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こんにちは、ゲストさん
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http://matome.naver.jp/m/odai/2137527134577227201 「リーガル・ハイ」より、堺雅人さん演じる“最低の弁護士”古美門研介(こみかど けんすけ)のセリフ。すらすらと流れるように罵倒しながら筋の通っている古美門の毒舌がこのドラマの見どころ。あと半沢直樹も。 2013年11月06日 古美門「素晴らしい!皆さんのお考えに感服いたしました。さすがふれあいと絆の里だ。それではそのように手続きしましょう。黛君あとは頼んだ。さようなら」 黛「先生これでいいんですか」 古美門「いいんだよ」 黛「でも!」 古美門「彼らが良いと言ってるんだから。ですよね皆さん」 村人「ええ、この世には金よりも大事なものがありますから。な!」 村人達「ソウダソウダ」 古美門「見たまえ彼らの満足そうなこの表情を。ズワイガニ食べ放題ツアーの帰りのバスの中そのものじゃないか。黛君よく覚えておきたまえ、これがこの国の馴れ合いという文化の根深さだ。人間は長い年月飼い馴らされるとかくもダニのような生き物になるのだよ」 村人「何!?俺たちのこと言ってんのか」 古美門「他に誰かいますか?自覚すらないとは本当にうらやましい。コケにされているのも気づかないまま墓に入れるなんて幸せな人生だ」 村人「あんたちょっとひどいんじゃないか?」 古美門「申し訳ありません最初に申し上げたとおり皆さんのような惨めな老人共が大っ嫌いなもんでして」 村人「おい若造、お前何なんだよ!お前そんなに偉いのか!」 村人「そうよ!目上の人を敬うってことがないの!?」 村人「私たちは君の倍は生きてんだ!」 古美門「倍も生きていらっしゃるのにご自分のこともわかっていらっしゃらないようなので教えて差し上げているんです。いいですか。皆さんは国に見捨てられた民、棄民なんです。国の発展の為には年金を貪るだけの老人なんて無価値ですから、ちりとりで集めてはじっこに寄せて、羊羹を食わせて黙らせているんです。大企業に寄生する心優しいダニそれが皆さんだ」 黛「先生もうやめてください」 村人「てめえだってダニに寄生してる黴菌じゃねえか!」 村人「あたしたちの何が気に入らないの!」 古美門「かつてこの地は、一面に桑畑が広がっていたそうです。どの家でも蚕を飼っていたからだ。それはそれは美しい絹を紡いだそうです。それを讃えて人々は、いつしかこの地を絹美と呼ぶようになりました。養蚕業が衰退してからは稲作に転じました。日本酒に適した素晴らしい米を作ったそうですが、政府の農地改革によってそれも衰退した。その後はこれといった産業もなく、過疎化の一途を辿りました。市町村合併を繰り返し、補助金でしのぎました。五年前に化学工場がやってきましたねえ。反対運動をしてみたらお小遣いが貰えた。多くは農業すら放棄した。ふれあいセンターなどという中身の無い立派な箱物も建ててもらえた。使いもしない光ファイバーも引いてもらえた。ありがたいですねー。絹美という古臭い名前を捨てたら南モンブラン市というファッショナブルな名前になりました。なんてナウでヤングでトレンディなんでしょう。そして今、土を汚され、水を汚され、病に冒され、この土地にも最早住めない可能性だってあるけれど、でも商品券もくれたし、誠意も絆も感じられた。ありがたいことです。本当によかったよかった。これで土地も水も甦るんでしょう。病気も治るんでしょう。工場は汚染物質を垂れ流し続けるけれど、きっともう問題は起こらないんでしょう。だって絆があるから!」 村人「があああー」 ボカッ(コミカドナグル) 「はなせーてめえなんかーぶっ殺してくれるー」 村人「ジョウジの気持ちはもっともだ」 村人「そうよ、どうしてそんな酷いことが言えるの!あんたは悪魔よ!」 村人「あんたなんかに、俺たちの苦しみがわかってたまるか!俺たちだってあんたの言ったことぐらい嫌というほどわかってる。みんな悔しくて悔しくて仕方ないんだ。だけど、必死に気持ちを押し殺して納得しようとしてるんじゃないか!」 古美門「なぜ?ゴミクズ扱いされているのをわかっているのになぜ納得しようとしてるんです!」 古美門「ごみくず扱いされているのを分かっているのになぜ納得しようとしてるんです!」 村民「俺たちはもう年寄りなんだよ…」 古美門「年寄りだから何なんですか?」 村民「具合が悪いのにみんな頑張ってきたんだ!」 古美門「だから何だってんだ! だから労ってほしいんですか?だから慰めてほしいんですか? だから優しくされたらすぐに嬉しくなってしまうんですか? 先人たちに申し訳ないとは、子々孫々に恥ずかしいと思わないんですか?何が南モンブランだ。 絹美村は本物のモンブランよりはるかに美しいとどうして思わないんですか! 誰にも責任を取らせず、見たくないものを見ず、みんな仲良しで暮らしていけば楽でしょう。 しかしもし、誇りある生き方を取り戻したいのなら、見たくない現実を見なければならない! 深い傷を負う覚悟で前に進まなければならない!戦うということはそういうことだ! 愚痴なら墓場で言えばいい!金が全てではない?金なんですよ。 あなた方が相手に一矢報い、意気地を見せつける方法は!奪われたものと、踏みにじられた 尊厳にふさわしい対価を勝ち取ることだけなんだ!それ以外にないんだ! 錦野春夫さん、あなたは元郵便局長だ。 幾度と無く閉鎖されそうになった村の郵便局を最後まで守り抜いた! 守口三郎さんは小学校の校長先生。村にいた子供たちはみんなあなたの教え子だ! 奥さんの久子さんは、町のデパートの化粧品売り場で、月間売上の記録の保持者! 郷田譲二さんは、実に100ヘクタールもの田畑を開墾した! 鎌田さと子さんとご主人は、田んぼをやりながら日雇いの仕事を幾つも幾つも掛け持った! 富田康弘さんは商店街の会長。毎年祭りを盛り上げて、あのクリスタルキングを呼んだこともある! 板倉初枝さんは、女だてらにクレーン車を動かし、6人の子供を育て上げた! 敗戦のどん底から、この国の最繁栄期を築き上げたあなた方なら、その魂をきっとどこかに残してる!! …はずだと期待した私が愚かでした。 いいですか?二度と老後の暇つぶしに私を巻き込まないでいただきたい。 心優しいダニ同士、お互い傷を舐め合いながら、穏やかに健やかに どうぞくたばっていってください。それでは皆さん、さようなら!」………………………………………… 【関連情報】 『リーガル・ハイ(LEGAL HIGH)』は、2012年からフジテレビ系列で放送されている日本のテレビドラマシリーズ。古沢良太の脚本によるオリジナル作品。主演は堺雅人。 第2期の正式タイトルは『リーガルハイ』(「・」が入らない)。訴訟で一度も負けたことがない敏腕弁護士・古美門研介(こみかど けんすけ)と真面目で正義感の強い新米弁護士・黛真知子(まゆずみ まちこ)の2人が繰り広げるコメディタッチの弁護士ドラマ。 http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%AC%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%82%A4 |
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http://www.tokyo-np.co.jp/article/entertainment/news/CK2013092402000152.html 「話せなくてもいい」支えに TBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」46年で幕 2013年9月24日 朝刊 四十六年続いたTBSラジオ「永六輔の誰かとどこかで」(月−金曜、午前十一時三十五分)が二十七日、一万二千六百二十九回で放送を終える。同一パーソナリティーによる最長寿番組の幕引きを控えた永六輔に感慨を尋ねた。 (浅野宮宏) 東京・赤坂のTBSラジオで、八十歳の永は車いすに乗ったままマイクに向かっていた。アシスタントの遠藤泰子(69)を相手に、はがきを読み、時折笑顔を見せながら一回十分の放送を収録した。月−金曜の一週間分を一度にとる。 永が旅先の出来事を語るのが番組のスタイル。「若い時は土曜日に東京に戻っていた。必ずどこかに行って、誰かと会って。それを泰子さんに話すのが本来のあり方。でも体を壊し、できなくなった。車いすでうろうろしていると、本来番組が持っていた旅先のリポートがやりにくくなった」。一昨年十一月に脚を骨折。パーキンソン病と公表している。 「昨年暮れから今年にかけ、ろれつが回らずひどかった。放送の人間としたら許せないぐらい。ろれつが回らなくて、何言っているのか分からない。やめた方がいいという人がたくさんいた」 「その中で、小沢昭一さんと毒蝮三太夫が『絶対やめないで』と。小沢さんは『しゃべれなくても、あなたがマイクの前にいることが大事なんだから、いろ』って。今はその支えがなくなったけど、小沢さんとの約束で言えば、この番組だけじゃない」。永は同じTBSラジオの「土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界」(土曜午前八時三十分、関東ローカル)は続ける。「引退するわけじゃないんで。どうやったら、それが面白くなるか。これからが楽しみ」 NHKしかラジオがなかった終戦直後、番組への投稿が放送人になるきっかけ。まだ中学生だった。「だからラジオが好きとか嫌いじゃなく、ラジオから僕は生まれた」「子どもの時からラジオの仕事を始めたから、そのまま続けている感じ。学生時代の延長線上。部活と変わらない」 探求心は強い。「自分の周辺にあるものが、どうしてあるのか知りたくなる。知らないと落ち着かない」。影響を受けたのが民俗学者の宮本常一(つねいち)(一九〇七〜八一年)。「放送の世界に行くんだったら、放送は電波だからどこにでも飛んでいってしまうけど、その先に行け。そこで話をして、聞いて、調べて。それをスタジオに持って帰りなさい。だったら放送の仕事をしていく意味がある」。宮本の教えを胸に生きてきた。 ◇ 現在フリーの遠藤はTBS入社八カ月後に番組アシスタントに抜てきされ、これまで永を支えてきた。番組終了を「人生の一部で切り離せない。今はすごく寂しいけど、一、二カ月たってから実感がすごく湧いてくるのかも」と受け止める。 「永さんは言葉の師匠であり、放送の師匠。一つの物事を思いも寄らない側面でとらえ、実に面白く伝える技はすごい。永さんと関われ、アナウンサー冥利(みょうり)に尽きる。幸せだった。その一言」 <「永六輔の誰かとどこかで」> 1967年1月に始まった「どこか遠くへ」が前身で、69年10月から現在の番組名に。全国18局ネット。 【関連情報】 永六輔http://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B8%E5%85%AD%E8%BC%94 |
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「藤圭子の衝撃、まちがいなく怨歌」五木寛之さん 朝日新聞デジタル 8月22日 23時20分配信 かつて藤さんの歌を「怨歌」と表現した作家の五木寛之さんは、亡くなった藤圭子さんについて以下のコメントを寄せた。 「浅川マキ、藤圭子。時代のうつり変わりを思わずにはいられない。1970年のデビューアルバムを聞いたときの衝撃は忘れがたい。これは『演歌』でも、『艶歌』でもなく、まちがいなく『怨歌』だと感じた。ブルースも、ファドも『怨歌』である。当時の人びとの心に宿ったルサンチマン(負の心情)から発した歌だ。このような歌をうたう人は、金子みすゞと同じように、生きづらいのではないか。時代の流れは残酷だとしみじみ思う。日本の歌謡史に流星のように光って消えた歌い手だった。その記憶は長く残るだろう」 |
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