶら下げ通学する東北の子供たちの写真などが公然と配信されながら、そのような不条理に馬鹿野郎!とも、ふざけるな!とも怒りを言挙げすることもないのであり、もはやタナトロジー(生死を深く考える枠組み)が成立し得ないほど、凄まじい精神劣化が進行しているのではないだろうか。

この時代ほど国家知性が問われる時代はないのだが、文学者も哲学者も宗教者も学識者も教育者も一斉に口を閉ざすのであり、むしろ積極的に加害行為へ加担するのであり、それは共謀関係というトポロジー(連関構造)の露呈であり、知識層による壮大な自己検閲と言えるだろう。

結局のところ破滅の回避にむけ必死で情報発信しているのは普通の主婦であり、中小企業のオヤジであり、定年退職者であり、疲れたサラリーマンであり、まったく市井の人々なのであり、つまりニホンの文化資源の全面敗退なのである。

これまでさんざんエマニュエル・レヴィナスの敬愛者を自称してきた内田樹もまた、児童の被曝という問題については頑なに口を閉ざすのだけれど、そもそもレヴィナスはホロコースト・サバイバー(ナチ収容所の生き残り)である。

本来的には内田氏のような人物こそ被災地で展開される構造的暴力を論じるべきなのだが、やはり「実利は思想を超越する」のであり、「大人の事情」なのであり、結局彼もまた「メディアの内側にいる人間」であり、それは国家暴力の前において人間知性など全く無力であるという証左なのかもしれない。

この国の「権威」とはマスメディアの露出によって担保されるのだし、反原発だの児童の被曝だのに言及した瞬間からおおよそ全ての媒体から排除され、講演や出版の依頼も激減するだろうし、職すらも奪われるのだから心情的には理解できるのだけれども、そもそも国家が存続しなければカネを得ることすらできないのであり、今声を上げなければ未来永劫に声を上げる機会などないだろう。

いよいよ特定秘密保護法案が国会審議に入り、時代は暴力的転換点に立ち、自由言論は終焉を迎えようとしているのだが、残された時間の中で可能な限りを綴り、そのいくばくかを皆様に共有して頂きつつ、自分という現象の残響をキャッシュに留めておきたいと思う。

バラモンの聖典が教えるように「言葉のなかに全ての創造物が生きる」のであり、言葉だけが未来の手がかりなのだ。
http://www.47news.jp/smp/CN/201309/CN2013092401001403.html

酒井雄哉氏が死去 天台宗大阿闍梨

2013/09/24 10:10【共同通信】

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 死去した酒井雄哉氏
 天台宗僧侶で、荒行の「千日回峰行」を2度達成した酒井雄哉(さかい・ゆうさい)氏が23日午後2時27分、心不全のため、大津市坂本本町の自坊長寿院で死去した。87歳。大阪府出身。延暦寺一山葬は27日午後0時半から、大津市坂本6の1の17の生源寺で。喪主は弟子の藤波源信氏。
 39歳で得度。比叡山の山中の約4万キロを約7年かけ踏破する千日回峰行を80年と87年に達成し、「大阿闍梨」の尊称を与えられた。
 1991年には中国仏教の聖地の一つの山西省の五台山を巡礼し、中国の僧侶と合同で日中戦争の犠牲者を慰霊した。
 著書に「一日一生」など。

http://www.asahi.com/national/update/0924/OSK201309230153.html

厳しい修行2度、常に自然体 大阿闍梨・酒井さん死去

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2度目の千日回峰行を達成した酒井さん=1987年、大津市


 【森本俊司】比叡山延暦寺に伝わる荒行「千日回峰行(せんにちかいほうぎょう)」を2度にわたって満行した天台宗大阿闍梨(だいあじゃり)の酒井雄哉(ゆうさい、さいは右上から下へのはらいがなし)さんが23日、87歳で亡くなった。厳しい修行を2度も満行したにもかかわらず、酒井さんは常に謙虚に自然体を強調し、仏への感謝の思いを口にしていた。

大阿闍梨の酒井さん死去
 修行を始めて700日目に入ると、「堂入り」という9日間の参籠(さんろう)をする。その間は断食、断水、不眠の難行とされる。「4日目くらいから死斑が出てきて、魚のくさったようなにおいがしてきてな」と過酷さを語る一方、「青く茂って、時期が来たら葉が落ちる。また来年になったら青く茂ってくる。それを見て、ああ生命っていうのは一回でおしまいじゃないんだなあ、つながっているんだなって気づいていく。こういうのが仏様からいただく『仏智(ぶっち)』なんだな」と語った。

 酒井さんは学業で落ちこぼれ、戦後に東京で経営したラーメン店が全焼。新婚間もない妻が自殺するなど様々な悩みを抱え、仏門をたたいた。そのためか、知識よりも実践の大切さを強調した。

 「勉強して知識ばかり増やすのでなくて、自分がこのくらいまでなら分かるな、と思ったら、実践していけばいいのよ。実践すれば智恵(ちえ)が出てくる。智恵が出たら、こうしてみようとか、もう少し勉強しようとか思うでしょう」

 こうした人生への深い洞察力を胸にひめながらも、わかりやすく市民に語りかけるような著作で人気を博した。

     ◇

 《NHKディレクター時代にNHK特集「行〜比叡山 千日回峰〜」(1979年)を制作したWOWOWの和崎信哉社長の話》 サラリーマンとして落ちこぼれ、40代で修行の道に入った酒井さんは、軌跡そのものが実に人間くさかった。俗世で傍若無人にふるまってきた自分と決別して高みへと向かっていく姿は、会社員や商売の世界にも通じる普遍性があった。宗教界のエリートでは全くなかったが、宗教が我々の生活に向き合うことの少ないこの世の中において、その垣根を低くした功績は大きかったと思う。……


http://www.asahi.com/national/update/0924/OSK201309230165.html

生きるとは、歩くとは 大阿闍梨・酒井さんが残した言葉

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天台宗大阿闇梨の酒井さん

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天台宗大阿闇梨の酒井さん


 蓮(はす)の葉を模した笠(かさ)に、白装束姿で比叡山の峰や谷を飛ぶように駆け抜ける。地球1周分を歩き、拝む千日回峰行を2度成し遂げた大阿闍梨(だいあじゃり)・酒井雄哉(哉は右上から下へのはらいがなし)さん(87)が23日、亡くなりました。酒井さんにとって、生きるとは、歩くとは何だったのか。生前の酒井さんに伺った朝日新聞のインタビュー記事(2008年2月)を採録します。(聞き手・友澤和子)

大阿闍梨の酒井さん死去厳しい修行2度、常に自然体
■血筋もキャリアもなし。ぼくは身を挺して何かをやんなきゃと思った。

 ――続けられなくなったら自害する決まりがある厳しい「千日回峰行」になぜ挑もうと?

 行に入る前に姉に「山を歩くよ」と報告したら、「いいわねえ」だって。ハイキングでも行くと思ってたんじゃないかな。ぼくは坊さんの血筋でもないし、キャリア組でもないのに、仏さんの世界に入れてくれた。じゃあ何をやったらいいんだろうって。ぼくみたいに出遅れている人は、身を挺(てい)して何かやんなきゃなんないんじゃないの?って、思ったわけよ。

 ――修行中は、無の境地?

 そんなことあらへんよ。阪神タイガースファンだからな、今日勝ったかななんて思って歩いたことあるよ。こりゃ、仏さんに悪いことしたって、一生懸命ざんげして、拝んで。そんなことの繰り返しで、ハハハ。

 ――9日間の不眠不臥(が)の「堂入り」は特に過酷だとか

 4日目くらいから死斑が出てきて、魚のくさったようなにおいがしてきてな。死臭だな。やらないと分かんないもんだな。元の体に戻すには27日は養生せよと伝えられている。何事も元に戻すには3倍の時間がかかるんだな。

 生死のふちを感じてみると、なんと尊いものをいただいているかと思うよ。だから、簡単に命を殺すようなことを決してしてはいけないんだよな。

 ――7年がかりのこの行を2度も満行し、今はどんな毎日を

 3時半に起きて4時に自坊の不動滝で顔を洗って身を清めて、桶(おけ)に仏様にお配りする水を持って自坊を巡る。本堂行ってお勤めして。

 お客さんが来れば、お相手して。夕方からお勤めして食事。1、2時間、ひと寝入りする。深夜零時半くらいまであれこれ仕事して、またちょっと寝る。それを毎日毎日くるっくる、くるっくる、やってるんだ。

 ――お肌がピンク色でつやつや光っています

 同じことを繰り返してやってんのが、ええのとちがう? 食べる量は少ないし。だからいいね。よくみんなにね、「あんたそんな生活して、だいぶお金残したでしょう」なんて言われるんだけど、それが全然残んないんだよ、ちゃんと。うまいことできてんねえ、アハハハ。

 ――「生き仏」と言われる偉い行者様なので、実はとても緊張して参りましたが……

 こないだの人もね、カチカチになって来て、出て行ったとたんに、「安心したわー」なんて言ってるの。

 やっぱりねえ、お寺のいやなところいっぱい見たからね。格式とかな。ぼくが大阪からお寺に来た時には、お坊さんの前に行ったら、じーっと襟を正して座ってお話を聞いてさ、坊さんは坊さんらしいふるまいをする。お客にもランクがあってさ。ええランクが来るとこっちは無視されちゃうわけよ。そういうの見てていやだったからねえ、自分が坊さんになったら、そういうのはずしちゃったの。

 でも、坂本の方の信者のおばさんたちからは、「阿闍梨さんらしくちゃんとしてください」なんて怒られちゃう。「ええんじゃ、おれはおれだ」なんて言っちゃって。

 ここ、お寺っつう感じじゃないだろう? ほら、仏様のとこなんて倉庫になっちゃって。こないだ来た人、「本当に行をしたんですか?」なんて言うんだもん。「したことになってんですよねえ」なんてな。

 いつも言ってるんだよ。おれ死んだらお葬式いらねえからって。ちょっと出かけて来ますわって、そういうのがええわな。……


http://martin310.exblog.jp/17901383/

ジョンレノン:「人々はパワーを持っている。私たち自身が政府である。」
2013-06-05 09:45


全ての国で、暴力的な革命がいろいろな理由で起きているけど、
私たちが話している自由についての革命じゃないんだ。

平和にチャンスを与えろって主張します。
誰も言いませんでした、10年後とかそういう話をしていません。
平和を永遠にです。

みんな現在について話しています。 私は今、平和を望みます。
今、望めば、今、平和が得られるのです。

左翼は人々にパワーを与えろと言います。
皆、人々がパワーを持っていることは知っているのです。
するべきことは人々の中のパワーを目覚めさせることです。

人々は気がついていません。
自分たちのパワーに気がつくようには教育されてませんからね。

彼らが政治家にパワーを与えて、彼らが地域の市長を投票します。
人々はそうしているのです。

制度が複雑で(ギアがかかっていて)、
ファーザーがすべて直してくれると、みんなが信じています。
ファーザーが政府になって、政府がすべて直してくれるってね。
悪いはみな政府のせいだ!
政府に向けてこぶしを上げてね。

私たち自身が政府なのです。
人々が政府なのだし、人々はパワーを持っているのです。

このことに気がつかないとね。



December 8, 2007
I miss you, John. 27 years later, I still wish I could turn back the clock to the Summer of 1980. I remember everything - sharing our morning coffee, walking in the park together on a beautiful day, and seeing your hand stretched to mine - holding it, reassuring me that I shouldn't worry about anything because our life was good.

I had no idea that life was about to teach me the toughest lesson of all. I learned the intense pain of losing a loved one suddenly, without warning, and without having the time for a final hug and the chance to say, "I love you," for the last time. The pain and shock of that sudden loss is with me every moment of every day. When I touched John's side of our bed on the night of December 8th, 1980, I realized that it was still warm. That moment has haunted me for the past 27 years - and will stay with me forever.

Even harder for me is watching what was taken away from our beautiful boy, Sean.
He lives in silent anger over not having his Dad, whom he loved so much, around to share his life with. I know we are not alone. Our pain is one shared by many other families who are suffering as the victims of senseless violence. This pain has to stop.

Let's not waste the lives of those we have lost. Let's, together, make the world a place of love and joy and not a place of fear and anger. This day of John's passing has become more and more important for so many people around the world as the day to remember his message of Peace and Love and to do what each of us can to work on healing this planet we cherish.

Let's: Think Peace, Act Peace, and Spread Peace. John worked for it all his life.
He said, "there's no problem, only solutions." Remember, we are all together.
We can do it, we must. I love you!

Yoko Ono Lennon
8 December 2007



【Google翻訳】

2007年12月8日
私は、ジョンをあなたがいなくて寂しい。 27年後、私はまだ私は1980年の夏に時計の針を巻き戻すことがしたい。 私たちの朝のコーヒーを共有する美しい日に一緒に公園を歩いて、あなたの手が私に伸びを見 、私たちの生活が良かったので、私は何も心配するべきではないことを私に安心、それを保持している私はすべてを覚えている。

私は、人生は、私のすべての過酷なレッスンを教えるためだったことは知らなかった。最後の時間のために、 "私はあなたを愛して"私は警告なしに、突然、愛する人を失うことの強烈な痛みを学び、最終的な抱擁と言う機会のための時間を持たずに。その突然の損失の痛みや衝撃は私と一緒に毎日のあらゆる瞬間です。私は1980年12月8日の夜に私たちのベッドのジョンの側面に触れたとき、私はそれはまだ暖かかったことに気づいた。その瞬間は、過去27年間、私を悩まされている。そして永遠に私と一緒に滞在します。

私にとってはさらに困難が私たちの美しい少年、ショーンから連れ去られたのか見ている。
彼は彼の人生を共有することの周りに、彼はそんなに愛しい彼のお父さんが、持っていない上のサイレント怒りに住んでいます。私は、我々だけではないことを知っている。我々の痛みは無意味な暴力の被害者として苦しんでいる他の多くの家族と共有します。この痛みは、停止する必要があります。

我々が失った人々の命を無駄にしないようにしましょう??。世界の愛と喜びの場ではなく、恐怖と怒りの場所に、一緒に、してみましょう。日は平和と愛の彼のメッセージを覚えて、私たちは大切にこの惑星を癒す上で動作するものを私達のそれぞれがすることができ実行するように、ジョンの死のこの日は、世界中の非常に多くの人々のためにますます重要になってきている。

レッツ:平和、法平和、およびスプレッド平和を考えてみてください。ジョンはそれをすべての彼の人生のために働いた。
彼は、"何の問題、唯一の解決策はありません"と述べた。覚えておいて、我々はすべて一緒です。
我々はそれを行うことができ、我々はしなければならない。私はあなたを愛しています!

ヨーコ・オノ・レノン
2007年12月8日



ジョン・レノンのインタビュー―世界は狂人によって支配されている


ジョン・レノンは、メイ・ブラッセルという陰謀研究家の影響から世界に働く陰謀について知識がありました。ラジオで「情報をすべて暴露する」と述べたのですが残念なことに殺されてしまいました。詳しくは、Henry Makow, John Lennon, assasination, Mae Brusselで検索のこと。
「レノンは、政府の戦争政策に反対したら、(他のビートルズのメンバーなしで)一人でも24時間以内にいかなる都市においても100万人の反戦抗議者を集める能力を持っていた唯一の人物でした。

ジョン・レノンは、一つの霊的な力でした。 平和と兄弟愛について書いたガンジーのような巨人でした。 全世代に対して、自分で考えること、そして、権威に立ち向かうことを教えました。 レノンとビートルズの歌は、生活の不平等を示し、変革のメッセージを叫んだ。 変革は、レーガンのチームが体現した長期的体制にとって脅威でした。

1980年12月7日、私は、毎週担当していたラジオ番組で、「昔の暗殺部隊が復活しつつある」と述べました。 ジョン・F・ケネディ大統領、ロバート・ケネディ上院議員、マーチン・ルーサー・キング牧師の暗殺の真相を隠蔽した人々、ウォーターゲート事件とコリアゲート事件の責任者たち、およびハワード・ヒューズの誘拐殺人に関わった人々、さらに、他の数百人の死について責任があるまさしくその人々にとって、自らの政策に対する反対者の声を再び封じこめるには、数週間しか残されていませんでした。

レノンがもう一度世に現れようとしていました。 アルバムの録音が終了し、家族とともに隠遁している間に悪化してしまった世界に舞い戻る準備をしていました。レノンが再びアクションを起こし、社会活動家になるのは確実でした。これは、[体制側にとって]脅威でした。レノンは、衆目の集まる場所に戻ることは危険だと理解していましたが、その危険な賭けに出たのです。そして、私達はみな敗者になった!」(メイ・ブラッセル)

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